第二章 池本康弘、最後の作品
年老いた池本康弘は
もう文字を書く指が少し震える
それでも書斎の灯は毎晩ともる
誰に届けるでもなく、彼は“遺す”ために書いていた
最後の作品のタイトルは、「ひとつのしっぽと、三十の朝」
登場するのは、名もない猫と、名もない老人
会話は少ないが、ぬくもりがあった
彼はその物語に、すべてを込めた
静けさの意味、孤独の豊かさ
そして、失っても終わらない愛というものを
完成の夜、彼は机にペンを置き
眠る猫の頭を一度撫でた
「ありがとうな」と言った声は
どこか子どものように、やわらかだった
夜が明けたとき、
彼はもう言葉を書かなくなっていた
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