そこはとある大学の研究室、窓際近くの席でツインテールの女性がPCを操作している。
彼女の傍にはタブレット型のデバイスが設置されており、無線でネット回線からのメッセージが幾つか表示されていた。
その様子からどうやらパソコンの方はスタンドアロンになっているらしく、
女性は時折モニターから目を離すと、携帯端末の情報を確認している。
「ニョロ?」
しばらく作業をしているとタブレットがなにやら気になるメッセージを受信したらしく、彼女は奇妙な疑問形のスラングを発し、返事を送るべく画面を指で軽くタップした。
電話と違い文字による情報伝達はどうにも絵面が地味になっていけないと、下らない事をぼんやり考えながら。
「はぁ…。」
その日、私は深い溜め息を吐いていた。
どんよりとした雲が太陽を遮り、ジメジメとした空気が気だるさを増している。
「う~ん、不味いニョねぇ…。」
おさげ髪の女の子が後方からしかめっ面で呟いた。
「どうしたんですか?メロディさん。」
通りがかったメイドが何気なく少女に声をかける。
「A子、あれを見てどう思うニョ?」
不思議な語尾の彼女はトボトボと部屋を出ていく長身の女性をサムズアップした親指で指差した。
「どう…って。いつものカノンさんに見えますけど、幽霊でも見えてるんですか?」
A子と呼ばれた小さな家政婦は、付け加えた返答を冗談だという風に軽く笑う。
「その通りニョ!」
対してメロディは大真面目に言い切った。
「はぁ…。」
「ただ、以前はうっすら見えてただけなのが、最近ちょっと濃くなって来てるんだニョ。」
神妙な面持ちで彼女はさらに説明を続ける。
「それって、なんかヤバかったりするんでしょうか?」
メイドはなんだか面倒臭そうに指で頬を掻いた。
「だいぶヤバいニョ。取り憑いた霊の圧が強すぎると、カノン姉自身にも影響が出てくるニョ…。」
そうしてメロディはコソコソと身を隠しながら廊下の先に消えた姉の後を追うのだった。
「メンタリスト・メロディちゃんの見立てでは、カノン姉に憑いてるのはヒミコの残留思念ニョ。」
妹は姉の追跡をしながらA子に対し持論を展開する。
「ヒミコ…ですか?」
家政婦は少し驚いた様子でメロディに聞き返した。
「ガガガ?」
彼女達が忍び足で歩いていると、後ろから奇妙な電子音が聞こえて来る。
「ロボタ、静かにするニョ。」
振り返ったメロディは口の前に人差し指を立て、付いてきた四角い機械人形に注意した。
小さなロボットは慌てて口元をアームで隠す仕草を見せると、前の二人が足を止める。
「見るニョ。ああやってヒミコと対話をしているんだニョ。」
そう囁く彼女の目線の先には、仏壇の前に静かに座り込んでいるサイドテールの乙女の姿があった。
「もしかして…カノンさんがおかしくなったのって、私のせいだったりします?」
A子が珍しく不安そうに尋ねる。
「いや、A子が来てからはむしろ薄くなってたくらいニョ。それがここに来てまた存在感を増して来ているニョ。」
姉に聞こえないよう、メロディは出来るだけ小さな声でヒソヒソと喋った。
「よし、ロボタ。お前が様子を探って来るニョ!」
少女が足元のロボットに指示を出す。
「ガガッガー!」
すると彼は待っていましたとばかりに敬礼のポーズを取り、対象に向けて揚々と歩いていった。
「?…ロボタ、どうしたの?」
無言でじっと俯いていたカノンは近づいてくる小さな家族に気が付くとキョトンとして声をかける。
「ガガガ!」
ロボタは軽く挨拶をして、おもむろに正座をしている彼女の膝にピョンと飛び乗った。
「きゃっ!も~。そうだ!この間のお花、ありがとう…。」
彼女は驚きつつも、先日の好意に対して彼に礼を述べる。
「でも、勝手に一人でどっかいっちゃうのはダメだよ?危ないし、みんな心配するんだから。」
そして未熟なAIの軽率な行動について、カノンは母親気分で優しく叱るのだった。
「ガガ!」
対してロボタは元気よく無邪気そうな返事をする。
「ちゃんと分かってるぅ?」
はにかみながら彼女は、そのボディをくすぐるような動作をしてみせた。
「なんだか論文が上手くまとまらなくって…、この間の青いタイツの人に変な事言われたせいかも。」
彼を膝に抱えたまま、カノンは自身の心情をわずかばかり吐露する。
「ガガ?」
ロボタは電子音で彼女に問い掛けた。
「頭の中の考えを言葉にする勇気がないの、それで何かが変わってしまうんじゃないかと思うと…。」
弛んだ瞳の瞬きと共に柔らかな唇からカノンのか細い震えた声が漏れる。
「ガガ、ガガガガ!」
しょんぼりした彼女の胸の中で小さなロボットが声を荒げた。
「ロボタ…?」
それまで静かに私の愚痴を聞いていた彼は必死で何かを訴えているようだった。
「ガガガ!ガガガガガ、ガガガ!!」
しかしその想いに答えられず、悲しい顔をしながらカノンはその銀の駆体を深く抱きしめる。
「ゴメンね、ロボタ。私…貴方が何を言っているのか分からないの。ゴメンね…。」
そんな様子を、A子とメロディは気不味い雰囲気で遠巻きに眺めていた。
『PiPiPiPi!』
しばらくしてスマホのアラームが仏間に鳴り響く。
「わっ、もうこんな時間!ロボタ、また後でね。」
そう言って彼を膝から下ろし立ち上がると、カノンは急いで支度をして家から出ていった。
「あれは…ちょっと重症かもしれないしれないニョ。」
隠れていた妹が怪訝な表情で玄関の方に目を向ける。
「う~ん、そうですね…。一応リズムさんに連絡しておきましょうか?」
A子は帰って来たロボタに軽く会釈しながらメロディに提案する。
「ダメニョ。リズム姉は幽霊とか信じてないから、てんで話にならないニョ。」
「なるほど。」
二人の娘は『お化けなんて非ィ科学的ニョロ~。』と言いながら大笑いしているツインテールの女性の姿を頭に思い浮かべた。
「それじゃあ、私の知り合いに協力を仰いでみましょう。少し電話をお借りしますよ?」
何かを思い付いたらしい様子のA子はメロディに断りを入れると、パタパタと早足で廊下を歩いて行った。
「すみません、遅れました!」
自転車を裏手に停めたカノンは慌ててバイト先の店内に滑り込む。
「おっ!カノンちゃん、ギリギリセーフ。」
商品の在庫確認をしていた赤毛の女性が長いポニーテールを翻し私の方を向いて笑った。
「先輩、お疲れ様です。」
同僚に挨拶を済ますとカノンは制服に着替えタイムカードを切る。
「ねぇカノンちゃん。シフト終わりでいいから、後でちょっと私に付き合ってくれない?」
私が今日の業務内容を確認していると、先程の彼女が再び話かけてきた。
「えっ?付き合うって…どれくらいですか?」
いつもは単に交代して引き継ぎを済ますだけなのだが…と、不思議に思ったカノンは女性に聞き返す。
「2~30分程度かな?それじゃ、お疲れ様でした~。」
それだけ言って彼女は退社手続きを済ますと、従業員用の出入口から店の外へと出ていった。
「一体なんなんだろう?」
疑問を残しつつも私はそのポニーテールの後ろ姿を見送ると、いつもの仕事に精を出すのだった…背後に誰かの気配を感じながら。
つづく
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