首に掛かった手に今にも力を込めそうな自分が居た。項垂れたまま、先輩は擦れる声で言った。

「仇だと…思ったんだ…。」
「仇?」
「姉さんを殺したのは…闇月家だと…。」
「だから幾徒を殺そうとしたのか?」
「俺と幾徒の銃を合わせれば…10年前に飛べる…姉さんを救える…救える筈だったんだ…。」

ふとさっきの事を思い出した。俺を『恭介さん』と呼び、幼い頃の俺を知り、人形だと知らず『流船』を抱いている。

「あれは俺達の母親か…?」
「…ああ…。」
「…父さんは…『恭介』…?」
「…そうだ…。」

どんな顔をして良いのか判らなかった。俺はあの人を覚えてなど居ない。記憶に残っているのは冷たい金属の様な無機質な声と、俺や流船をモルモットの様に扱う二人の『両親』の姿だけだった。あれは別人?両親じゃない?じゃあ誰だ?誰が俺達をあんな目に遭わせた?

「止めろ、頼流。ここは病院だぞ。」
「…少し…一人にしてくれ…。」

頭が破裂しそうだった。何を考えれば良いのかも、何を忘れれば良いのかも思い付かない。あれが俺達の母親…?何であんな事になったんだ…?狂って、壊れてしまう程…。

「頼流さん…。」
「…何だよ…?」
「禊音さん…10年前の事故でお姉さんを亡くしたそうです…目の前で、車に撥ねられたって…。」
「だから…?」
「…助けようとしたんです!あの人は…お姉さんは流船を助けようとして…!でも禊音さんが
 それを止めてしまったから!だから…!」

必死で先輩を庇う芽結に苛立ちを覚えた。気付くと両肩を掴んだままフェンスに押し付けていた。

「何で庇うんだよ?!」
「痛っ…!」
「あいつが流船を殺したんだぞ?!俺の…俺達の目の前で!悔しくないのかよ?!何で平気なんだよ?!」
「…平気じゃ…ない…!」
「だったらどうして…?!」
「もう仇とか、理由とか…あの人が何したかとか…もう良い!どうだって良い!…流船に会いたい…!
 あの人が居れば10年前に飛べるなら…流船は助かる…戻って来る!流船に会える…!もう…
 もうそれしか考えられない!」
「芽結…。」

芽結はぼろぼろと涙を流していた。もう芽結の目には流船しか映っていない、流船しか見えていない、見ようとしない、真っ直ぐで貪欲で、逃避や執着にも似てるのかも知れない想い…。

「あんまり芽結泣かすなよ、此処の所ずーっと泣きっ放しなんだから。」
「……………………。」
「仇を殺せば愛する人が助けられる…そう言われて踏み止まれる奴が何人居るんだろうな?」

泣きじゃくる芽結を宥めながら幾徒が背中に投げた言葉は、聞こえないフリをした。

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コトダマシ-83.投げた言葉-

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投稿日:2011/01/18 01:33:04

文字数:1,095文字

カテゴリ:小説

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