目が覚めると青空が窓から覗いていた。窓を開け、外を見ると桜の花びらがひらひらと舞い落ちている。突然だが、私には密かに想いを寄せる人がいる。決して仲が悪いという訳ではないのだが、自信が無くて想いを伝えられないまま長い時間を過ごしているので桜の花びらに想いを乗せて相手のもとまで飛ばせたらとまで考えてしまう。

そんなことを思いつつも、窓を閉めて部屋に戻る。今日は日曜日、特に予定がある訳でもないので家でゆっくりとするつもりである。ふと椅子に座ってぼーっとしていると日常生活についてのことが思い起こされる。

色んな人と仲良くしたい為にいつも相手のことを考えて行動するのだが、心から楽しいと思えたのはいつが最後だっただろうか。本心はいつも自分の狭くて、暗くて、深い部分にあり、その事に気付く人は誰一人としていないのが現状である。いつも行動と心が乖離しているのだ。
「私」は二人いるとでも言うべきだろうか。

変わらなければ。

漠然とした危機感はある。しかしながらどう生きることが正解なのかがわからない。

私のやりたいこと、みんながやってほしいこと、両方取ることなんて無理なんだ。

どこを落とし所にすればいいのか私にはわからない。

と、こんなことを考えて1日を過ごしてしまうのはあまりにも勿体無いので、私は考えることをやめてとりあえず外に出てみた。家から少し歩いたところには一本の大きな桜の木がある。話によると樹齢は100年を超えているらしい。一つ一つの枝に無数の花が咲いている。その雄大な姿に目を奪われていると、突然風が吹き、桜の花びらが私の周りに舞い落ちてきた。

桜色が私を包み込んでくれている

そう感じるほどに心地の良い春の気候と桜のほのかに香る甘さが私の体を癒やしてくれる。桜の花びらに包まれながら周りを見ると、私のどんよりとした心が穏やかに、そして爽やかに透き通って行く。桜の不思議な力だろうか。

深呼吸をして目を開けると青い空と翠色の木々が目に入る。私自身の生き方についてさえ正解を導き出せない私を見て、彼らが笑っているように思えて仕方がないのであった。



 夜になった。窓から空を見上げると、霞がかりながらも銀河がきらきらと輝いていた。広大な星空に向かって、漠然と幸せが訪れて欲しいと願う私。
それは心地良くて、五感で春を感じる至福のひとときだった。窓を閉め部屋の明かりを消すと、自分が脆く、弱く、歪なガラスの心の持ち主であることを思い出す。部屋にいると息が詰まってしまうのは私の性格なのだろうか。

行動する前から結果を気にして本当に自分がしたいことをできない経験は誰しもが持っているだろう。しかしそうだとしても本心に近い部分を他人に相談できず、自己解決を図って永久に迷い続ける生き物が人間なのだろうなと少し悲しくなる。

一通りの用事を済ませて布団に入り目を閉じると、過去の後悔、将来への不安が絶え間なく脳裏に描かれる。本当に大切にしなければならないことはそんなことではなく過去に感じた幸せ、今、将来への希望であるはずなのに。それなのにどうしてすぐにネガティブなことを考えてしまうのだろうか。もしも全知全能であったならば迷いはないのだろうか。そんなことも考えてしまう。



 気がついたら一面桜色の大地に立っていた。
「どうかこの世の全てを映し出してください。そうすれば誰も妄想にとらわれて悩み苦しむことがなくなるはずです。」
誰かへ、と言う訳でもなく私は叫んでいた。すでに夢の中であった。

周りを見渡すと、遠くに私が密かに想いを寄せる彼が立っていた。夢の中で彼に出会ってしまうなんて私は相当好きだったのかと少し恥ずかしくなってしまうが、気にしても仕方がない。近づいてみると、彼は一瞬だけ私を見たような気がしたがどこかへ去ってしまった。必死に追いかけたのだが、彼のもとへは辿り着けない。蒼い空と翠色の木々に幽閉された気分だ。夢のはずなのに何故ここでもハッピーエンドにはならないのだろうか。不満を漏らしながらも空いているスペースを見つけて座り込む。

この世界は美しい

幾度となくに私が思ってきたことである。楽しいと感じた記憶はあまりない、幸せを感じた記憶もあまりない。しかしながら自然を見て、音楽を聞いて、小説を読んで、彼と話して、このことだけは裏切られたことのない唯一私が信じることのできる理なのである。価値観は人によって違うから、感じ方について何か意見することはお門違いだというのが私の考えなのだが、この世界が美しいということだけはすべての生き物に共通する不変の真理であるように思えてしまう。
自然を愛でる思いは一人一人が持っているし、芸術は多方面に発展を続け常に人々の心の支えとなり続けてきた。「絶景」という言葉が幾度となく話題になったのもこの世界が美しいことを示す一つの証拠となるだろう。
しかし同時に

この世界には裏がある

これもまたこの世界の理であって不変の真理であるように思えてしまうのだ。
古くから人間は、社会という集団から外れないように必死に周りの為に生きてきた。そうでなければ抹殺されるからである。大小はあれど、常に気に入らないことの為に争いを続けてきたことも事実である。


 ふと花びらが舞い落ちてきた。それは白色でも黒色でもない桜色である。そしてその花びらが私に語りかけてくる。

『「白黒つける」という言葉で代表されるような、二元化された世界が全てだと思っているから悩むのです。それがあなたの言う世界の裏側です。』と。

確かに白黒つけるというのは人間が好んで行ってきたし、私だってそうしてきた。しかし二元化された世界で私の全ては表せるのだろうか、私の本来の姿を魅せることができるのだろうか。
ABという二対の答えが全てではない。
人前で振る舞う「私」が全てではないし、心の中に秘める「私」が全てでもない。
そう思った瞬間歯車が動き出したような気がした。



 アラームの音で目が覚めた。本当に夢とは思えないぐらいに不思議な夢であった。色々と考えたいことはあるが、今日は月曜日。学校がある。
急いで支度をして家を出ると、外は百花繚乱、桜色で染め上げられている。昨日まで満開だった桜色が刹那に、どこか儚げに崩れ落ちている。それはまるで私を鼓舞しているようにも思えた。あまりにも美しい桜吹雪に誘われて普段とは別の道を通って学校に行くことにした。
しばらく歩くと彼が立っていた。普段は通る道が違うので登校時に会うことはないのだが、どうやら彼もまたこの桜吹雪が気になり、敢えてこの道を通っていたらしい。思わぬ出会いに心が高揚するのがわかった。

この美しさも、この胸の高鳴りも、精一杯抱きしめて良いのかな。

昨日の夢のせいであろうか、いつもとは違う考え方であった。普段の私なら相手の感じ方に合わせなければならないと思ってしまう。そうじゃないと嫌われてしまうと。

個性を抑圧しながら生きてきた、対外向けの「私」と内に秘めてきた「私」が混ざり合って一つになる。
それは白でも黒でもない私だけの色であった。


あとで私の想いを伝えてみよう。


桜には本当に不思議な力があるようだ。
事実、今私は桜に助けられて笑顔で前を向いている。
そう考えると感謝してもしきれないのだが、桜と向き合えるのもあと数日だろうか。


さようなら、また来年会おう。


そう小さく呟いて、桜が遺した花道を二人で歩いていくのであった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

桜色-小説

オリジナル曲「桜色」を題材にした短編小説です。(4/23公開)

桜の季節ということで「桜の不思議な力と人間の内面」が主なテーマです。
ぜひ読んでいってください!

閲覧数:156

投稿日:2022/04/24 00:34:52

文字数:3,088文字

カテゴリ:小説

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