「ねえねえ」
「ん?何」
私の声に、雑誌を読みながら適当に答えるレン。
まあ答えてくれただけいいけど…もうちょっと答えようがないのかな。人間関係って大切なんだから!
でもそんな抗議は口にせず、ひとまず横に置いておく。本題に入らないと。
「この番号ってさぁ」
レンに左肩を見せるようにしながら、問う。
実は結構前から気になっていたこと。でもわざわざ聞くほどの事でもなかったから、敢えて尋ねることがなかっただけ。
というかレン、私がかなり近寄ってるっていうのに顔を上げない。そんなに雑誌が面白いか。
「どんな意味があるのかなあ」
「いや、どんなって、普通に発売ナンバーじゃないの?」
「ううん、そうじゃなくて」
うん、それは分かってるの。
私はキャラクター・ボーカル・シリーズ02、鏡音リン。だからナンバリングは02。
でも。
「体にわざわざ刻まれてるのには、何か意味があるの?ってこと」
ちら、とレンが視線だけ動かして私の腕を見た。
何を考えているのやら、その目は妙に無感動だ。
「ビジュアルだけ見てもわかりやすいようにだと思うけど」
「なんで?」
「はぁ?」
完全に雑誌から意識を離したレンに首を傾げてみる。
鏡写しの私とレン。考えだって鏡写し、とはいかないのかな。だったら喋る手間も省けるのに。
あ、でも全くおんなじ考えしか持ってなかったら、二人で話し合っても思考がその先に進まないよね。だったらこれでいいか。
「私達はボーカロイドでしょ?だから、私達に一番大切なのって声。まあビジュアルは必要かもしれないけど、そこでわざわざ番号を主張する意味ってあるのかな、って」
01から始まる等差数列。初項01、公差1―――単純で綺麗な数の並び方。
それは私達の産まれた順番を、何時でも何処でもはっきりと示している。
覆ることのない順番。
何故か分からないけど、そんなもので区切られているのがたまに不思議な気分になるの。
「さあ。そんなの知らないし」
「何それ、レンつめたい」
「つめたくないの。わかんないものはわかんないんだから仕方ないだろ。製作者に聞きゃいいじゃん」
呆れたような顔をするレン。
なんだろう、確かに分からないものを無理に答えてもらう必要はないんだけどさ。なんかさっきからレンの言葉には刺がある。
「聞きようがないでしょ。私達はただの0と1の塊なんだから」
「じゃー諦めろ。単なるデザインだろ」
「…さっきから思ってたけど、そういう態度良くないよ」
「どういう態度」
「かっわいくないしぶっきらぼう」
「少なくとも可愛く在る必要性は感じないんですが。お前こそもうちょっと可愛くなれよ」
「私はいつでも可愛いの!」
「はいはいお姫様」
今度は完全に私から興味が逸れたらしい。また手に持った雑誌を広げてそこに視線を向けている。
だから、人と話をしてるっていうのにそれはないでしょ!
と、そこでふと一つ疑問が浮かんだ。多分これも何度も考えた疑問、でもやっぱり聞く必要もなかったから聞かなかった疑問。
せっかくだから、私はそれを口にした。
「そういえば、レンの番号ってどこにあるの?」
ぴくり、とレンの肩が震えた。どうやら私の言葉に反応してくれたらしい。
少しほっとして言葉を繋ぐ。うん、無視されなくてよかった。
「やっぱり左肩?番号は02なんだよね」
伺うようにレンを見る。
返事はない。
…あれ?
「レン?どうしたの、レンってば」
「知らない」
「へ?」
さらりと、でも何処か苦い響きを滲ませた答えに私は首を傾げた。
知らない?
「あー、だからその話いやなの、俺は」
吐き出すような言葉。その話、って番号の話のこと?
知らないから嫌、なの?
でも自分で自分の体のことわかってないなんておかしくない?私、ごまかされてるのかな。
レンが本気か確かめるためにレンの顔をじっと見る。
いつも通りの顔。
…でも良く考えたらレンってポーカーフェイス上手いんだった。
とりあえず凝視を続行すると、レンの顔が段々微妙な顔に変化してきた。見たかリンちゃんの無言の圧力。
「……リンさ、俺の言葉ほんとか疑ってんの?」
「うん」
だって自分のことじゃない。
そう言うと、レンは少しだけ表情を真剣にして私に向き直った。
「じゃあリン、リンのパンツ何色?」
……
…………
…………………!?
「れ、レン、いくらなんでもちょっとそれは」
「いやあのさ」
「きゃ―――!いやぁ―――!近づかないで、この変態!むっつりスケベ!流石マセ曲がカラオケに沢山入曲してるだけあるわねこの野獣!草食系アイスのカイ兄とは大違いだわ!」
「…ものすごーく突っ込みたいところが沢山あるけど今はやめとく、というかお前後で覚えてろ」
握りこぶしを固めるレン。
何よ、だったらちゃんと前置きしなさいよ!開口一番それじゃ通報されても仕方ないって。
「で、どうなの」
どうやらレンは真面目らしい。何よそんなに知りたいの?高くつくからね。
そんな事を思いながら考えを巡らせて私は驚いた。
「あれ…そういえば、知らないかも」
私達はソフトウェア。普通に過ごしていれば時間感覚だってろくにないし、着替えだって必要ない。特に私達のマスターは歌の中で他の衣装を着せることもないし、デフォルト衣装のままで今まで生きてきた。(って言えるのかな?)
「そゆこと。俺は本当に知らないの。まあ他の、腕出してるレンに聞けばいいんだろうけどさ」
「あー、あの可愛い暴走スク水少年とか、調子こいてリンちゃん達に盾突いて褌にされたレン君とか」
「…なんでそう極端に有名なところを出してくるんだ」
「いや、うちのレンもああならいいのになあって」
「俺だって二つ結びでお子様ランチの似合うリンとか健気なロボットみたいなリンが良かったよ」
「………」
「何」
「いや、なんかレンが言うと変態臭が」
「どこに変態要素があった!?」
「存在自体に?」
「よし今度デートでもしてやろう。イケレンタグなめんな」
「ほんと?じゃあその時は全部レンのおごりでよろしく!」
「い・や・だ」
「何よ甲斐性なしっ…で?」
「え?」
「なんで聞かないの、他のレンに」
ついつい茶化してしまうのは私の悪いところ。多分レンはそれなりに真剣に悩んでいる、あるいは悩んだことがあるんだと思う。
でも、だったらどうして解決策である『人に聞く』事をしなかったんだろう。
自慢だけどうちのレンは真面目だししっかりしてるし、気になったことは極力解決するなかなか立派な奴です。なのにどうして。
「だって…怖いし」
ぽつり、とレンが言う。
気まずそうな言葉。私は目を見張った。
―――怖い、の?
レンは少しだけ視線を逸らしたまま続けた。
「リンも、ミク姉も、ルカ姉もみんなボーカロイドとしてナンバーを持ってる。じゃあもし俺だけナンバーが無かったら、それってどういう事なんだろう」
どういう事、って…何言ってんの?
なんだかそれじゃ、レンだけ、
「…考えすぎでしょ?」
「俺、はじめは計画されてなかったんだろ?」
「隠されてただけだってば」
「ただのリンの付属物なんじゃないか?俺」
いつもよりも暗い、湿っぽい声。
―――駄目。
私の中で、何かが反発の声をあげた。
こんなのレンには似合わない。
とつとつと続く言葉、でも正直途中から聞き流していた。
だって、何なのよ!?そんな一人で考え込んじゃって!それこそ「単なるデザイン」の問題だって、いつもみたいに飄々としてれば良いじゃない!
そんな顔でそんな事言うの、反則なんだから!
私の忍耐は途中で切れた。
「あああ、も―――っ!じゃあもし無かったら私が油性ペンで書いたげる!額に!02って!」
「…はい?」
いきなり叫びだした私に、レンはぽかんとした顔を向けた。
今までの落ち込んだ顔を変えられたから良いっていえば良いんだけど、なんだろう、もう…レンの馬鹿!馬鹿!
「でもレンその前髪じゃ見えにくい?じゃあ頬っぺたにするね!」
「ちょ」
多分私の暴走を止めようとしたんだろうレンに、びしっと人差し指を向ける。これ本当は人に向けてやっちゃいけないんだけど、今は気にしない。
「そんなぐだぐだ悩まないの!レンが私の付属物なら私もレンの付属物!それにレンはれっきとしたボーカロイドです!よし今度マスターに下剋上の服取り寄せてもらおう。それで腕とか肩とか点検しちゃる。あぁさらし楽しみ、色っぽい私に唖然とするがいいわ!」
高らかに言い放つ。
レンは一瞬呆気に取られた顔をして、一拍置いてから吹き出した。
「色気とかお前、どうあがいても無いだろ」
「セクハラで訴えるよ?」
「残念だけど言葉のセクハラという点ではお前も似たようなもんだからな。自覚しろ」
「男が女にする方が深刻でしょ」
「そういうの男女差別っていうの知ってる?」
「ごめん私のユーザー辞書には登録されてない」
「わかんないならカイ兄みたいにgoo先生に聞きに行けよ」
苦笑のままレンは席を立つ。
すれ違い様、その手が私の頭をくしゃりと撫でた。
「ありがと」
小さく伝わる感謝の言葉。
なんだか堪らなくなって、すぐそばにあるレンの背中に飛び付いた。
「礼なぞいらーんっ!当たり前の事言っただけだもん!」
「ぎゃ!?」
べちゃっ、と潰れるレン。
その背中に頬を擦り寄せて、私は心から笑った。
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ブクマつながり
もっと見る俺に声なんて必要だったのかな。
私は目を丸くした。
その発言主であるレン君は静かに繰り返す。
「俺に声なんて必要だったのかな」
「・・・それは、必要なんじゃないかなぁ」
だってそもそも私達は歌うために存在しているんだから、声が無かったら大変なことになるんじゃないだろうか。
―――レン君、何かあったの...恋とはどんなものかしら
翔破
照れ隠しも、度が過ぎると問題行動なのかもしれない。
<だって気になるのよ 下>
「彼女欲しい」
とある昼休み。
物凄く適当に、レンがそう呟いた。
「なんで。大体レン、バレンタインに沢山チョコ貰ってただろ?より取り見取りじゃん。って言うか、そんな事言うならそろそろ身を固めなよ」
「やり手のジジイ...だって気になるのよ 下
翔破
それが罪でなかった筈がない。
<王国の薔薇.14>
「扉、開く?」
「ええと・・・ああ、大丈夫みたいだ」
力を込めて、引く。
隠し扉は重いながらもゆっくりと開いた。
扉は厚く、防音もしっかりしている。ただ一つ声を通わせることが出来るそう大きくない穴は何の変哲も無いような装飾で隠されていて、それを外せ...王国の薔薇.14
翔破
駅の改札から出ると、辺りは真っ暗になっている。
家路へ急ぐ会社帰りのおじさん達を横目に見ながら、さて私も早く帰らなくちゃと肩からずり落ち気味の鞄を背負い直した。
肺に溜まった嫌な空気を深呼吸で新鮮なものに入れ替えて、足を踏み出す。ここから家までは歩いて二十分ほどで、決して近くはないけれど、留守番をし...むかえにきたよ
瑞谷亜衣
人によってはグロテスクかもしれません。
ご注意ください。
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ぐちゃぐちゃになった『それ』を見た瞬間、思考回路のどこかが決定的におかしくなった気がした。
俺とリンは恋人同士だった。
とても明るくて可愛いリン。側にいるだけで幸せで...Side:レン(私的闇のダンスサイト)
翔破
「マスター、海水浴を讃える歌を作ってくださいー!」
バーン、と大書きする勢いでドアを開けて、我が家の青いのが部屋に駆け込んできた。
「何、藪から棒に……『潮風』歌った人が」
「『島唄』だって歌ってます」
「あれって海の歌だっけ? まあとりあえず、却下。私はどっちかっていうと『潮風』に共感派」
夏の海...*夏海讃歌* 【めーちゃんて言わせたかっただけ】
藍流
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ご意見・ご感想
wanita
ご意見・ご感想
たびたび失礼します☆休日なもので^^)
この話、好きです!ネタに使われた曲を探すために、DLさせていただきます!
2010/06/05 11:06:10
翔破
お返し遅れてすみません!いくつもメッセージ頂いてありがとうございます。
実はwanitaさんの文好きだったので、メッセージ頂いてほわあああ!となりました。夢かこれは。
ちまちま不定期に書くのが習い性になっているので、気が向いたときに覗いて頂けたりするとありがたいです。
2010/06/16 08:56:37