――世界はいずれ滅ぶわ。
 私のおぼろげな記憶の中で、少女は言っていた。
「どうして? 昔、私の若いころにも、そんな噂が流れたよ」
 私は、少女の言葉を冗談と受け取って、そんなふうに答えた気がする。
「一九九九年に、世界は滅ぶってね。でも、実際には何も起こらなかった。私たちは二十一世紀を迎え、その後もいろいろあったが、世界はこうして無事だよ」
 それに対して、少女がなんと答えたのか、私はもう覚えていない。
 それとも、彼女は何も言わなかったのかもしれない。ただ、薄く笑っただけで。

 そして今、世界はゆるやかに軋み、生じた亀裂を中心にして壊れて行こうとしている。
 その滅びの只中に、低く細く、歌が流れていることに、私は気づいた。

 その歌声の出所を探して私は、一つの場所にたどり着く。
 そこはかつて、私が少女と話した川の岸辺だった。
 少女はそこで、歌っていた。だが、私の靴音に気づいたのか、ふと歌い止めて、ふり返る。
「私が、言ったとおりだったでしょう?」
 ほがらかに言う少女の顔を見た途端、私の意識は途切れ、私はただ闇の中へと落ちて行った。

+ + +

 目覚めて私は、思わず額の汗を拭う。
 いやな夢を見た。
 世界が滅ぶ夢だ。

 もっとも、そんな夢を見た理由は、私にもわかっている。
 テレビをつけると、たちまちその理由の一端が流れ出して、私は顔をしかめる。
 初音ミク。
 愛らしい少女の姿をした機械仕掛けの歌の女神が、世界を席巻していた。彼女はデジタルデータで構成された、架空の歌姫、架空の女神だ。
 その女神が、一週間後、この街に新しく建てられたオペラ劇場の舞台に立つ。演目は、『アヴァロン』――戦士の魂を迎えに訪れるという戦乙女たちを題材にした、歌劇だ。
 現実の人間と、デジタルデータの女神のコラボレーション。このあり得ない共演に、人々は熱狂した。

 何が、二十一世紀最高の歌い手だ。
 デジタルデータに、人の心まで再現できるものか。

 CGで描かれた、文字どおり人工の美少女の姿を目にするたびに、私の胸には不吉な思いが去来する。
 彼女は、本当に歓楽の女神なのか?
 滅びを呼ぶ、不吉な死の歌い手ではないのか。

 テレビからは、なおも彼女の歌声が流れ続けている。
 それは私が夢の中で聞いた、世界の滅びを告げる歌だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

滅びの歌

もともとは、以前に自分のサイトにアップしてあった作品なのですが、諸事情でお蔵入りになっていたもの。
ボーカロイドとイメージがマッチしていたので、今回、少し修正してアップしてみました。

閲覧数:292

投稿日:2009/01/13 11:38:10

文字数:985文字

カテゴリ:小説

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