目の前の人を全て傷付けていた事があった。悲しくて、苦しくて、衝動と欲望のままに、ただ血を求めていた。だけどある時ふと気が付いた。愛する人を失った事に甘えていた事、何時の間にか俺自身が悲しみを生み出していた事、瑠璃を撃った奴等と同じだと言う事。

「全ては奇跡の名の下に…。」
「全ては奇跡の名の下に…。」
「全ては奇跡の名の下に…。」

俺は目の前の彼等を責める事は出来ない。霊薬を使ったのは彼らの意思であろうが無かろうが、今は悲しいだけの存在に見える。だから一滴の血すら許さない、目を覚ましてやるだけで良い、俺は誰も傷付けない。

「うぉっ…!すげぇ!何だあいつ…!!」
「3…4…一気に6…!あ!また1人!!何…?!どうやってんの?!」
「おい!まだ近寄ると危ねぇぞ!」

お前に命を拾われたのは偶然だったのか、それとも必然だったのか、あるいは会えた事が俺にとっての奇跡だったのかも知れない。

『お前…どうして俺を助けた?処分BSだったから実験には打ってつけだったか?』
『死にたかった?』
『え?』
『そんな顔してた。』
『…俺にはもう生きる理由も価値も無い、この手も…血に染まり過ぎてる。』
『要らないって言うんだったらさ、ちょっとだけ俺に預けてくれない?それでも何も
 要らないなら、その時は俺がお前を殺してあげる。』
『…変な奴。』
『それでも良いよ、あ、そうだ、俺は騎士、奏騎士。お前は?』
『…闇月羽鉦…。』
『よろしく、羽鉦。』

あの手が俺を地獄からいとも簡単に引っ張り上げた。真っ暗な世界に少しずつ色が戻った。血よりも、衝動よりも、誰かの笑顔が嬉しかった。お前は色んな人を救ったよ。処分寸前だったBSでも1人、また1人、迷い無く手を差し伸べて、だけど見返りなんて求めようともしなくて、ただずっと彼女1人を想い、守り、痛みすら飲み込んでも前を向いていた。

「啓輔さん、これを…。」
「何だ?」
「騎士様の身体には発信機が付いてます。一定量の体温上昇、一定量の出血、
 強い衝撃があった場合起動します。俺にしか判らない高周波ですが、コウモリの
 BSの貴方なら判る。音を頼りに外から騎士様を探して下さい。」
「判った。皆、アームが崩れたら一気に突入してくれ。それからあいつの近くには
 寄らない方が良い。」
「ば…バット様、あいつ何なんです?!何使えばあんな風に…!」
「はっきりは判らないが、多分鋼糸の付いたバトンスタンガンだ。糸に触れたら
 感電するぞ。」
「ひえええええ…。」

瑠璃を失って、獣に堕ちて、絶望を知った気分だった。だけど俺は不幸に酔ってただけだ、痛みも苦しみもきっとお前とは比べ物にならない。俺はずっと守られて、助けられて、ぬくぬくと甘えてた。

『羽鉦さん…この腕輪、持っててくれませんか?』
『腕輪?…銀鈴輪か、どうしてこれを俺に?』
『その鈴の音は鬼を鎮めると言われてます、もし暴走しそうになっても、この鈴が
 止めてくれます。子供騙しだけど、私にはこれ位しか…。』
『お守り?』
『はい。』
『ありがとな…香玖夜。』

「崩れたぞ!突入開始!!」
「兄ちゃんナイスファイト!!後任せろや!!」
「オラァ!!ぶっ潰せ――!!」


『やっぱり私…羽鉦さんが大好きです。』


何もかも終わったら、少しでも許されるなら、俺はあの笑顔を求めてみたい。もう二度と失わない様に、もう二度と泣かせない様に、この手で守って、この手で抱き締めて、こんな俺を見てくれた香玖夜をもう一度だけ愛したい。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

BeastSyndrome -106.貴女を愛したい-

多分、もう、君を…。

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投稿日:2010/07/10 03:42:57

文字数:1,467文字

カテゴリ:小説

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