六月の最後の日曜日、わたしはレン君とのデートの待ち合わせ場所にいた。今日の行き先は美術館なので、お母さんには「美術館の展示を見に行ってくる」と言ってある。
 もう、六月も終わり。時間が過ぎるのが、なんだか早くなったように思う。……特に、レン君と一緒にいる時間は早く過ぎるように感じてしまう。
 七月になったら、期末テストがあって、それから夏休み。……夏休みになったら、どうしたらいいんだろう。口実を作ろうにも、どうやって打ち合わせたらいいんだろう。夏休みの間、ずっとレン君に会えないなんて嫌だ。
 わたしがこの先のことを考えて少し暗い気分になっていると、レン君の声がした。
「……リン?」
「あ、レン君」
 声をかけられて、わたしは顔をあげた。
「どうかしたの?」
 レン君は、そう言ってわたしの顔を覗きこんだ。さっきの落ち込んだ表情を、しっかり見られていたみたい。
「う、うん……夏休みになったら、あんまり会えないのかなって、そう思ったら淋しくなっちゃって」
 そう言うと、レン君は複雑そうな表情になった。そして、しばらく考え込んでしまう。
「初音さんに頼んでみようか」
「え……ミクちゃんに?」
 ミクちゃんに頼みごとをするのは、正直申し訳ない気がする。
「夏休みに一回か二回くらいなら、初音さんを頼ってもいいと思う。遊園地の時みたいに、四人でどこかに遊びに行ってもいいし。リン、心配しなくても、初音さんはみんなで集まって騒ぐの、好きだと思うよ」
 確かに、遊園地の時にミクちゃんは「人数が多い方が楽しい」って言っていた。しょっちゅうは無理だろうけど、長い夏休みの間に、一回か二回くらいなら、ミクちゃんだって喜んで承諾してくれるかもしれない。
「わかった、相談してみるね」
 レン君は、やっぱりすごい。ミクちゃんにそんな相談を持ちかけることなんて、わたし一人では思いつけなかっただろう。わたしは、気分が上に向くのを感じた。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
 わたしは頷いた。レン君が、わたしの手を握ってくれる。わたしたちは歩きだして……その時だった。
「……おい、お前たち!」
 突然、声がした。え? この声って……。わたしは全身が総毛立ち、その場に立ちすくんだ。わたしが、一番聞きたくない人の声。なんで? どうして、ここにいるの?
 わたしは、おそるおそる振り向いた。……わたしのお父さんが、真っ赤になって立っている。
「お父さん……」
 わたしは、そう呟くのがやっとだった。頭の中が真っ白で、まともに考えることができない。どうして……お父さんがここにいるんだろう……。夢か何かだと思いたい。でも、あれは確かにわたしのお父さんだ。
 わたしが、その場に根が生えたように立ち尽くしていると、お父さんがこっちに近づいてきた。逃げなきゃ……でもどこに?
「娘に触るんじゃないっ!」
 頭の一部がとりとめもないことを考えている間に、お父さんは拳を振り上げて、レン君を思い切り殴った。……レン君が吹っ飛んで、倒れる。一瞬、息が詰まった。
「レン君っ!」
 やっと、わたしは動けるようになった。レン君の傍らに駆け寄って、膝をつく。殴られたところが赤くなっていた。そっとそこに触れる。
「レン君……ごめんね、ごめんね」
 わたしのせいだ。わたしとつきあったりなんか、したから。瞳から涙が零れ落ちる。わたしがレン君を好きにならなければ、殴られることなんてなかったのに。
「リンのせいじゃない……」
 殴られて倒れたのに、レン君はそう言ってくれた。……こんな時まで、優しくしてくれなくていいのに。
「レン君、わたし……」
「リン、来るんだっ!」
 お父さんが、わたしの腕をつかんだ。
「離してっ! わたし、レン君と一緒にいるの!」
 お父さんなんか知らない。わたしをレン君から引き離さないで。わたしは必死でもがいた。
「うるさい、いいからこっちに来いっ! おい、手伝えっ!」
「……お嬢様、失礼します」
 お父さんに返事をしたのは、運転手さんだった。お父さんがつかんでいるのとは、反対側のわたしの腕をつかむ。
「いやっ! 離してっ! 離してよっ!」
 わたしはレン君にしがみつこうとしたけれど、大人の男性の二人がかりの力にはかなわなかった。無理矢理引き離されて、引きずって行かれる。
「やだあっ! レン君っ! レン君っ!」
 一緒にいるって、言ったのに……!
「……リンっ!」
 レン君の声が聞こえた。わたしに向けて、手を伸ばしているのが見える。でも、その時には、わたしはお父さんと運転手さんに、無理矢理車に押し込まれてしまっていた。

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ロミオとシンデレラ 第六十四話【育ちは誰よりも上】前編

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投稿日:2012/03/31 19:17:00

文字数:1,913文字

カテゴリ:小説

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