そこは学園の校内にあるコンピューター愛好会の部室、
彼女は休憩の為にバンドメンバーが飲む紅茶の準備をしていた。
お茶が灌がれたカップを、部員達が座る椅子の前に一つずつ配っていく。
「いつもありがとう、カノンちゃんはきっと良いお嫁さんになるよ。」
カップを手に取った長い金髪の女性にそう言われて、
カノンと呼ばれた女の子は少し恥ずかしながらも嬉しかった。
みんなに喜んで貰おうと、普段よりちょっと上等な茶葉を用意していたからだ。
カノンがはにかむと、背の低いツインテールの少女が何やら投影機を用意して話し始める。
「さて、本日は鼓リズム考案、プロジェクト・インフィニティについて解説していくニョロ。」
いつものように大袈裟に振る舞う彼女は、一つ歳上のカノンの姉だった。
(また突拍子もない事を言い出して…。)
軽く呆れてそんな風にぼやきかけたその時だ、ふとカノンは自分がみんなから少し離れた所にいる事に気が付いた。
そうして置いてけぼりになって辺りが暗くなって来たかと思うと、
演説をしているリズム以外の仲間達の姿は徐々に薄くなって霧のように消えていく。
「確実にこの計画は現代の社会システムに変革をもたらす、実現すればノーベル平和賞も夢ではないニョロ!」
リズムは大声でそう言うと走り出し、明るい光の射す方へと駆けていった。
「待って…どこへ行くの、おねぇちゃん。」
必死にリズムの背を追いかけるカノンだが、二人の距離はどんどん広がっていく。
「ノンちゃーん、早く来るニョロ―!」
遠くで小さくなった姉が笑いながらこちらへ手を振っているのが見える。
その場所まで辿り着こうと力を込めて足を動かすのだが、体の動きは遅くどうにも前へ進めない。
カノンは悔しさのあまり涙で目の前がぼやけて行くのを感じた。

『ノンちゃーん……カノンさーん。』
誰だろう?おねぇちゃんじゃない、暗闇の中の私を呼ぶ声。
「朝ですよー、起きて下さーい。」
「う…んん?」
謎の声に促され、カノンはのっそりと上半身を起き上がらせる。
「ようやく起きましたね。」
声の方を向くと、青みがかった長い銀髪の少女が黄土色の瞳でこちらを見つめて立っているのが目に入った。
「A子ちゃん…?どうして私の部屋に。」
寝惚け眼をこすりながら質問をするカノン。
なぜかメイド服を着ているA子と呼ばれた彼女はそれを聞いてニッコリ笑いながら返事をする。
「カノンさんが起きて来ないので、ママさんに見てくるように頼まれました。」
そう答える姿は、まるで物語に出てくる可愛らしいお手伝いさんのようであった。
惜しくらむはその小さな淑女の居るのが可憐なお姫様の寝室ではなく、くたびれた女子大学生の…
つまりは私の部屋だという事だろう。
「もうこんな時間ですけど、いいんですか?」
まじまじと自分の姿を眺めているカノンに目覚まし時計を突きつけてA子は尋ねる。
「うわっ、ホントだ遅刻しちゃう!」
慌ててベッドから飛び起きたカノンは急いで用意してあった朝ごはんを食べ、登校の準備をすると勢い良く玄関の扉を開けた。
「いってきまーす。」
後方から「お気をつけて-。」というA子の声が微かに聞こえた気がしたが、意識を向ける余裕は今の私にはない。
懸命に自転車で風を切りながら近場の駅まで辿り着くと、カノンは息を切らしつつ定期の入った財布を取り出し改札口を通る。
そしていつもの電車に滑り込み、通勤・通学で混みあった車内の吊革に手を掛け安堵の息を吐くのだった。
「ま、間に合ったぁ…。」
肩で呼吸をしながら虚ろな眼差しを遠くにやると、車窓には幾つもの街並みが流れていく。
大学へ向かう電車に揺られながら、カノンはほんの数刻前に見た夢を思い返していた。
先輩のマキさんに姉のリズム、それにカナさんと後輩のマリーちゃん…。
それはちょうど高校二年生の時だ、あの頃は毎日本当に楽しかった、
もちろん今だって充実はしているけれど…。
踏切のカンカンという警報音を車体越しに聞きながら、カノンはおもむろにネットニュースなどを流し見すると、手提げカバンへスマホを適当に仕舞いこむ。
「あーあ、また…みんなに会いたいなぁ。」
電車を降りて、さらに大学行きのバス停へ向かう途中、
茫然と空を見上げながら彼女はそんな事を呟いていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

#1:月並みのモーニング・コール

jamバンドの鼓カノンを主人公にした小説。
A子というオリキャラが出てきます。

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投稿日:2025/05/16 20:26:53

文字数:1,774文字

カテゴリ:小説

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