!ATTENTION!
これはじん(自然の敵P)さんのオリジナル曲「カゲロウデイズ」をモデルに書いた小説です。
歌詞の解釈小説というわけではなく、完全に筆者のイメージで書いています。
 
それでもおk!とおっしゃってくださる方のみ先へお進み下さい。
 
 
 
 
 
「グッバイ、陽炎DAYS」
 
 
 物心ついた頃から、守らなければと心に決めた女の子がいた。
 
 
 
 
<0歳>
 
 この世に生れ落ちて産声を上げて、母親のあたたかい腕に抱かれて最初の眠りについたその瞬間から、何度も繰り返し見続ける夢がある。
 夢の内容はハッキリしたものではない。真っ白な光の世界の中心で誰かがこちらを見て笑っている。ぼくの名前を呼んでいる。だけど光がまぶしすぎてそれが誰かも、此処がどこかも分からない。ぼくはいつも夢の中で必死に目を細めて彼女が誰なのか見極めようとする。だけどいつも、あと少しのところで白い光は一面の赤に姿を変えるのだ。まるでぼくと彼女を隔てる壁のように赤が一面に広がってゆらゆらと揺らいで、やがて目が覚める。
 
 ぼくはその夢を毎日見続けていた。
 
 
 
 
<6歳>
 
 夢が必ずしも毎日同じものに限らないと気づいたのは丁度小学校に上がったくらいだった。クラスの友達はみんな毎日違う夢を見るらしい。そして、夢を見ない日もあるらしい。ぼくはそれに驚きを隠せなかった。だって、ぼくはこの六年間で“あの夢”を見なかった日なんてなかったし、夢の内容も、いつも同じだった。ほんのわずかな違いといえば、セミの声がBGMのように鳴り響いてきたことくらい。あとは変わらない。真っ白な光の世界が、やがて赤に染まって消える。そんな夢を繰り返し見続けている。
 
 けど、ある日突然、夢の種類ががらんと変わった。
 小学一年生の出来事だった。
 
 三つの幼稚園の児童がひとつの小学校にまとめて入学する。彼女とはそこで席が隣同士になったのだ。
「みんな、仲良くしましょうね。特に今、隣に座っている子とはケンカもしちゃ駄目よ? さあ、はじめましての挨拶! 『よろしくお願いします』って握手してみて!」
 明るくおせっかいな担任の言葉に従って、緊張気味の一年生は互いに顔を見合わせた。両耳の上で結んだ髪はさらさらで、ふっくらした白い頬に大きな目が愛くるしい。
「……よろしく」
 小さくてやわらかい手を自分の泥だらけの手で握りながらもう一度彼女を見る。控えめにはにかんだ少女はとてもかわいかった。
 ぼくらはすぐに仲良くなった。席が隣同士だったからよく話をしたし、彼女とは話しやすかった。家も近所だということに気づいてからは、お互いのマンションの丁度真ん中にある公園でよく遊んだ。学校のある日は帰り道に、学校が休みの日は、一日中。その公園に集まって何かをするのが日課になった。大人数の時もあったし、二人だけの時もあった。とにかくぼくらは出会って間もないはずなのに、まるでずっと前から一緒に居たようにすごく仲良しになった。
 
 そんな日々を過ごしていたある日、突然夢の中の風景がクリアになった。
 
 その日は真夏日だった。ぼくは真っ白な光の中には立っていなかった。変わりに強い日差しの下、いつもの公園に立っていた。木陰に移動すべく足を踏み出すと、目の前に少女が現れた。小学一年生ではない。中学生のようだ。ぼくから見ればすごくお姉さんなはずなのに、ぼくはその時、彼女をまっすぐ前から見ていた。そして幼いながらも確信した。出会ってまだ二ヶ月しか経っていないけど、見分けがつく。これはあの子だと。
 彼女は何も言わなかった。ただ純白のセーラー服に身を包んで、灰色の薄汚れた野良猫を抱きかかえている。そしてただ満面の笑顔をこちらに向けているのだ。聴覚はセミの鳴き声であふれていて、それ以外の音はない。凄く平和で穏やかな時間だとぼんやり思った。
 ひとつだけ不自然なものがあった。彼女の頭上にオレンジ色の光が見える。一体何なのか気になってちらっと視線を上げると、それはデジタル時計の目盛りだった。お母さんが見ている刑事物のドラマで見たことのあるような正確な刻みで、一秒ずつ減っていっている。
 この分だと、もう少しでカウントは0になってしまうだろうなとぼんやり思っていると、不意に目の前の少女がくるりときびすを返した。今まで腕の中に抱えていた猫が、公園の外へと走り出したのだ。彼女はそれを追っていく。あまりに夢中で追っているせいで、すぐそこの信号が赤色なのにも気づかない。ぼくがそれにあっと思った、その瞬間。
 彼女の頭上のカウントがゼロになった。
 呆然とするぼくの目の前で、トラックがバッと飛び出した。マネキンのように無抵抗に衝撃に従う彼女を轢きずり、ブレーキ音が甲高く鳴き叫んだ。細い身体は人形のように地面に転がり、そこら中に赤い液体を撒き散らした。アスファルトに染み込む血飛沫の色が目の奥に焼きつく。やけに冷静な感覚が、鉄のにおいがむせ返るほどあたりに充満したのを知らせてくる。
 目をまん丸にし口を半開きにしたまま道路で転がる彼女の身体はあちこちがヘンにゆがんでいた。太ももからは折れた骨が突き出ている。もう動かない血だらけの彼女の姿はやけにリアルで、ぼくは夏の日差しに意識がくらりとした。めまいとも陽炎とも思える何かが視界をぐにゃりとゆがめる。セミの声以外の音が聞こえなくなる。周囲に広がっていたはずの悲鳴や混乱も聞こえない。もちろん、彼女の声も。
 
 そして意識は真っ白になり――ぼくは目覚めた。
 目覚まし時計が鳴り響いている。その現実が頭に入ってくるまで、どれだけ呆然としていたのかは分からない。緩慢な動作でようやく時間を確認すると、時計は十二時過ぎを指していた。
 八月十四日。何の変哲もない、夏休みの一日だ。目覚めた自分はちゃんと六歳の男の子だった。
 けれど、夢の内容は覚えていた。窓の外から響いてくるセミの声が、あの夢からそのまま出てきたような気がして、急に胃の底から何かがせりあがってくるのを感じる。それに逆らうすべもなく、ぼくは吐いた。吐いて、吐いて、吐き出すものが何もなくなっても、まだ吐き続けた。あの血飛沫の赤も、死の瞬間から時が止まったかのようなリアルな表情も、瞼の奥に焼きついて離れてはくれなかった。
 夢だと分かっていても、混乱と震えはおさまりそうになかった。どうして、という疑問ばかりが頭の中をぐるぐる渦巻く。あまりにも生々しい映像に嗚咽を漏らしながら、ぼくはうめいた。どうしてあの子が、と。
 
 その日からは、毎日。一日たりとも休むことなく、ぼくは同じ夢を繰り返し見続けた。
 
 
 
 
<14歳>
 
「ぼくって、変態なのかな?」
 自転車にまたがりハンドルに突っ伏すようにもたれかかってぽつりと呟くと、すぐ隣のベンチに腰掛けていた彼女が吹き出した。その手には食べかけのソフトクリーム。バニラ味の白さえも太陽光を反射して目にまぶしい。彼女が身にまとう白いセーラー服もそうだ。
「なあに? なに考えてたの?」
「うーん……」
 答えあぐねてぼくが手元のモナカをかじっていると、彼女が面白おかしい口調で続けた。
「『幼稚園の女の子がカワイイ!』とか、『今すぐ全裸になりたい!』とか?」
「それは、ちょっと違うかなぁ……」
 またモナカをひとかじり。
「『カワイイ女の子よりも、筋肉むきむきのオジサマの方が良い! ハァハァ!』とか?」
 今度はぼくがブッと吹き出す番だった。「なんだよそれ。やだよ、そんなの」
「じゃあ健全なんじゃないかな」そう言って彼女はけらけら笑う。「オトシゴロ、ってやつ?」
「オトシゴロねぇー……」
 最後の一口を大きくほおばりながらぼーっと呟く。クスクス笑う彼女を盗み見た。少しずつソフトクリームをかじる姿はぼくの主観を除いても十分にかわいい。真夏にも関わらず彼女の肌は真っ白で、ツインテールの髪は相変わらずさらさらだ。目を伏せた彼女の思いがけず長いまつげにどきっとしながらも、ぼくは口の中のモナカが味を失くしていくのを感じた。
 きっと、他のオトシゴロの男の子なら、普通、こういうシチュエーションになったら――。
 そこまで考えて、ふと、彼女の頭上に光るオレンジ色に、今頃になって気づいた。
「……よし、ごちそーさまっ」
 ソフトクリームを食べ終えてベンチから立ち上がる彼女を、どこか覚めた思考で見つめる。彼女はぼくをみてにっこりし、首をかしげた。
「帰ろっか」
「うん」短く頷きながら、視線はオレンジ色のカウントダウンを見つめていた。ぼくはわざとゆっくり自転車を押す。アイスを食べて上機嫌な彼女はルンルンと数歩先を歩いた。公園を出て少ししたところでくるっと彼女がこちらを振り返る。いたずらっぽい笑顔だ。
「ねえねえ、私、思ったんだけど……」
 だけど、ぼくの目はその笑顔を見れなかった。ゼロに近づいた頭上のカウントの向こうの通行人に、思わず目が行った。周りの人は皆、上を見上げ口を開けていた。つられてぼくも上を見ようとした、その時。
 彼女の頭上のカウントがゼロになった。
 瞬間、ヒュウッと風を切る音が響くと共に、鉄柱が目の前に落ちてきた。そしてその長く恐ろしいものは寸分と狙いを違うことなく彼女の頭蓋をうがち喉を貫き胸元から突き出した。スローモーションで貫かれる彼女を呆然と見つめ、ぼくはその返り血を正面から浴びた。真夏の日差しよりもさらにあつい。セミの声の中を劈く悲鳴が耳の奥でこだまする。ぼーっとした思考が、遠くで場違いに鳴った風鈴の涼しげな音をとらえる。目の前の彼女は目を見開いて崩れ落ちたが、突き刺さった鉄柱が地面につっかえて中途半端な姿勢でだらりとぶら下がっている。またセミの声。また陽炎。ぐにゃりと歪む視界。遠のく彼女の姿――。
 
 そしてぼくは瞼を持ち上げた。もう八年前のように吐いたりしない。だけど胸の真ん中は不気味なくらいに空虚だった。リアルすぎるくらいに覚えている夢の内容を反復する。
「……とても健全とは言えないな」
 誰にともなく呟いて身を起こした。健全なオトシゴロの男子が、夢の中で毎晩女の子を殺し続けるなんてありえない。
 六歳の八月十四日から見続けるこの夢は、多少の誤差はあっても全部同じものだった。八月十四日か、もしくは十五日にあの子が死ぬ夢。いつも落ち合う公園を舞台に、自動車事故、強盗殺人、爆弾テロ、火事、エトセトラ……ありとあらゆるパターンで死んでいく彼女を、ぼくはどの夢でも呆然と見送ることになる。なすすべも無いまま、彼女の頭の上でゆらゆらと動くカウントダウンを見つめるのだ。
 だけど、この夢はぼくの妄想では無い――べつに罪を逃れようとか、そんな気は無い。もっと冷静な確信として、その思いはぼくの中で日に日に大きくなっていった。
 小学一年生の頃から繰り返し見続けるこの夢の主人公は、間違いなく十四歳の今のぼくだ。昔は年齢が離れすぎて現実味の無かった夢の風景が、年を経るごとにリアルになっていく。夢の内容は細やかに、やがて現実とも区別がつきにくくなってきた。
 現実世界の日付が、八月半ばに差し掛かると、特に。
「もうすぐなのかな」
 ぼくはぼんやり考える。この夢はあまりにも血なまぐさくリアルすぎる。六歳の子供はもちろん、まだ世間知らずの中学生が妄想で作り出せるものでは到底ありえないのだ。
 いびつな形で横たわる君を毎晩見下ろしながら、この苦痛でたまらない夢をひとつの結論へと導いたのは、小学三年生のときだった。悪夢に飛び起きながら毎朝吐きまくりついには拒食症になって倒れて病院に押し込まれたあの日、お見舞いに来てくれた彼女の泣き顔と、がりがりになった手を交互に見つめてぼんやりと悟ったのだ。
 ――これは必然のシュミレーションなのだと。
 
 携帯電話のランプが点滅している。緑色。メールを確認する。あの子からだ。
『明日、午前練だよね? 私も午前だよ(^^)』
『じゃあマックでも行く?』返信。それに対する返信もすぐだった。『うん、了解! また明日ね』
 それきりメールは途切れる。いつものやりとりに携帯電話を閉じながら、机の上のカレンダーに目をやった。八月十四日――今日の日付を確認し、ぼくはぽつりと呟いた。
「じゃあ十五日の方か」
 小三のあの日を境にぼくは吐かなくなった。血みどろのアスファルトに崩れ落ちるあの子を冷ややかに見下ろすことさえ出来るようになった。そして八年間、陽炎に揺らぐ八月十四日と十五日を途方も無い回数だけ繰り返してきた。それが全てこの日のためなのだと思うと、少し胸が軽くなった。
 
 
  ――To Be Continued...

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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久しぶりに投稿。 じん(自然の敵P)さんの「カゲロウデイズ」http://www.nicovideo.jp/watch/sm15751190を聞いてカッとなりました。 解釈小説ではないです。 14年間同じ夢を見続けた男の子と、ある女の子の話。 元ネタ→http://www.youtube.com/watch?v=_JQiEs32SqQ

閲覧数:268

投稿日:2011/11/09 20:39:00

文字数:5,243文字

カテゴリ:小説

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