!ATTENTION!
この小説は鏡音レンオリジナル曲「Fire◎Flower 」のイメージ小説です。
また、作中ではけったろさんのラップアレンジver. の歌詞を採用させていただいています。
以上の事に少しでも不快感を抱かれる方は読むのを控えてください。
それでは、よろしくお願いします。
Fire Flower ~夢の大輪~
1
控室で一人、パイプ椅子に全身を預けるように座りこんだ。背もたれに体重をかけて首をそらし、長い長い息を吐く。
すぐ脇のドアの向こうはステージだ。会場に流されたBGMをかすませてしまうくらいのざわめきが聞こえる。高揚した来場者の気配がする。
規模は小さいライブだ。まだまだ駆けだしのアーティストの、初めてのソロライブ。だけど、そこに込められた思いのどれが、プロと違うというのだろう。ファンの声も、スタッフの笑顔も、今、どくどくと大きく音を立てて脈打つ心臓だって、きっとみんなが感じている。最近では、そう考えはじめていた。
もう一度、大きく息を吐いた。閉じていた目を開き、首をそらした状態のまま、背後の壁に貼ってある、大きなポスターを見つめた。
――LEN 1stアルバム『Fire◎Flower』
花火をバックに歌う自分の写真は、やはり少し現実味がないように思える。
(やっと……ここまで来たんだ……)
レンは無意識のうちに腕を天井に伸ばした。そのまま宙のなにかをつかむように、軽く手を握る。握った拳をぼんやりと見つめながら、長いようで短い道のりを思い出す。
道の始まりは、どこからだったんだろう。
らしくもないと思いながらも、そんな事を考える。目を閉じなくても思い出せる、あの日、あの時の花火。目に薄く張った涙の膜の向こうで、泣いていた彼女のこと。
(あいつ……キレイに、なったのかな……)
少しだけ、過去に思いを馳せる。きっとこの広い世界のなかでは、ありふれた出会いと別れの、ありふれた恋。だけど、自分達だけの、忘れられない、大切な恋。
「レン、そろそろだぞ?」
「ん、分かった」
ステージ裏へと続くドアが向こう側から開かれた。かかった言葉に答え、深く腰掛けていたパイプ椅子から立ち上がる。すぐ脇に立てかけてある愛用のギターを手に、ステージへと踏み出す。スポットライトが自分を包むと同時、会場ホールにわあっと歓声がわき上がった。大きく力強い声を受けながら、ステージ中央のマイクへと歩を進める。
もう一度瞳を閉じて、レンはこのライブのラストに歌う曲の出だしを、心の中でなぞった。
――「最初から君を、好きでいられて良かった」なんて、空に歌うんだ。
 
2
彼女との出会いは、本当にありふれたものだった。
入学したての中学校。一年のクラスが一緒だったのだ。
鏡音リンは男子のなかでもよく名前が挙がった。なにせ可愛い。金髪碧眼なんて、レンも含めてクラスに何人もいたが、その大きな瞳を強調するように顔立ちは整っていて、笑顔は底抜けに明るかった。向日葵みたいにまぶしい女の子だったので、男女問わず、だれからも可愛がられていた。
もちろん、恋愛に関するうわさも絶えなかった。それだけ愛されていれば男が放っておくはずもない、というのもあるが、リン本人も、色んな恋愛を楽しんでいたようにも思える。
「恋に恋をしている」と、そんな彼女を表現していた者もいたが、レンには彼女が「手探りで恋を探している」ようにも見えた。どうしてか彼女には、いつでもまっすぐで透き通ったイメージを持っていた。
そんな彼女とは二回、付き合って別れた。全く振り返ってみれば間抜けに聞こえる。初めて付き合ったときなど全てが勢いで、告白していざ付き合ったは良いが、最終的には他の男にかっさらわれていってしまった、という間抜けっぷりだ。
(懐かしいなァ……)
開始直前、緊張の面持ちとざわめきで会場がレンを注目する。この緊張感と高揚感がたまらなかった。ステージに既に集まっていた他のメンバーたちをぐるりと見渡す。皆がゆるぎない視線をこちらに向けてくれる。小さな会場だけど、初のソロライブ。彼らの視線に、背中を押されないわけがない。
言葉にできない感謝の気持ちとともに、ひとりひとりにうなずいてみせる。そして、最後にドラムにうなずいた。彼もまたニッと力強く笑い、頭上でスティックを高々と三つ鳴らした。
それを合図に、ギターをかき鳴らす。瞬間、会場がどっと沸いた。声に、震える足が、身体が、支えられる。あとはもう、音楽に乗るだけだった。大きく息を吸い込み、レンはマイクに、そして会場に向かって歌い始めた。
ライブが、始まった。ハイペースの曲で、自分の熱と一緒に、会場の熱も一気に跳ね上がった。
(なあ、リン……)
最後に会ったのは、今からちょうど一年前の、あの夏祭りの夜。記憶のなかの浴衣姿の彼女に、心の中で語りかける。
(俺、ちょっとは前に進めてるのかな?)
二回目に別れた時。たしかあの時も、目移りしやすい彼女の恋心はまた他の男に向きかかっていて。ただひとつ、一回目と違う点は、別れは自分から切り出したということだった。
もう二度と手放さないと、心に誓ったはずだったのに。
 
3
二度目に付き合い始めた頃には、レンはすでに音楽活動を始めていた。中一の夏にリンに振られてから、なにか別のものに手をつけようと始めた音楽だが、思いの外性分に合っていたようで、かなりはまり込んでしまった。子供のころからコツコツ溜めていた貯金をはたいてギターや雑誌、本を買い、歌詞やメロディなどもほとんど自分で考えた。
そうして別のことに没頭しているうちに、いつのまにか、気まずくて目も合わせられなかったはずのリンとも気軽に会話できるようになっていて、中三の春、軽い気持ちで告白にリトライしてみたのだ。断られると思っていたので、本当にダメ元だった。だが、返された返事は意外にもOKで。告白したのはこちらなのに、大げさなくらいに驚いてしまった。
その時のリンの悪戯っぽい笑顔は今でもよく覚えている。
「レン、最近かっこいいじゃん」
「他に好きな人ができたから、だからごめんね?」
中学一年の夏の終わり。あっさりと告げられた言葉にレンは絶句した。今冷静に考えれば、あれは恋愛に対する絶望的な経験値の差が生んだカルチャーショックだった。誰かと付き合うなんて初めてだった子供なレンと、すでに三、四人とは付き合っては別れたことのある経験豊富なリンでは、付き合ったところで、片方が感情をもてあますに決まっている。だがそれを予想できない程度には、二人とも若かったのだ。
そして若かったからなおさら、リンの言葉がレンの心を大きくえぐった。リンにとっては慣れた別れのあいさつだったが、レンにはまるで自分が百円ショップの便利な使い捨て道具のように思えて仕方がなかったのだ。
あの言葉の鋭さがトラウマのようだったからこそ、彼女のOKの返事が信じられなかった。
「どしたの? リアクション薄いよー」
首をかしげるリンの笑顔を見て、嬉しさがわき上がらないはずがなかった。だけど、レンの気持ちは最初のようにまっすぐなものではなくなっていた。ただ彼女をめいいっぱい愛そうという気持ちは以前ほど強くはなく、むしろいつ切り捨てられても大丈夫なようにと、すぐにあきらめがつくように、傷つかないようにと、守りの気持ちに入っていた。
いつの間にかレンの中でも、鏡音リンには「恋に恋する少女」という印象がついていた。
「レン……大好き」
だから気付けなかった。そう言ってぎゅっと腰に抱きついてきたリンが何を思っていたのか。彼はその行為を、あぁ、また経験を積んだんだな、というくらいにしか思わなかった。
この時こそ、リンは「手探りで恋を探していた」というのに。
 
4
中学三年の春から夏休みの終わりまで。四ヶ月という付き合いの期間は、レンにはもちろん、リンにとっても最長記録だったらしい。それを知ったのは少し後のことだったが、その間に二人はいろんな話をした。好きな物や嫌いな物、学校や家の話、テレビやファッション、特技や趣味など、様々だ。もちろん、レンの音楽活動の話もそこにはあった。ふたりで遊び半分に歌詞を並べたこともある。
なぜ、レンが二度もリンに告白しようとしたのか、この四ヶ月間でなんとなく分かった。自分とリンは合っているのだ。持ちかける話の内容や好きな物に違いはあれども、物事を進めるペースが食い違うことはほとんどない。息が合う、というのはこういうことだろうか。気をつかって無理に彼女のペースに合わせる必要なんて一度もなかったし、リンといればいつだって楽しかった。ただ横に居るだけで何を考えているのか、ふと思いつくことだってあった。
まるで呼吸するのに等しいくらい、リンの隣では自然体でいれたのだ。
リンと再び付き合い始めてから、また数曲、曲を仕上げた。どれも会心の出来だったし、周囲の音楽仲間のウケもよかったので、その時期は趣味にも思い切り打ちこんでいた。リンとの関係も楽しかったし、自分の好きなことにも集中できる。毎日がこれ以上ないくらい、レンは充実していた。
だけど、リンはそうではないかもしれない――それに気づいたのは、学校でだった。
さりげなく、リンが自分との会話を避けるようになった。ほんの少しの違和感。だが、それは彼女がある男子生徒と頻繁に話すシーンをよく見るようになって分かった。
あぁまたかと、レンはあきらめ半分に思った。リンはまた、次の人をカッコいいと思うようになったのだ。また自分は、捨てられるのかなと考える。
(まぁ、この四ヶ月……楽しかったし、いいか)
胸がずきんと痛んだが、レンは考えないことにした。趣味に彼女にと、欲張りすぎたのかも、と、首を横に振って雑念を払う。これからは、趣味の音楽に全てを捧げようと、心に決めて。
(でも……なにも言ってこないってことは、まだ、まだいいよな……?)
せめて、彼女から別れを切り出されるまでは……と、彼は唇をかんだ。その表情を、リンが切なげに目を細めて見ていたとは知らずに。
その一週間後、レンにとって晴天の霹靂ともいえる出来事があった。これからは趣味に打ち込もうと決めていた彼にとって、それはとても大きな出来事だった。
ライブハウスでの演奏後、なじみのある他チームのボーカルに声をかけられたのだ。
「なあ、LEN。お前オーディションに出る気はないか?」
言いながら、差し出されたオーディション雑誌を見る。有名なレコード会社のオーディションの情報を目で追いながら、ちらりと彼を見上げた。
「オーディション?」
オウム返しに問えば、ああ、と彼はうなずいた。
「俺は出るつもりなんだ。……この夢がどこまで通用するのか、はかってみたい」
まっすぐに夢を見る瞳に、レンはごくりと息をのんだ。オーディション、プロへの道。歌が好きなら、一度は夢見る道だ。たとえそれが、どんなに険しいものであろうとも、挑んでみたいと思ってしまえる、そんな道。
「俺はお前の実力を十二分に認めてる。……正直、作曲のセンスも歌唱力も、俺の完敗だ。だからこそ、お前には上を目指してもらいたいんだ」
彼の言ったことが冗談でもなんでもなく、本気なのだということが分かった。だからこそ、レンはなんと答えようか考えあぐねた。急に道が開けたかんじだ。魅力的に輝く道が一本、どこに進んでいいか分からずに立ち止まるレンの前に横たわっている。だがその遥か先は真っ暗闇で、本当にそれが正しい道なのか、分からない。心の中で葛藤が吹き荒れた。
「……一人だけじゃ心細い、ってのもあるよ。正直、不安でいっぱいだ」
答えかねているレンの心境を察してくれたのか、彼は吐息とともに苦笑した。それから軽くレンの肩を叩き、その脇を通り過ぎる。
「ま、考えといてくれよ。その雑誌はやるからさ」
その日の帰り道はよく覚えていない、ぼんやりと歩いていたはずが、気付けば家の自室だった。ベッドにごろりと横になって真っ暗な部屋の天井を眺めると、無性にリンと話したくなった。
(リンは……なんて言うんだろう)
もちろん自分の親は大反対だろうなと、なんとなく思う。そんなギャンブラーのような道を息子に歩んでほしくないと思うのは誰だって同じだ。自分だって怖いのだから、親ならなおのこと。
でも、心のどこかでは未練たらしくその輝ける道を眺める自分がいる。シンガーソングライターになりたいというのは、歌い始めたころに強く思い描いた夢だった。
リンなら、なんと言うのだろうか。自分のこの夢を聞いて。笑って背中を押してくれるだろうか。それとも、やめてと引きとめてくれるのだろうか。間違いなく、馬鹿にされることはない気がするけれど、あのまっすぐな青い瞳がどう変化するのか、今回ばかりは分からない。
分からないからこそ、それが決め手になる気もした。
リンになら、自分の夢の舵を託してみてもいいと思えた。
Fire Flower ~夢の大輪~ 01
鏡音レンオリジナル曲「Fire◎Flower」(http://www.nicovideo.jp/watch/sm4153727)のイメージ小説です。※作中ではけったろさんのラップアレンジver.(http://www.nicovideo.jp/watch/sm7813332)の歌詞を採用させていただいています。 ちょっと続きますが、よろしくお願いします。
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