「鏡音リンさん」
「なあに、鏡音レンくん」
「またシャー芯全部無くなってんですけど、これどういうことですか」
「へえー、それは大変ねえー」
「反省のかけらもないとかッ…!」
<だって気になるのよ>
私こと鏡音リンと彼こと鏡音レンはクラスメイト。席が隣で班も同じで、なんかこの思春期特有の男女の微妙な距離感はあるとはいえ、それなりに仲良くさせて頂いてます。
…うん、まあね、主に私がちょっかいをかけて彼がそれに頭を抱えるっていう、割と一方的な形ではあるんだけど。
「っていうかこれで芯奪われたの何回目ですか…ちょい初音氏、芯寄越せ」
彼は前の席の初音ミクオに助けを求める。
私は内心ほくそ笑んだ。だって、この先の展開が完全に読めたから。
そして予想通り、ミクオは無表情を崩さずに…というか後ろのレンを振り返ることすらしないで、あっさりと願いをはねつけた。
「駄目、僕のシャー芯はミクの為だけに存在します」
「お前ふざけんなしこの青汁頭」
「五月蝿いよ寝癖バナナの豆っ子」
「ぐっ…今成長期だから、出た芽が大木になるのを歯噛みして見てろよ!」
「いやあ、どうせ成長したところでうどの大木だし…というか豆から芽が出るかさえ定かじゃないのに、ホント大きく出るよね。信じられない。あと僕今本読んでるからあんまり話し掛けないで」
「あっきらかにお前の方が多くしゃべってんだろ!?」
があっ、という効果音でも付きそうな勢いで声を荒らげるレン。その反応が面白くて、私も横から口を挟んだ。
「大丈夫よ鏡音少年、シャーペンがなければボールペンを使えば良いじゃない」
「どの口がそれを言ってるんだか誠に気になりますけどね、芯泥棒の鏡音嬢」
私とレンの間で爽やかな笑顔が交わされる。
ただしそんな会話の間も、レンの右手親指だけは執拗にシャーペンの頭をノックしていたりする。
上手い事芯が切れたのか、乾いた音だけが空気を伝う。
流石にちょっと哀れかな…でも返さないけど。
にやにやしながら彼を見ていると、左隣から―――今私は右を向いているから、つまりは私の前の席から―――小さな溜息が聞こえた。視界の端で、宝石みたいに綺麗な翠の髪が揺れる。
「…レンくん、はい」
「おっ、初音さんありがとう!」
ミクちゃんだった。
ミクオの双子の妹。優しくて可愛くて慎ましくて頭もよければ運動も出来る、大和撫子万能型。ただし重度のブラコン。
そんな彼女が、レンに芯のケースを手渡す。流石に止められなくて、私はそれをただ見ている事しか出来ない。だってこれはミクちゃんからレンへの好意なのであって、ミクちゃんの好意に意地悪をしたいというわけではないんだし。
でも、そのケースを受け取ってミクちゃんに笑顔を向けるレンを見るのもまた、少し心が痛む。
「ふふふ、良かったじゃないの」
表面上はにやにや笑いながら…それでも私は、胸の中がざわつくのを抑えることは出来なかった。
「虐めるのもほどほどにね?」
ミクちゃんの諭すような言葉に、私は少し俯いた。
日が傾き始めた世界の中を、私と初音組が帰路につく。
レンは部活があるらしく、授業が終わるや否やすっ飛んで行った。
いつもは一緒に帰れるのに…そんな可愛らしい事を考えているのに気づいて、少し恥ずかしくなる。
「だって…なんか、分かんないわよ…どう接したら正解なの?」
「う、うーん…」
困った顔で眉を寄せるミクちゃん。
ああ、どうしよう。困らせたい訳じゃないのに、こんな顔させたい訳じゃないのに。
でも、口を衝いて出たその言葉が本音なのも事実。黙ってこちらを見るだけのミクオと、私のために考えてくれているミクちゃん―――その二人に心の中で謝りながら、頭の中でレンの笑顔を反芻する。
どんな表情も好きだけど、やっぱり笑顔が一番かな。でも、それを見てしまうと頭に血が上ったみたいになって余計に悪戯してしまうわけで…本当にこれ、どうすればいいの?
いっそ私を嫌いになってくれた方が楽だったりするのかもしれない。レンに嫌われる―――考えるだけで嫌だけど、今みたいに嫌われないか心配して、どうにもならない臆病な自分を歎く必要だけはなくなるだろうから。…半泣き顔も、割と好きだし。
かなり後ろ向きな事を考えていると、ミクちゃんがぴこんとツインテールを揺らした。何か思い付いたらしい。
「そうだ!まずはとりあえず普通にさ、素直に優しくしてあげれば良いんだよ」
「素直に…やさしく…?」
名案!と出された提案に、頭の中で素直で優しい自分を考えてみる。
そう、まず裏のない笑顔で、…あ、駄目だ。この時点で鳥肌立ちそう。寒くはないのに、自然と手が反対の腕を押さえる形になる。それ、何て言う悪夢よ。
大体、そんな異様な行動をする意味なんてないじゃない。それでレンがこっちに好意を持ってくれたりするんならともかく、私が素直になったって不気味がられるのがオチなのよ、賭けてもいい。
「…」
つい無言になってしまう。だってこれ、一般には「絶望的」って言葉で表されるんじゃないの?無理無理、似合わない事この上ないわ!
一気に暗いオーラを纏った私を見て、ミクちゃんは慌てたようにフォローをしてくれた。優しさが痛い。
「い、いやすぐにじゃなくても良いんだからね?無理しちゃ駄目だよ?」
「一生かけても無理な気がする…」
「大丈夫だよ!だってリンちゃん、いつもさりげなーくレンくんの為に動いてるじゃん」
「…表に出したくないのよ」
「つんでれ?」
「そっ、そんな訳ないでしょっ!?」
勝手に上擦る声が憎い。いや、確かにその面もないではないけど、彼はいじったときの反応が面白いから、うん。
どうも私は、感情を隠すのが苦手みたい。レンの前では割と上手いことやれてると思うんだけど、どうもこの初音兄妹を前にすると普段に輪をかけて隠し事が出来ない。うっ、顔の温度が上がっている気がする…見ないで、こっちを見ないで!
気まずい思いに目を逸らす。足元のアスファルトが反抗的に靴底を押し返すのを感じていると、視界の端でミクちゃんとミクオが顔を見合わせて首を捻った。
「うーん、でもバレンタインには匿名だけどすごく気合いの入ったチョコあげてたよね」
「机の中にあるのを見付けたときのレン、かなり挙動が変だったよ。うろたえてるっていうか、喜びと不審半々みたいなかんじだったかな」
「当然よ、不幸の手紙添えといたもの」
「…それ、照れ隠しなのかなあ」
「ああ、だから下旬のころレンが異様にパニクってたのか。話振って来られた時とか、ほぼ無視してたけど」
「…」
「…」
…そうだったんだ。
なんか、簡単に想像できるのが悲しい。つまりいつもと同じ状態だって事だよね。
しばらく三人共無言で道を歩く。
暦の上では春なのにまだまだ肌寒い風が、容赦なく足元を吹き過ぎていった。
そこに、ことん、とミクオの言葉が転がる。
「っていうかリンさ、レンのどの辺に惹かれたの?」
驚いてそちらを見ると、無表情なミクオが無表情なりに不思議そうな顔をして首を傾げていた。
「僕もあれこれ言えた立場じゃないけど、レンはあれでなかなか…打算的だよ?いいの?」
―――いいの?か。
そんなふうに聞かれたら、困ってしまう。
だって、いいもなにも…
「…分かってるわ、あの性格が作為的なものだってことくらい。でもそれでも、悪い気はしないんだから仕方ないじゃない」
「…」
「…」
ミクちゃんとミクオが揃って黙り込む。
それにつられて私も黙る。
二人の顔から、何を言いたいかは大体分かった。だからもう、なんでそんな微妙な顔するの…!
はー、と酷く力のない溜息と共に、翠の二人は呆れたように肩を竦めた。
「…重症だぁ」
「重症だね」
「うっさい!」
重傷で、悪かったわね!
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ブクマつながり
もっと見る「ごめん、飽きた。別れよう」
そう言われた時、世界は意味を失った。
身じろぎをする音に、テーブルクロスを敷く手を止めて振り返る。
レン、起きたのかな?時間的にはそろそろ起きてもおかしくない。
寝過ぎって体に良くないんだったっけ。だったら寧ろ起こしてあげるべきなのかなぁ。
見たところ、今の音...sane or insane?
翔破
<サイド・L>
ええと、はじめまして。
俺、こういうの初めてなんで良くわかんないですけど…質問に答えれば良いんですよね?
はい、わかりました。
自己紹介、ですか。名前は鏡音レン、14歳です。
中学?いや、行ってません。
あー、ちょっと特殊な事情がありまして。
虐待!?いやまさか!仲良くやってますよ。...カウンセリング
翔破
規約的にやばい気がしたので、ワンクッションとかいうものをやってみました。
・かなりバイオレンスです。
・最低×最低。それなりに気を付けてお読みください。そうだったらいいのにな
翔破
「リン、ケッコンしよう!」
白詰草の花冠と白詰草の指輪、そしてシーツのベール。
緑の三葉の絨毯の上で、私は頷いた。
「うん!」
本当は、結婚ってよくわからない。
したからどうなるの?って気もするし、しなくてもいいんじゃないの、って思う時もある。
でも、それがずっと手を繋いで生きていくってことなら…そ...ハッピーマリッジイエローに寄せて
翔破
照れ隠しも、度が過ぎると問題行動なのかもしれない。
<だって気になるのよ 下>
「彼女欲しい」
とある昼休み。
物凄く適当に、レンがそう呟いた。
「なんで。大体レン、バレンタインに沢山チョコ貰ってただろ?より取り見取りじゃん。って言うか、そんな事言うならそろそろ身を固めなよ」
「やり手のジジイ...だって気になるのよ 下
翔破
「ねえねえ」
「ん?何」
私の声に、雑誌を読みながら適当に答えるレン。
まあ答えてくれただけいいけど…もうちょっと答えようがないのかな。人間関係って大切なんだから!
でもそんな抗議は口にせず、ひとまず横に置いておく。本題に入らないと。
「この番号ってさぁ」
レンに左肩を見せるようにしながら、問う。
...心配ご無用!
翔破
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ご意見・ご感想
秋来
ご意見・ご感想
ツンデレリン・・・かわいい!
レンもシャーシンとられたら困るよね^^;;
ミク、ブラコンwww
マジか!
あんまりイメージない・・・
「下」楽しみ♪
2011/03/17 21:23:20
翔破
コメントありがとうございます!
中二レベルの悪戯ってどんなのだろう、と考えていたらこういう選択肢に行き当たりました。少し低レベルすぎる気がしないでもない…
ミクのブラコンは確かに私もあんまりイメージないです。ミクミクペアだとミクオのシスコンイメージが強すぎるので…
ただ今回は鏡音が他人設定なので、代わりに初音兄妹にシスコン・ブラコンになってもらいました。
下、出来ました。良かったらどうぞ!
2011/03/18 17:22:51
紅華116@たまに活動。
ご意見・ご感想
ツンデレリンきた-----------!! リンちゃん可愛いです^^
重度のブラコンミク……クオのポジションになりたい!!←
下、楽しみに待ってます♪
2011/03/17 20:57:03
翔破
コメントありがとうございます!
ご本家様よりはちょっとデレが多めになっていると思います。
ミクミクペアが大好きなので、反応頂けて非常にテンション上がりました!
下、出来ましたのでよかったら見て行ってやって下さい。
2011/03/18 17:19:24