「んー・・・・・・。」
「どうした?」
頭の上の帽子に、指先で触れる。
『帽子屋』の『欠片』を収納した、『虚帽子』に。
「いや、僕も帽子の中に取り込まれるかと思ったけど、そんなことはなかったからさ。」
ふぅ、とパールの隣を歩いていたメアリ・アンがため息をついた。
なにやら、こちらを月曜の次の曜日が判らない人間を見るような眼で見ている。
もしかしなくても、馬鹿だと思われているのかもしれない。
「当然ですわ。『虚帽子』は生物を取り込みませんもの。白兎様の『ラビット・フット』と同じく、この世界は意思あるモノを簡単には持ち運べないのですわ。この世界は、月隠凛歌の精神世界ですもの。」
パールの二丁拳銃のうちの右側が引き抜かれる。
じゃき、と音を立てて遊底を引く。どうやらシングルアクション方式であるらしい。
それを無造作に隣に向け・・・。
「そんなことをルールで認めてしまっては処理能力に限界が・・・ッ!?」
ぱぁん、と小気味良い音が一発。
メアリ・アンのヘッドドレスが飛んでいく。
どさり、と重くて湿ったものが地面に叩きつけられる音がした。
「パールッ!?」
「『卵』、余計なことは言わなくてよろしい。・・・・・・返事は?」
今しがたメアリ・アンの頭をふっ飛ばしたにも拘らず、パールは涼しい顔で薬莢を排出。
そのまま拳銃をホルスターに戻す。
そして、誰も取り乱した者はいない。
アマルはあっちへふらふらこっちへふらりと退屈そうにしていたし、マーチは前を見据えて黙々と歩いている。
そして、フルムはマーチの背中で眠りこけていた。
唯一、バンダースナッチだけが銃声に驚いたのか僕の尻尾を握り締めていたが、それだけだった。
「・・・・・・酷いじゃあないか、『白兎』。」
むくり、と身体を起こす『彼女』。
その薄茶色の髪は、どういう理屈なのか血のひと垂らしすらも帯びてはいない。
そして、その姿。
再び小さな、カフェラテ色の燕尾服に身を包んだ『ハンプティ・ダンプティ』・・・ダイナに戻っていた。
「『卵』は特殊な役でね。『孵った』状態ならば頭をブチ抜かれようが首を刎ねられようが死ぬことはないのだよ・・・・・・『卵』の状態に戻った挙句、暫くは『孵る』ことが出来ないがね。」
忌々しげにパールを睨むダイナに、ダイナを睨み返すパール。
「今のは・・・メアリ・・・ダイナがわる・・・ぃ・・・おもぅ・・・よ?」
ふにゃふにゃと呟くフルム。
「ただでさえ不安定なこの世界に、不確定要素を投入するような発言は慎むべきだと思うが、どう思う。意見を聞かせてもらおうか、『卵』?」
じゃきり、とパールが二丁拳銃を抜き出す。
「上等だ。私も常々、秘密主義はよろしくないと思っていたところだ。白黒付けようじゃあないか。『白兎』。」
ダイナが手にしていたステッキの握りを捻り、抜刀。
どうやら、ソードステッキ・・・俗に言う仕込み杖になっていたらしい。
無言のまま絶対零度の火花を散らす2人。
この2人は、暫くそっとしておいた方がいいのかもしれない。
まさか、本気の殺し合いに発展することはあるまい。
・・・・・・そう、願いたい。
迷路庭園を抜けたところにある森を見やる。
見たところ一本道で先に進んでいても大丈夫そうだ。
たとえ、中で道が分岐していてもそこで待っていればすむ話。
「先、行ってるよ?まだまだ終わりそうにないし・・・。」
フルムを背負って喧嘩を静観しているマーチに言い置いて、足を進める。
後一歩で森の内部に入り込むところで、ようやくマーチが言われたことに気付いたのか、こちらを振り返った。
やけに青い顔色で。
「待て・・・ッ!」
森に入った背中に声がかけられて・・・・・・。
「・・・・・・?」
すこん、と僕の中は空っぽになった。
どうしてこの森にいるのか?
・・・わからない。
僕は今まで何をやっていた?
・・・わからない。
僕の名前は?
・・・わからない。
僕の傍には誰がいた?
・・・・・・わからない。
わからない。わからない。わからない。
なにも、わからない。
覚えていない。
思考が、形を成そうとした端から砂のように崩れて消える。
目の前には一本道。
後ろを振り返っても、同じ一本道。
さくり、と土を踏んで一歩を踏み出す。
この先に何か、とても大事なものがある気がしたからだ。
空っぽの記憶の中で、それだけが僕の拠り所だった。
さくさくさく、と土を踏む音だけが、僕の耳に届く。
行けども行けども、目の前の風景は変わらない。
ここは無だから、と森の木々が囁いた。
無は変わらないよ。
ずっとずっと変わらない。
ここは永遠だから。
あなたも、ここで、えいえんに・・・・・・。
「きみ、どこから、きたの?」
ぼんやりとした声が、木々の囁きを打ち破った。
背後を振り返ると、小柄な少女が立っている。
サロペットパンツの女の子。
ポニーテイルにした茶色い髪から、枝分かれした二本の角とぴこぴこ動く耳が覗いている。
「君は、誰?」
「あたし・・・あたしはぁ・・・えー・・・っと・・・・・・誰だっけ?」
やけにのんびりとした口調で言う彼女。
頭を左右に傾ける仕草が可愛らしい。
「んーっと・・・ノエル、だった気がする・・・なんとなくー・・・。」
どうやら、彼女は名前を思い出すことが出来たらしい。
ことん、と小さな頭を真横に倒した。
「それで・・・きみのー・・・お名前、は?」
なまえ。
ぼくの、なまえ。
わからない。
おもいだせない。
「ごめんね、思い出せない。」
「君もー・・・?だいじょうぶ、だよぉー?」
ゆらりゆらりと頭を左右に揺らしながら、ふにゃりとノエルは笑って見せた。
そのまま、まっすぐに前を指す。
「みんな、この森から出れば、思い出すみたいー・・・だからー・・・。」
一緒に行こう、とノエルが小さな手を出した。
「あたしはぁ・・・森を抜けてもー・・・結構いろいろ思い出せないけどー・・・。」
手を繋いで歩きながら、ノエルが言う。
「君のことは、多分知らなかったと思うなぁ・・・。コレ、確信。」
さくさく。
さくさく。
「本当なら・・・あたしはきっと・・・君のことを知ることは・・・なかったんじゃないかなー・・・?」
互いに、目の前の道の先だけを見て歩く。
「『始末屋』の・・・あたしのところに来るのは・・・みぃんな、いらないものだけだから・・・さ。」
ノエルの呟きが本当に寂しそうに聞こえて、僕は隣を見た。
「・・・寂しいね。」
「寂しいよぉ?・・・・・・でもね、大事なものがさー・・・あたしのところに来ないのは、きっとイイことなんだよぉー。」
にぱり、と顔を上げたノエルは陽気に笑って見せた。
「でもねー、でもねぇ?あたしはさー、こーやって、君に逢えてよかったと思ってるよー・・・?本当だったら逢えなかったんだろうし、逢わない方がよかったんだろうけどねー、それでも逢えたら嬉しいよー?だから、今凄く嬉しいよー?しあわせだよぉ?」
小さな子供のように両手を振って、ノエルは訴える。
ノエルの中にあるであろう、感情を。
「だから、あたしが君のこと、忘れちゃっても・・・君には覚えててほしいな・・・。」
小さく呟いて、ノエルは前方を指差した。
微かに、明かりが漏れている。
「でぐち。」
光があるためか長くなってきた下草をがさがさとかき分けて、そちらへと向かう。
真っ白な光を眼にした瞬間。
すべてが、もどってきた。
どうしてここにいるのかも、僕の名前も、直前まで誰と一緒にいたのかも、大事な大事なひとりの名前も。
全て、思い出せた。
「まったく、どれだけボク達に心労をかければ気が済むの?」
たしたしたし、と爪先を上下させる音に左を見ると、パールが立っていた。
「1人で『物忘れの森』に入り込むなんて正気じゃないよ。偶然『領主』の『小鹿』に拾われてたのが幸いだけど・・・おかげで、『ラビット・フット』で先回りしなきゃならなかったじゃあないか。おちおち喧嘩もできやしない。」
どうやら、喧嘩はやめるなり繰り延べにするなりしたらしい。
手を伸ばして白い頭髪を撫でると憮然としていたが、その耳は機嫌よさ気にひょこひょこと揺れていた。
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 22 『Cerbiatto』
欠陥品の手で触れ合って・第二楽章22話、『Cerbiatto(チェルビアット)』をお送りいたしました。
副題は、『小鹿』です。
そう、ノエルちゃんは小鹿です。
表現力の不足でそう見えなくっても、小鹿です。
誰がなんと言おうと小鹿です。心の眼で見て下さい。
『小鹿』は『忘却』なのでノエルちゃんは忘れるまでもなく帯人のことを知らないわけですねー。凛歌が帯人に関することで『忘却』するのは有り得ないから。
でも、『欠片』たちは基本的に凛歌の一部なので帯人のこと大好きです。それなのに、大好きなものを一度も知る事が出来ないし、自分のところに来るのは忘れたいもの=嫌なもの、嫌いなものだけ。
寂しい寂しい小鹿さんです。
さて、こうやってキィボードを叩いていますが、実は結構病み上がりです。
夏風邪をひいて、お馬鹿であることをもれなく実証してしまいました(←あほー)。
それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。
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