(既成事実を作るしかないのかしら)
あの日の出来事がウソのように、彼はいつも通り接してくる。
(これじゃあまるで何も無かったみたいじゃない・・・)
正直、少し期待していた部分もあっただけにショックが大きい。
風馬君が私のことを好いてくれているのは、たぶん確かだと思うの。
(なのに、どうして一線を越えようとはしないのかしら・・・)
「ねぇ、風馬君。ちょっといいかな?」
「なんですか?」
「最近、仕事頑張ってるよね。何かあったの?」
「えっと・・・まぁ、はい」
歯切れが悪い返事。どうやらあまり話したく無いようだ。
「そっか。言いづらいなら無理には聞かないよ。でもね、これだけは覚えておいて。私はどんな風馬君でも応援しているからね」
「・・・ありがとうございます」
彼はどこか照れ臭そうに言った。
「うん♪」
(やっぱり可愛いなぁ)
アイドルの恋愛はご法度である。
とくに接点の多い男性スタッフには気を付けねばならない。
彼らの中にはそういう関係目当ての者も少なくないなか、風馬君は至って真面目な硬派な人だ。
そんな彼の視線は今、私の胸元に向けられている。
私が自分の胸元に視線を落とすと、谷間がくっきりと浮かび上がっていた。
「あー、もう・・・最悪・・」
今日は朝から雨でジメジメとしていたせいでブラが蒸れて、シャツが透けてしまっていたのだ。
私は顔を真っ赤にしながら彼に背を向ける。
「す、すみません・・・」
「別に風馬君の事を言ってるんじゃないよ。ただ、こんな格好をしてる自分が恥ずかしくてさ」
「いえ、その・・・」
風馬君は申し訳なさそうに俯いている。
「大丈夫だよ。ちゃんと気を付けてれば問題ないから」
(いや、待って。もしかしたらこれって逆にチャンスかも)
今はまだ昼過ぎだし、これから撮影が始まるまでには時間がある。
この機会を逃せば、次はいつになるのか分からない。
(よしっ!)
覚悟を決めた私は、思い切って聞いてみる事にした。
「ねぇ、風馬君」
「はい?」
「私とキスしたいとか思ったりしない?」
「えっ!?」
突然の質問に驚いたのか、彼は目を丸くする。
「その、風馬君が嫌じゃなければだけど・・・」
「・・・嫌ではないですけど、急ですね」
「実はさっきからずっと見られてるような気がして。気のせいかもしれないんだけど、なんだかさっきよりも強くなってるっていうか」
「それって、俺とキスしたらますます酷くなるんじゃないですか?」
「あ、そっか・・・う~ん」
「・・分かった。やってみよう」
すると彼は立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
そして私の両肩に手を置く。
「じっとしててくださいね」
「う、うん」
心臓の鼓動が早くなる。
「本当に良いんですか?」
「うん。だって風馬君、辛そうだから」
「俺が?」
「私、あなたを助けたい。あなたを幸せにしたいの」
「・・・参ったな」
彼は困ったように頭を掻く。
「完全にプロポーズですよ、それ」
「えっ!?」
今度は私が驚く番だった。
「いや、だってそうでしょう?俺のために自分を犠牲にしても良いなんて言う人は普通居ませんよ」
「そ、そうなんだ・・・」
「貴女はもっと自分を大事にした方が良い」
「うん・・・ごめんなさい」
「謝らないでください。俺は嬉しいんですよ。貴女の気持ちが聞けて。だから、ありがとうございます。こんな俺なんかのことを好きになってくれて」
「それはこっちのセリフだよ」
私はそっと目を閉じる。
「大好き。風馬君」
「俺も好きです。ナツミさん」
彼の唇が私のそれと重なる。
「・・・ふぅ」
「お疲れ様でした。今日の撮影はこれで終了です」
「・・・・えっ?」
突然現れた撮影クルーに、彼は目をパチクリさせている。
「えっと、これはいったいどういうことですか?」
「ごめんね。実はこれ、私の番組の撮影で・・・・元アイドルの恋愛事情ってテーマだったから、ついノリで撮影しちゃって」
「いや、でも、さすがにマズイんじゃ・・・」
「大丈夫よ。風馬君にはモザイクかけるもの」
「そういう問題じゃないと思うんですけど・・・」
「そうよね・・・既成事実作っちゃったものね」
「はい?」
「なんでもないわ。それより、今日はもう仕事終わりなんでしょ?」
「えぇ、まぁ・・・」
「じゃあさ、この後ご飯食べに行かない?もちろん二人きりで♪」
「えっと、はい。え?さっきの、演技だったんですよね?」
私はふり返って、カメラマンに合図を送る。
すると、彼は親指を立てて微笑んでいた。
「もちろんちょっとだけオーバーだったけど、嘘はついてないから。それに、私にとっては本気の告白でもあったんだよ。覚悟してね、これから私がどれだけ本気なのか、あなたに分からせてあげる」
私は風馬君の耳元に顔を近づける。
「愛しているよ、風馬君」
END

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  • 非営利目的に限ります

渚ミュージック

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投稿日:2022/11/20 16:24:17

文字数:1,995文字

カテゴリ:小説

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