芽結が急に訳の判らない事を言い出したと思ったら、今度は急に倒れた。仕事で疲れている訳でも、冗談を言っている風でもなかった。そもそも芽結はあんな冗談を言う子じゃない。誰かが傷付くのを避ける様に、優しい言葉を選ぶ、リーダーである頼流さんが弟の事を話されるのが嫌いな事は当然知っていた。なのにどうしたって言うんだ…?
「…ゼロ…さん?」
「気が付いたのか。」
「此処は何処?」
「何処って、お前の私室だろ。倒れたから此処に運んで…。」
「流船は何処?」
「だから…お前一体どうしたんだよ?頼流さんの弟は死…!」
眉間に重い感触が当たった。青白く光る銃と、氷の様に冷たく、深い闇を称えた翠の瞳がこちらを見ていた。背中につうっと冷ややかな汗流れる。
「流船は何処?」
「芽結…?」
「あの柔らかいエメラルドの髪は何処?綺麗な柘榴の瞳は何処?真っ直ぐで、強くて…
眠る時私を抱き締めるあの腕は何処?ねぇ、答えてゼロさん…流船は何処?」
目の前の空間に墨が散ったかと思った。軋んだ音と共に飲み込む様な漆黒の翼があった。
「これ…文字化け?!」
「返して…。」
「落ち着け!暴走させたりしたら反動でお前が…!」
「流船を返してぇえええええ!!!!」
「―――っ!!」
部屋がビリビリ震える程の叫びと衝撃で、吹き飛ばされる形で壁に背中を強く打ち付けた。一瞬意識が途切れて息が出来なかった。
「おい!どうし…!芽結さん…?!」
「…暴走だ!応援呼べ!取り押さえろ!」
音で駆け付けたスタッフが数人掛かりで芽結を抑え付けた。芽結は半狂乱で暴れたまま何度も『流船』と叫んでいた。
「嫌…嫌…!流船ぁっ!流船何処?!流船っ…!助けて…助けてぇっ…!」
「何で…どうしちゃったんだよ?!急にどうして…!」
「会いたい…会いたいよぉ…!何処に居るの…!流船…!流船ぁ!」
「止めろよ!お前おかしいぞ!」
芽結は思わず叫んだ俺の胸倉に獣の様に噛み付くと、涙に塗れた眼で言った。
「こんな世界は要らない…!」
「うわぁっ!」
「――しまった!…芽結!!」
ほんの一瞬緩めた腕を振り払うと、深い沼に沈み込む様に黒い闇に消えてしまった。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想