カイコがカイコになってから初めての朝。亜種達はそれぞれ個性的だった。見た目も中身も。
「おはようございます、カイコ。昨日は良く眠れましたか?」
紳士的なナイトが軽く会釈してカイコに話しかけた。
「お、おはようございます。お陰様で良く眠れましたよ」
カイコは元が男だからか、この紳士的な男の振る舞いが少々苦手だった。女性をエスコートしようと手を差し出すナイトにカイコは首をブンブンと横に振って適当な用事を言って逃げだした。
「よぅ、カイコ。いや、カイトって呼ばれたいんだっけ?俺も元はそうだからあまり言いたくはないけどな」
今度は調子良さそうな口調で笑顔のアカイトがカイコに声をかけた。カイコはアカイトの軽い感じは嫌いではなかった。もしかしたら一番フレンドリーに話せる相手かもしれない。
「アカイト、おはよう。いいですよ、カイコでも。何かみんな同じような境遇みたいだし…」
カイコは半ば諦めムードで答えた。ため息をつく様にアカイトも息を漏らし呆れ顔だった。
「まぁ、そのうち慣れるさ。俺も青から赤にカラーリング変わって最初ビビッたし、何より味覚まで変えられちまったもんだからアイスが食えなくて困ったよ。お前は苦手だろうが俺はこう見えても辛い物が大好きなんだぜ?前は嫌いだったのに、正反対の味覚ってやつだ。今じゃアイスは食えたもんじゃない」
アカイトは笑って見せた。少しでもカイコの気が楽になるように。ファンキーな見た目に反し、アカイトは意外と良い奴なのである。
「それは大問題ですね。あんなにおいしい物が食べられなくなるなんて何だか可哀想…」
「それはまぁ確かに、な。まぁ、アイスなんて物は女子供の食いもんだ。俺みたいな大人の男が食うもんじゃねぇ!って思うようにしているよ」
自分の境遇を棚に上げて哀れむカイコにアカイトは気さくな前向き発言で返した。見た目通りアカイトはさっぱりとした気持ちの良い男だった。
「みんなそれぞれ少しずつ改造されてっから周り見てりゃそう悲観的にもならねぇよ。ナイトの奴はやたら優遇されてる気もするが、あの見た目でアイス好きだぜ?アンバランス過ぎて格好つかねぇよ」
アカイトはナイトを視界の端に捉えてわざと聞こえるように言った。ナイトの方はナイトの方で聞こえているがあえて聞こえないふりをしているらしい。ナイトはかなりクールな男である。
「あ、そうだ。アカイト、マスターはどこに?今朝まだは会っていないのだけれど…」
「マスターなら仕事部屋に籠もってるぞ?昨日の騒ぎでお前のカスタムパーツでも作りだしたんじゃねぇか?」
カイコは朝の挨拶をしようとマスターを捜している所だった。
アカイトがカイコの質問に意地悪く答えるとカイコは顔面蒼白で驚愕の表情になった。
「ちょ、まさかまた改造?!冗談じゃない、戻るどころか余計酷くなるなんて…!」
慌てふためくカイコにアカイトは笑い出した。カイコからしてみたら笑い事ではない。
「安心しろ、カイコ。カスタムパーツは冗談だ。まぁ、実際どうか知らんが少なくとも今の時間は仕事中だろ。マスターは別に俺らの体作るだけの趣味職人じゃねぇ。本物の職人さ。だから仕事で新しいパーツ作ってる最中だと思うぜ?」
アカイトは軽く笑ってウィンクした。
人形造師の仕事など高い技術はあっても結局の所裏家業。正規の仕事ではなかった。マスターの実際の仕事は殆どが整備点検である。言うなればアンドロイドの医者と言う所だろうか。美容整形、内科、外科、外見や機能面全般を主に診ていた。
この日も朝から急患が運ばれてきていたためアカイトにはマスターが仕事中である事が容易に見当ついたのである。
「お客さん来ていたのね、知らなかった…」
「気にするな、お前も昨日来たばかりで疲れていた事だろうし、気付かなくても仕方ないさ」
アカイトはカイコを宥めるようにポンポンとカイコの頭に手をやった。
「お~、おアツいねぇ。もしかしてお邪魔だったかな?」
「はうっ?!」
どこからともなく現れたのはマスターだった。マスターの冷やかしの言葉にカイコは驚いて上擦った妙な声を発した。
「あれ?マスターもう終わったのかよ。んで、今回の奴はどんな調子?」
アカイトの方は慣れた物でかなり普通に対応している。
「どうもこうもないよ、まったく。私は人形造師で何でも屋じゃないってぇのに…一応色々検査したけど各パーツに問題はなかった。恐らくプログラムの方に何か異常が発生したんだろうよ。委任状書いて次の所に回す事にしたさ」
マスターは疲れた顔でため息をついた。急患は人気のミクタイプで、コンサートを控えていたらしい。しかし今朝リハーサル中、突如歌えなくなったと言う事で運ばれてきたのだ。
「…私にも何となく想像はつく。でもあまり関わりたくはないね…やれやれ、また『厄介事押しつけやがって!』って怒られちゃうかな~…?」
マスターはまた深いため息をついた。
「あの、それでその患者さんは…?」
「あぁ、もう帰ったよ…一人でね」
最後の一言が全てを物語る。患者は商業目的のボーカロイドだった。恐らく患者のミクも自分の身分が消耗品であると理解していたのだろう。愛情もそこそこに使えなければ処分される運命。客の前で失敗はできないし、そこから受けるプレッシャーは計り知れない。
「ストレスって奴か。早いとこ慣れちまえば良いのに、ある意味可哀想な奴だな」
「そう楽天的に構えられるのはアカイトくらいですよ…」
アカイトはまるで他人事と適当に受け流した。あまりに楽天的なアカイトにカイコは呆れて頭を抱えた。カイコは悩みやすいタイプらしい。
「そう悲観的になるなよ。お前もその患者みたいになっちまうぜ?」
素敵な笑顔のアカイトにまじめに考えている自分の方が馬鹿みたいだと思うカイコであった。
世の中には自分より辛い境遇の者は大勢居る。マスターは基本的には優しいし、愛情もそれなりにある。他の仲間達も良くしてくれる。使う使えない以前にそもそも本来の用途で使ってもらっていないが捨てられる様子もなく、至極安全な籠の中の鳥。外見以外で不自由はないし、追い詰められる事もない。マスターと仲間達の雰囲気のせいだろうか、すっかり平和ぼけしてしまっていたけれどカイコは自分が捨てられて処分されるかもしれなかった身の上である事を思い出した。
前のマスターの事は覚えていないけれどもしかしたら患者のミクのように自分も商業目的の消耗品で、使えなくなったから売られてしまったのかも知れないとカイコは思った。もしそうなら今の幸せを感謝すべきかもしれない、性転換などもしかしたら小さな問題なのかもしれないとカイコは思い直した。嫌な物は嫌だけど、時には我慢も必要である。
カイコは知らない。小さなストレスも発散しなければ積もり積もって巨大なストレスになってしまう危険性があると言う事を。時にその判断が思いも寄らぬ方向に傾く事になっても、今この時にそれを思う者など誰も居ない。当然誰も気付かない。動き出す、嫉妬と欲望の魔の手が迫っているなど夢にも思わないのだから。
合成亜種ボーカロイド3
『合成亜種ボーカロイド』の第三弾ですね。
お陰様で順調?に続いています…
基本的にカイコとアカイトの物語ですねぇ…卑怯の人達今回全く登場できず…==;
ナイトは酷いちょい役になってますねぇorz
ミクはただの可哀想な身の上の子ってだけのやっぱりちょい役な気がしますorzもっと本編に食い込ませたかったけど、やるとただでさえ纏まりのない長文が更に長く…
作者の言い訳はこの辺にしておきまして、次回も予定しておりますのでここに何書いてやりましょうね?(´・ω・`)本編解説も良いけど解説する事ないんじゃないかと…
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