6、知人M

 あたしが起きたのは朝の六時半ごろだった。気付いたら部屋にいた。
 
 ちょっと焦ってあたしは体を起こした。
 すると頭から、タオルが落ちた。
 なんでタオルが……。
 
 そう思うと、体中が妙な倦怠感に乗っ取られる。
 
 そして、体中が熱いのにようやく気付いた。
 体の熱さを味わったところでもう一度横になる。
 

 あれ? 昨日あたし何してたんだっけ?
 

 なんてことを思っていると、部屋のドアが三回なった。

「起きた?」

 権弘はそう言ってあたしの部屋に入ってきた。

「なんで勝手にあたしの部屋に入るのよー」

「だれが、看病してやったと思ってるんだ」

 権弘はそう言って持ってきたおぼんをあたしの机に置いた。

「お母さんでしょ?」
「ショウコさんは鳥取へ出張だろ?」

 あ、そうか。じゃあ誰がしたの?

「お父さんが帰ってきた?」
「んなわけあるか。おじさんはエジプトだぞ」

 そっか。じゃあ連絡ぐらいしてくれるよね。

「多恵さん?」
「昨日からコウを迎えに言ったよ」

 コウとは、権弘の弟だ。私が多恵さんの名前を出すと、権弘がため息をついた。

「お前、自分がだれに電話したぐらいも覚えてねぇのかよ」
 そして、権弘はあたしの携帯電話を指差す。
「発信履歴ぐらい見たら?」

 あ、そっか。そっちの方が手っ取り早い。

 あたしは、携帯電話を手に取り開き、発信履歴を見る。
 昨日の、夜にあたしは権弘に電話をかけていた。



 そこで、あたしは今までのことを思い出した。



「やっと思い出したの?」

 権弘があたしの胸の内を当ててくる。少し恥ずかしくて布団を頭にかぶせた。



    
 あんたがしてくれたんじゃん。
 
 ドキッとした。
 嬉しい。
 やっぱり権弘は優しい。




「ほら、朝ごはん作ってやったから食べろ」


 権弘があたしの頭をポンッと叩く。

「一応、あたしも病人だからね」

 あたしはそう言って布団から頭をだした。

「はっ。よく言うよ」

 権弘は鼻で笑って、おぼんの上に乗っている器を片手で持つ。

「熱いから気をつけてな」

 権弘はそう言ってあたしに器を渡した。

 器の中には、おかゆが入っていた。

「いくら病人でもそのくらい食えるだろ。もう学校には連絡したからゆっくり休め」

 権弘はそう言ってベッドに腰掛けた。

「え、権弘、学校行かないの?」

「当たり前だろ? お前が苦しんでるのにオチオチ学校いけるかよ。おれも休むって言ったから」


 権弘はそう言っておぼんの上に乗っていたパンをちぎり、食べた。






 ……………………。






 なんで優しくするのよ……。






 なんか、変な気持ち……。胸の辺りがぎゅうーーーってなる。





「あ、ショウコさん今日までに仕事終わらせて帰ってくるだってよ」
「へぇ……」
 あたしは少し熱くて、塩気の利いたおかゆを一口食べる。


 今日は、妙に権弘が優しい。
「今日、この後病院行くから身支度しろよ。九時ごろには行くからな」
 権弘はそう言うと、ポケットから携帯電話をとりだす。
 そして、携帯電話の向こうで誰かと話して通話を終了した。


「峰岸さんには電話したから。あ、峰岸さんっていうのは昨日知り合った看護婦さんな」
 権弘はそう言って部屋のドアを閉めた。
 なんか、こんな感じの権弘は初めてだ。



                     *



 円香の病院も行き、一段落着いた。円香がインフルエンザではなく、ただの風邪だと効いて少しほっとした。
 峰岸さんは「よかったね」と一つ微笑んでくれた。
 帰りも送ってもらってもう、いたりつくされたりだ。
 メールアドレスも交換していたので、少し安心感だ。
「いつでも、メールしていいよ」と言われたのでまたうれしい。


「ゆっくり寝とけよ」
 円香はリビングでテレビを見ていた。
「えー。これ見たいのになー」
 円香はそう言ってテレビを消し、自分の部屋に渋々戻る。
 そんな渋々戻る円香に情けをかけ、おれの部屋から小型のテレビを持ってきた。本当に小型なんだよ。七インチくらいのテレビ。
 円香、それを見て「わぁー」なんか言ってさ。大げさに喜んでくれた。



「治るまでここでテレビ見ろよ。コンセントとか繋いどくからさ」
「うん。ありがとう権弘」
 円香は、顔一面に笑顔を浮かべておれをみる。不覚にもおれはドキッとした。


「もう、授業終わってるよね」


 そう言われて円香の部屋にかけてあるシンプルな時計に目を向ける。時刻は四時三十分を指していた。


「あぁ。もうそんな時間か」

 そう言ってベッドに腰をかけた。



 ふーっ。



 疲れた……。



 中学の無遅刻無欠席記録は途絶えたか……。



 ふぅ……。



 加治屋に会いたいなぁ。



 なんて可笑しな考えを広げていると
『ピーンポーン』
 それ同じタイミングで家のインターフォンがなる。


「ちょっと出てくるな」


 おれはそう円香に言って、部屋を出て玄関に向かった。玄関のドアを開けると、そこには加治屋とユウカが立っていた。


「うおっ、二人どした?」
「お見舞いだよ」
 加治屋がそう言うと、ユウカが手に持っていたコンビニの袋をおれに差し出した。


「ポカリとか入ってるから。適量に飲んで」


 ユウカはそう言うと、ニコッと笑う。

「二人そろってありがとう。入っていってよ」
「いや、いいよ。二人に悪いし……」
「いや。大丈夫だよ。円香は加治屋に会いたがってたから」



 今のおれの気持ちを円香に置き換えて加治屋に伝える。
 こんなもんじゃ加治屋に気持ちは伝わらないって判ってるけど……。
 意気地なしのおれにはこのくらいしかできないんだよな。



「そうなの! じゃあ。少しお邪魔しようかな」
 加治屋はそう言って笑う。
「じゃあ。入って」
 おれは玄関を開けて加治屋とユウカを家に入れる。
「円香の部屋は階段昇ってすぐ右だから」
「うん」
 加治屋はそう言って階段を昇る。
 おれとユウカもそれに続いて階段を昇った。
「ここが、円香の部屋だよ」
 おれは、円香の部屋のドアノブを押して部屋を開ける。




「あ! 渚と鹿野君!」




 円香はさっきまで少し顔色が悪かったのに、加治屋を見た瞬間顔に笑顔が戻った。
 加治屋は円香の顔を見てベッドに腰を下ろす。円香はそれを待ってましたとばかりにうかがい、加治屋に抱きついた。

「来てくれたの! ありがとー」
「うん。円香が心配だったからね」
 加治屋はそう言って円香と一緒にベッドに転がる。



 おれの心配はないのかな……。なんてな。




「加治屋。そいつ風邪ひいてるからうつされないようになー」



「残念だな。心配されなくて」
 ユウカはそう言っておれの肩を叩く。
「うるせぇやい」



 ユウカはこんなおれを見てニコッと笑った。
「僕、女の子の部屋なんて初めてなんだぁ」
 ユウカは部屋を見渡して言う。

「こんな奴の部屋、見るもんじゃねぇぜ」

「少なくとも、権弘の部屋よりあたしの部屋の方がきれいで広いよ」

「広いは関係ないだろ」

 おれと円香の口げんかを聞いて、ユウカがまた笑った。

「やっぱり、二人は仲いいね。まさにケンエンノナカだね」



「「ケンエンノナカ?」」



 おれと円香は口をそろえてユウカに目線を合わせる。

「ほら、犬と猿は仲が悪いでしょ? その様子から取った言葉で犬猿の仲っていうことわざがあるんだよ」

「猿と犬がケンカしてるところとか見たことないんだけどなぁ」

 円香はそう言って微笑した。

「それを少しいじって、榎本権弘の権と。大杉円香の円を取って『権円の仲』なんか面白くない?」

 ユウカはそう言ってカッカッカッと高笑いをした。

「なんか、可笑しいな」

 おれも、ユウカの笑いを見て笑う。

 なんか、平凡だなぁ。


『ピーンポーン』


 そんなこんなで笑っていると、またインターフォンがなった。

「おれ、出てくるよ」
 おれはまた、円香の部屋から出て、玄関を開けた。

 玄関を開けると、背が高く、すらっとしているスーツ姿の男が立っていた。その人を一目見て、おれの口からは言葉が飛び出す。


「佐古田先生」
「あれ? ここは大杉さんちじゃなかったっけ?」
 佐古田先生はそう言って頭をかく。
「あ、そうですよ。円香のうちです」
「じゃあ、何でエノヒロ君がいるの?」


 うっ……。そこをつかれちゃ……。


 一応、おれが休んだことは「風邪で休みます」という大義名分で学校に電話をかけていた。

「あぁ。わかったぞ」

 佐古田先生は、そう言って手を叩く。

「あれか。エノヒロ君は仮病だろう」

 ぎくっ。

「大杉さんを看病するために休みを取ってたんだね」

 うっ……。

「ず、図星です……」
 あー。怒られる。怒られるぞー。
「エノヒロ君、優しいね。僕、そんなことできないよ」
 佐古田先生はそう言っておれの頭をクシャクシャと撫でる。
 怒らないのかな?


「まぁ。風邪と言うことで。これを大杉さんとエノヒロ君でわけて。プリントとかはこれね」
 佐古田先生はそう言って、おれにスーパーのビニール袋とファイルを渡した。


「じゃあ、お大事に」
 佐古田先生はそう言いながら家を後にした。


「あ、ありがとうございます」
 おれは、先生がこっちを向いていなくても頭を下げて礼をした。佐古田先生はおれの声に気付いたらしく、手を上げて反応してくれた。

 優しい先生だなぁ。

 おれもあんな人になりたい。

 先生の背中を見送りながらドアを閉める。そして、円香の部屋に行く。

「だれだったの?」

「佐古田先生だよ。これ、今日のプリントと差し入れ」

 おれは袋を上げて円香にアピールする。

「まだ、近くにいるかな?」

「もう、結構離れたよ」

 そう言うと、円香は残念そうな顔をしてベッドに腰を落とした。

「お礼言わなくちゃ」

「また、明日だね」

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6、知人M

閲覧数:61

投稿日:2014/02/24 20:55:14

文字数:4,233文字

カテゴリ:小説

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