人形になったと思えば良いんだ。綺麗に着飾って、言われるまま笑顔を見せて、決められた言葉を台詞みたいに繰り返して…。

「香玖夜、支度出来た?」
「うん…。」
「まぁまぁ、綺麗じゃないの。急に結納だなんて私もびっくりしたんだけどねぇ。」
「うん…。」
「若旦那様も貴方の事気に入ってくれてるし、きっと大丈夫よ。」
「うん…。」

私、本当に嬉しかったの、助けて貰った事も、ほんの少しでも夢が見れた事も、貴方を好きになれた事も。だから平気、だから大丈夫、少しの思い出だけでも、絶対忘れない…。

「あら、どうしたの?その簪、若旦那様から?綺麗ねぇ。」
「あ、ううん…お世話になった人から…。」
「まぁ、良かったじゃない、きっとお祝いしてくれてるのねぇ。」

あの時、奏先生が追い掛けて渡してくれた簪。羽鉦さんからだって言ってた。羽鉦さん…この簪はどう言う意味ですか?これを付けて結婚しろと言う事?それともせめてもの優しさ?あれから幾ら考えても、その意味だけは判らなくて…。

「いやぁ、しかし美しいお嬢さんだ、ウチの恭二には勿体無いですな~。」
「まぁまぁ、有難う御座います。」
「……。」
「香玖夜さん、庭でも見に行きませんか?」
「行ってらっしゃいな、香玖夜。」
「…はい…。」

何も感じない…綺麗な花を見ても色が判らない、音楽を聴いても音が通り抜けてく、何を食べても同じ味、心が…心が凍って行くみたい…。

「よく心を決めてくれたね、闇月家が出てきた時には流石にびっくりしたよ。」
「え…?」
「ま、しかし君の家は桂木堂が買い取った様な物だし、これからは妻として宜しく
 頼むよ、香玖夜ちゃん。」

肩に手を置かれた瞬間全身に鳥肌が立った。どうして…もう覚悟した筈じゃない!私が少し我慢すればお店だって無くならない!お父さんもお母さんもあんなに喜んでくれてる!人形になるって決めたんじゃない!

「ん?この簪は…私が用意した物じゃ無いね、駄目じゃないか、勝手に変えたり
 しては…さ、こんな物は外して。」
「や…!嫌!それだけは嫌…!返して!返してっ!!」

それは…その簪は羽鉦さんが…!涙が溢れそうになった時、ふっと頭の上に影が落ちた。

「痛っ…いたたたた!何を…!あ…お前…!」
「え…?」

…嘘…これは夢…?私どれだけ会いたいの?だって…来てくれる筈…。

「羽鉦さん…?」
「…何て顔してんだよ…。」
「あ…簪…。」
「くれてやれ。」

力強い手の感触…本物なの?来てくれたの?夢じゃないの?本当に?

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BeastSyndrome -75.蝋人形-

頑張れ桂木恭二(40)ww

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投稿日:2010/06/25 01:46:27

文字数:1,060文字

カテゴリ:小説

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