「my hero 」
   心音萌琉溶 作


1

苦しかった。
なんで自分の周りには敵しかいないのだろうか。
家族、友達、社会
全てが敵だった。母はもうとっくに死んでいる。その死に対して父は自暴自棄に。そのせいで自分に手を出してくる。
数年ほど前に別の人と結婚して3人で暮らしているものの、父さんはパチンコに行って家のお金をひたすら使っている。
もう、こんなところから逃げ出してしまいたい

2
引き篭もりになりたい自分の思いを抑えながら基本的には学校へ通っている。毎朝の恒例行事の前日に机が見えなくなるぐらいまで落書きされたのを消す作業。教室へ向かう途中に水を入れたバケツと雑巾を持って教室に入る。ちなみにこの学校ではスリッパを下履きにしているのだが気付かないうちに隠されているので基本素足。
「今日も1人でお掃除ですかぁ?梶くんよお」
言い返すとめんどくさいのはちゃんとわかってるので思いっきり無視する。ひどい時は持ってるバケツを奪って自分にかけてきてクラス全員がケラケラと笑ってくる。先生には何度報告したことか。一切直ることはなかった。10分ぐらいかけて机を綺麗にし、朝のホームルームを迎える。自分はただ単にあいつらが羨ましがっているだけではないかと思っている。 実は自分、学校の中でもトップレベルの偏差値を誇っている、周りが問題児が多すぎるだけなのだが。自分がいじめられることをわかっていたかのように母は遺書に「悔しくて力負けしたりして争えなくても、勉強で将来見返してやれ。」そう書かれてたのを常に思い出している。だからできるだけ多くの本を読んだり、問題を解いたりを休憩時間にしていた。しかしながら、バカたちは読んでいる本を破いたり問題を解いているノートをペンでぐちゃぐちゃにしたりなど邪魔されるばかりだけど。

3
唯一のいい時間というのがある。学校ではまともに勉強できないから、ちょっとした路地裏に入った40歳ぐらいのマスターがしている喫茶店がある。ほぼ毎日そこに通っていて、店内BGMを聞き、カフェオレを飲みながら課題をする。でも、課題をちゃんと出すのは自分と、仲のいい優香さんぐらいだから先生もわかってて簡単かつ少ない。そのおかげで受験勉強の時間がたくさん取れる。ここのマスターとはかなり仲が良くてしかも音楽好きという点でかなり気が合っている。自分は大体平日の夕方に行くので客は少ない。そんな時にマスターがアコースティックギターを弾く。それがまたいい音で勉強が捗る。誰も自分がこんな小洒落たお店で勉強してるなんて誰にも言ってないから他のクソみたいな奴らのことを気にせず勉強できる。僕は優等生になりたいだけなのに。ちょっとして、勉強が終わっていつものマスターとのお話。この時間が一番好きだ。話が合う人と邪魔されず話せるなんてどんなに素敵なことか。
「学校はどうなんだ?」
「相変わらずイジメられてるばかりですよ」
「実は自分もそうだったんだ」
「え?」と突然告げられ驚く。
「昔な、自殺してしまいそうなほどにイジメられていたんだ。居場所なんてもちろんなかった。とにかく親孝行したいから勉強はしたかった。だからずーっとトイレにこもって一人で教科書と睨めっこしてたんだ。説明してくれる人がいなかったから問題解くのに時間はかかったけどね。もちろん毎日だとそいつらにトイレに居るとバレる。だから日替わりでトイレ変えてた。」
「そう、、、だったんですね」
「ああ。でもな、誕生日にこのギターを買ってくれた。親はほんのひと時でもいいから自分の世界を見つけてほしいんだって言ってた。そして、音楽が私を救ってくれた。そいつらなんてどうでもいいと思ってきた。」
「音楽ってすごいですよね。気分を何にでも変えられるし涙さえも流せてしまいますしね」
「お前に1本このギターをやろう。今はほとんど使ってないから。ちょっと待てよ、弦の交換とピックとか準備するから。」
「え、いいんですか?」
「ああ、もちろんだ。これでお前が変われるのならば安いものさ、ほぼ毎日来てくれてるから恩返しもしたかったしな。」
「ありがとうございます!でも、あの、弦の交換ぐらいは自分でさせてください。それぐらい自分でします。愛着湧きそうだし。」
「そうか、じゃあちょっと持ってみな、弦は錆びてるけど音は出る。これを使ってチューニングしてからだな。随分触ってないからかなり狂っているだろうから。」
1時間ほど教えてもらった。正直ギターがこんなに難しいなんて思ってもなかった。たった5分触っただけで指が痛い。30分したころには手の皮が剥けた。マスター曰く指の皮が硬くなって楽になるらしい。マスターの言う通り、毎日練習するようにしよう。

4
家に帰ったらいつもお母さんが晩御飯を用意してくれている。それが美味しいのだ。盛り付けは汚いけど。
「なに?それ」
「ああ、これギターだよ。いつものマスターが使ってないのくれたの」
「まあ、よかったじゃない。」
「自分、来年の文化祭であいつらを見返したい。みんなに響く弾き語りがしたい。」
「そう。勉強もちゃんとするならいいんじゃない?ただ、よりバカにされるリスクはあるからね」
「うん、わかってるよ。バカにする余裕もないほどに感動させる。それが無理ならこんな決心はしない」
「ご飯できたわよ、冷める前に食べてちょうだい。」
自分の大好きなハンバーグだった。とっても美味しい。盛り付けは相変わらずだが。
食べたらすぐに自室に行ってギターの弦を交換する。もちろん教則本を買ってきたからそれ通りにすればいい。できた時は少し嬉しかった。すごいな、弦交換しただけでこんなにも幸せになれるって。音が全然違った。新品の弦は音が丸かった。マスターはかなりいい弦をつけてくれていたことがすぐわかった。ひたすら練習した。指の皮がずる剥けた。かなり痛かった。でもそれを忘れられる。自分でも認められるほどに飲み込みが早かった。

5
いつもの様にスリッパを履かず、バケツと雑巾を持って教室に入る。でも、まるで世界が違う様に見えた。白縹色の空が見えた。出た時は普通だったのに。幻覚なのか。この日から思い方が変わった。周りは全く変わってない。相変わらずイジメてくるばかりなんだがそれを狭い世界だなと思える様になった。マスターの言う通りだ。世界が変わった。綺麗だった。美しかった。いつもよりいい日だなと思える様になった。今日なら行けると確信した自分は優香さんに声をかけた。
「あ、あのさ、、今日の昼休憩一緒にご飯食べない?だめ、、、かな?」
「え、、あ、、、う、うん。いいよ。一人で食べるよりマシだから。」優香さんに話しかけられるとまだぎこちない喋り方しかできないなあ。

6
時は過ぎ、文化祭当日。自分が出ることを他の人には伝えていない。なんとなく想像できていたから。物投げられたりして台無しにされたら困る。だから当日まで秘密にしておいた。もちろん優香にも。ギターも何曲かは完璧に弾けるようになっていた。「梶さん、準備お願いします。」さあ、次は自分の番。自分だけの世界を見せてやる!」ギターを持ってステージ上に立つ。やはりいた。自分のことをいじめてくるやつらが。そいつらは梶じゃねえかとナメているような感じで話している。「聴いてください。オリジナル楽曲、my hero 」

7
大きなミスをすることなく、文化祭ライブをすることができた。体育館の窓から見えるその景色は絵に描くような綺麗な青色だった。体育館から出ようとすると優香が待ってくれていた。「すごく良かったよ!梶くん!」「来ててくれてたんだね。ありがとう。あのさ、今、暇?」「う、うん、、、暇だけど」「良かった。ちょっと裏これる?」「ああ、うん。」なにしてんだ自分。隠すつもりはないんだけど自分、優香さんのことが好きっていうのも分かってた。チャンスはここしかないって思って勝手に行動してしまっている。ここまで来たらもう告ってやる!「あのさ、自分、優香さんのことが好きなんだ。いじめられてクラスの端っこで暗く生きているような自分でも付き合ってくれるかな。」「暗くなんかないよ!むしろ輝いてた!」「え?」「そうだよ!みんながいじめてて暗く見えてたってだけで私と話してる時はすっごく輝いてた!」自分はただ単に隠キャコンプレックスだっただけ。「つまり、私は梶くんといられて幸せだよ!もちろん付き合いたいな!」「こんな自分でいいの?」「もちろん!こんな梶くんがいいの!」一瞬にして自分の中の感情が晴れた。

8
いつも通りいつもの喫茶店に行った。「いらっしゃい。」「マスター、ギターくれて本当にありがと。」「急にどうしたんだい、なんかいいことでもあったのか。」「そうなんだよ!文化祭ライブも成功したし、そのあと仲の良い優香さんに告ったら成功したし最高だったよ!」「そうか、それは良かったな。あ、良かったぜお前のライブ」「え?来てたの?」「なんなら告白したのも知ってたしな。」「えーーーーーマスターったらなんでもお見通しじゃないか!」こうして自分の青春が始まった。まさか、マスターに全て知られていたことに関しては驚きが隠せない。



制作著作:心音萌琉溶
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ライセンス

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  • この作品を改変しないで下さい
  • オリジナルライセンス

my hero

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投稿日:2024/02/24 10:58:22

文字数:4,017文字

カテゴリ:小説

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