「つっかれたぁ・・・。」

べそっ、とテーブルに突っ伏す凛歌に、昼間焼いておいたクッキーを皿に山盛りにして差し出す。
クッキーに気付いた凛歌が、もそりと起き上がって栗鼠の仔みたいに、かりこりと齧り始めた。

「おいひぃ・・・。」

かりかり、ぽりぽり。
おばあちゃんは、洋菓子の作り方は知らなかったようだったけれど、凛歌がよく読書やパソコンをするときにプチケーキやクッキーを好んで食べていることが多かったから、凛歌に頼んで買ってきてもらったお菓子の本で勉強した。
結構、喜んで食べてもらえていると自負している。

「凛歌、疲れてるね。どうしたの?」

「入浴介助。昨日までのメンバーが溜め込んでてさぁ・・・1人で6人とかマジありえないから。自分で何とかできるおばーちゃん連中はいいとして、自分よりでっかいじーちゃん洗うのとか、マジで疲れるから。」

ひきり
こめかみが引きつる。
テーブルにもたれてクッキーを齧っていた凛歌が、慌ててこっちを見た。

「ふーん・・・男の人をお風呂に入れたんだ・・・しかも、身体まで洗ったんだ・・・へーぇ・・・。」

「いや、仕事だぞ!?大体仕事じゃなかったら誰がこんな疲れること・・・!」

「僕は一回も洗ってもらったことないのに。」

「ぁ、ぅ・・・。」

たじたじと後ずさりを始めた凛歌の腕をがっしり掴む。
自分でもこれ以上ないってくらいの会心の笑顔を浮かべて、一言。

「凛歌、僕も。」

ちょっと上目遣い気味に強請る。
こうすると、凛歌は断れないのだ。
大体は。
かくして、凛歌とのバスタイムが成功する・・・・・・かに思えた。
しかし、現実というやつはそれほど甘くはなかったらしい。

「どうした?帯人。」

凛歌がこちらを見て、にやにやしている。
Tシャツに、ホットパンツ姿の凛歌が。
どう見ても、一緒にお風呂という姿ではない。

「帯人は私に、職場でやるように風呂に入れて欲しかったんだもんなぁ?」

やられた。
どうやら、今回に限っては凛歌のほうが一枚上手だったらしい。
にっこり笑う凛歌の手には、アカスリ。
結構・・・いや、かなり、ざりざりしそうなやつだ。

「さ、いこうか?腰タオルは巻けよ?」

「り・・・凛歌のおにちくっ!」

「・・・おにちく?」

「え・・・・・・鬼に、家畜の畜で・・・。」

「それは、『きちく』と読む。」

重々しく訂正され、問答無用で風呂場に放り込まれて椅子に座らされる。
コックを捻り、シャワーの温度を確認した凛歌が、僕の足先に軽く湯をかけた。

「熱くないな?はい、頭洗うから下向いて目ぇ閉じて、耳塞いでー。」

頭に、温かな湯がかけられ、シャンプーを乗せた凛歌の手指がわしょわしょと頭をこすり始める。
生え際から頭頂に向かって、マッサージするようにわしょわしょされた。

「帯人ー、痒いところは?」

わしょわしょ。
小さな手が、ちょっとくすぐったい。

「ん・・・ない。」

わしょわしょ。
小さな手が、ちょっと気持ちいい。

「りょーかい。流すよ。」

わしょわしょ、ざばー・・・。
シャワーでお湯をかけながら、凛歌の手がかき回すように頭皮と髪を濯いでいく。
絞るように水気を切って、リンスを馴染ませる。
それもシャワーで丁寧に洗い流された。
頭にタオルが被せられ、こしこしと水気を切られる。

「はーい、ざりざりアカスリターイム。」

ボディソープをたっぷりつけたアカスリがひたりと首に当たる感触。
以外にざりっとはしていなくて、それでもちょっと、ごしょごしょした。

「はい、首洗いまーす。その次腕ねー。」

ごしょごしょした感触が、首をめぐる。
右腕を持ち上げられそこにも、ごしょごしょとした感触。
左腕から背中に回り、満遍なく背中を擦られる。

「はい、帯人。前自分で洗って。」

ぽん、とソープの付いたアカスリを渡される。

「・・・・・・まさか、前まで介助で洗ってたと思ってたのか?」

頷きかけて慌ててやめる。
ちょっと半端なく、やばい事態になりそうだったから。

「大体は、頭と背面だけ介助すればあとは自分でやってくれる。立位困難なご老体や認知症が進行しきってしまったご老体は、別だが。」

浴槽の縁に腰をかけ、足をぷらぷらさせる凛歌。
そーだったのか・・・。

「ま、お前が何を考えてたのかは大体予想がつくし、性格考えたらどういう気分になるかもわかるし、私にどうして欲しいのかもわかるけど・・・ごめん、ちょっとまだ、そこまでいけない。帯人が悪いんじゃなくて、私の問題なんだ。」

おかしいな、と凛歌は呟く。

「ちょっと前までなら、誰に何をどう見られようとも、何も感じなかったしどうとも思わなかったはずなのに、帯人相手だと調子が狂うみたい。前だったら、『あー、見苦しいモノ見せちゃってゴメンね』で済んでたのに、帯人相手だと見られて、どう思われるか、怖い。だから、ごめん。」

身体についた泡を流す僕に、『もうちょっとだけ待って』と凛歌は言う。

「だいたい私、幼児体型だし・・・チビっちゃいし色気ないし胸ないし・・・母さんなんて私を指して『キューピー体型』なんて言うし・・・ぶっちゃけそのとおりの『つるんぽこん体型』だし・・・。」

あ、ちょっとヘコんでる。
いや、ちょっとどころじゃなく、ヘコんでる。
小さな身体を引き寄せて、抱え込んだ。

「大丈夫。僕はその『キューピー体型』で『つるんぽこん体型』な凛歌がいいんだ。」

自分ではいいことを言ったつもりなのだが・・・。

「帯人っ、服濡れるっ!」

ぺしりと軽く腕を叩かれて、脱出される。
でも、そっぽを向いた耳が赤いから、多分照れ隠しなんだろう。

「・・・・・・『キューピー』でいいんだったら、その内叶えてあげるかもねっ!」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

欠陥品の手で触れ合って 日常編 『Bagno』

欠陥品の手で触れ合って・日常編、『Bagno(バーニョ)』をお送りいたしました。
今回の副題は『浴室』です。
二人でお風呂(ちょっと違)です。
そして凛歌のコンプレックス発動の巻、でもあります。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
次回も、お付き合いいただければ幸いです。

閲覧数:262

投稿日:2009/05/27 22:29:52

文字数:2,395文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました