そのころ。
「お待たせ」
「…大して待っていないわ」
人目につかない広場の一角にいた木下。彼女は目立たない格好をした上、シークレットシューズを履いて身長を欺瞞していた。
(…そこそこ待ってたんだろうな)
そう思う高野。二人で待ち合わせた場合、ほとんど木下が先に来ている。
「…んじゃ、行こうぜ」
そういって高野が先行して歩き出す。今日は木下が高野を夕食に誘ったのだった。
「…今ごろ、神波君と安田教授は話されているのかしら?」
「あいつのミクちゃんとミクさんもな。シンも、ミクちゃんも質問したいことが山ほどあるはずだ。例え数を絞ったとしても、結構あるんじゃねえか?」
「でしょうね…」
歩きながら会話する二人。
「…それより、あいつに教えるって話、どこまで進んでるんだ?」
「もうすぐ初回の講義よ。ただ、私は人に教えたことがないから、加減が分からないの。あなたに沢山アドバイスをもらったけど、難しいわね」
「いきなりあいつが音を上げるようなやり方だけは止めてくれよ。そこまでヤワじゃないとは思うんだが」
「気をつけたいけど、加減が分からないし、もしやりすぎていても、私に遠慮して言ってこないかもしれないわ」
「じゃ、言いにくいと思ったら俺に言うように言っとくわ。俺だったら多少は言いやすいだろ」
「…ごめんなさい」
「…どうして俺に謝るんだよ?」
「私、あなたに迷惑ばかり…」
「俺があいつをけしかけたのがそもそものきっかけだぜ。俺だってそれ位する義務はあるさ」
さも当然であるかのようにいう高野。そういってさりげなく木下の負担を減らしてくれているのは彼女自身良く分かっていた。
「…それより、今日の店は良い店なのか?」
「…良い店かどうかは分からないけど、静かで、ゆっくり食事がとれる店らしいわ」
(…これは相当店選びに時間をかけているな)
そう思う高野。彼女が高野を連れていく店は、個室がある店か、そうでなければ目立たないで食事ができる店ばかりだった。そのような店に絞った場合、調べるだけでもどうしても時間がかかる。彼女の事情を知っている高野としては、彼女がそうする理由が良く分かっていたので、不満はない。
「…後、今日は私が全部持つわ」
「俺はそれ位は手持ちがあるが?」
「…色々としてくれたお礼よ。それに、働いている私のほうが余裕はあるわよ」
「…それじゃ、俺が働きだしたら、その分きっちり返さねえといえねえな。利子もつけて。…おいおい、冗談に決まってんだろ」
言い返そうとする木下を制するようにいう高野。軽い冗談に見えるが、木下のことを良く分かっている上、木下も心を許しているからこそできる芸当である。
「ごめんなさい。私が…」
「俺はめんどくせえとは思ってねえぜ」
彼女の発言を先回りして言う高野。
「…」
「…で、こっちか?」
「…そうよ」
「じゃ、行こうぜ」
そういって、再び歩き出す高野だった。そんな神波の背中を見つめる木下。そして、
「…!」
先を行く高野に駆け寄って後ろから抱きしめる木下。
「…ありがとう」
「…気にすんなよ」
二人は短い言葉しか交わさなかったが、お互いの想いは伝わったようだった。
「…行くか」
「うん」
抱擁をといた木下。そして二人は歩き出した。
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