朝から、帯人の様子がおかしかった。
昨夜のような怯えた様子は見られなかったが、そのかわりに四六時中べったりとつきまとってくる。
下手をするとトイレまでついてこようとする始末だ。
そのため、応急処置をとった。
いま、帯人は私の隣で、手首に巻いた赤い毛糸をまじまじと見つめている。
因みに、そのもう片端は私の手首に巻かれている。
要するに、未使用の毛糸を全部ほぐして、その両端をそれぞれの手首に巻いている状態である。
こうすると流石にトイレまで付いてくるようなことはなくなったが、下手な動きをすると絡まってしまうので考え物である。

「なぁ、帯人。」

「なぁに?」

ボーカロイドと暮らす上でどうしても避けては通れないこと。
それは・・・。

「ボーカロイドって、どうしても歌う必要あるんだろ?」

そう、基本的にボーカロイドは食事や電力の供給を必要としない。
歌を歌うことで自らエネルギーを生み出し、それを動力として活動することができるのだ。
極端な話、ボディの消耗やメンテナンスの事を考えなければ、人類が滅亡しても半永久的に活動を続けることができるのだ。
まぁ、食事で動力を賄うこともできるのだが、その場合どうしても動作不良を起こしてしまうという。

「うちのパソコン、ボーカロイドを歌わせるための基本システムが入ってないんだよ。だから、今日はそれを調達に行く。うちの身内に詳しいってか、ぶっちゃけマニアがいるから。」

携帯電話を取り出すと、短縮を呼び出し、コール。
コール音2回目で出やがった。暇人め。

『おぅ?どうした?』

「相変わらず暇してるようですね叔父様。」

携帯から聞こえる中年の声に、とりあえず皮肉をプレゼント。
このあたりはまぁ、いつもの事というか、『お元気ですか?』『こんにちは』と同意語なのでお互い気にせず本題に入る。

「ちょっと訳ありでボーカロイド用のシステムを手に入れたい。叔父さんとこならあるでしょ?一緒に連れてくから用意しといて。あと、ちょっとしたお願いもあるから。それはそっちで言う。」

相手の返事は聞かずに通話終了。
これも、いつもの事。

「さ、出かけるぞ。そこに弟のキャップあるからしっかり被っとけ。」


自宅から歩いて行ける距離に、叔父の家はあった。
家というか、本人は工房と呼んでいるが。
呼び鈴を鳴らすと勢いよくドアが開き、何かがそれ以上の勢いでぶつかってくる。
後ろに倒れかかった身体を、帯人が支えてくれた。

「凛歌っ!最近ぜんぜん会いに来てくれないじゃない~っ!!アリス退屈で退屈で死ぬとこだったんだよぉっ!?」

無論、これが叔父であるわけはない。
そうであるなら、気色悪すぎる。

「・・・・・・・・・アリス。」

肩に手を置き、べりっと彼女を引き剥がす。
青いエプロンドレスに金髪の少女を。
正確には、叔父の制作したカスタマイズボーカロイド、個体識別名『夢見音(ゆめみね) アリス』を。


カスタマイズボーカロイド、というのがある。
要するに、パーツ単位で売っているボーカロイドである。
パーツを組み合わせ、自分だけのオリジナルボーカロイドを作ることができる、というヤツだ。
ご丁寧にカラーリング剤や毛髪キットまで販売されている。
ただ、作成にはそれなりの道具とスペースが必要だし、カスタマイズボーカロイドはパッと見でボーカロイドであることが識別できないため、国とメーカーへの申請が必要である。
要するに、面倒くさいのだ。
作るのは本物のマニアックか本物の変人だけである。
叔父は両方だが。
因みに、アリスはボディがミクベースで金髪碧眼、ヴォイスはリンがベースになっている。頭にあるリボンはリンの名残だ。
肝心の人格プログラムはというと、叔父の手作りである。


「凛歌凛歌凛歌っ!おとーさんがね、新しい家族、作ってくれたのよ!早く早く早くっ!!」

「叔父さーん、アリスが引っ張るから勝手に上がるからねー。」

ぐいぐいと引っ張られた先にいたのは、白髪のボーカロイドである。
ボディは体格から推測して、がくぽがベース。服装はいわゆる執事風。赤い右眼にモノクルを装着しており、胸元には懐中時計が揺れている。
純白の髪は長く、うなじの辺りでまとめてあった。
・・・いや、現実逃避してるわけだけど、最大の特徴を言わないわけにはいくまい。
・・・・・・兎耳。頭から真っ白な兎の耳が生えている。男の頭に兎耳。

「月隠 誠一に作成されたカスタマイズボーカロイド、個体識別名を『刻音(きざみね) クロック』と申します。以後、お見知りおきを。」

白髪のボーカロイド、クロックは優雅に一礼した。

「うぉいっ!この糞叔父、ロリコンキャロル予備軍がっ!!」

クロックの後ろにいる中年の男、叔父の誠一に言葉を投げつける。
因みに、叔父は熱烈なルイス・キャロルファンである。

「流石にこれは限度超えてるだろ明らかにっ!?」

なにせ、男の頭に兎耳だ。
男の頭に兎耳。
だが、叔父は涼しい顔をしていた。

「いいのか?凛歌。もふもふだぞ?」

ひくり、と顔が引きつる。

「クロックの耳は手触りいいぞ~?あちこち駆けずり回って素材集めに勤しんだからな~・・・。」

叔父の声が暗示のように脳内に反響する。
あぁ・・・もふもふ・・・。

「手触りベルベットだぞ~・・・。」

最後の理性が崩壊、ふらふらとクロックに近づく。
クロックは事前に聞かされていたのか、ひょいとその長身を屈めた。
そーっ、とその耳に手を伸ばす。
ふんわりとした感触が掌を刺激した。

「あぁ・・・。」

もふもふもふもふもふもふ・・・

「ああっ・・・・・・!」

もふもふもふもふもふもふ・・・

なんていうか、ちょっとした楽園気分。
陶然と耳を触っていると、叔父の声がかかる。

「ところで、お前の後ろでおっかない顔してるそっちの彼だが。」

我に返り神速で振り返ると、帯人がものすごい顔でこちらを睨みつけていた。
ぶっちゃけ、殺気立っている。

「帯人・・・。」

帯人は、つかつかと歩み寄ると、無言で私をクロックから引っぺがした。
そのまま、腰の辺りを両腕でホールドされる。
それはもう、ぎゅうっと。

「帯人・・・中身出る。アンコ出る・・・っ!」

いや、流石にアンコは出ないが、苦しいことには変わりない。
ぺしぺしと軽く腕を叩くと、意外にあっさりと開放された
あぁ、空気が痛い。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

(亜種注意)欠陥品の手で触れ合って 7 『Tentanzione』

欠陥品の手で触れ合って7話、『Tentanzione(テンタツィオーネ)』をお送りいたしました。
副題の訳は『誘惑』です。手触りのいいもの大好きなんです凛歌は(もちろん帯人の髪の毛も大好き)。
ちょっとヤンデレ一直線になりそうだったので、緩衝材としてギャグをひとつ。
それでも、帯人は独占欲バリバリですけどね。
さて、今回、新キャラが登場しています。
今後、叔父さんは色んな意味で二人に振り回される役なので楽しみにしていて下さい。
最後に、全国のルイス・キャロルファンの皆様ごめんなさい。
私個人としてはルイス・キャロル大好きです。

それでは、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
次もお付き合いいただけると幸いです。


(追記)
ちょ・・・タグ・・・!
これをした人は今すぐ名乗り出て下さい♪(感謝状持って待機)
そうか・・・この作品にもタグをつけてくれるような人がいたのか・・・(激しく感動中)。

閲覧数:323

投稿日:2009/05/13 00:32:08

文字数:2,659文字

カテゴリ:小説

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