「…………もう、朝」
 咲音メイコはひどく重い体を起こすと、目覚まし時計のアラームを乱暴にオフにした。体は疲れているはずなのに、全く眠る事が出来なかった。
「どうしてかしら……」
 冷蔵庫に入れてある冷酒を一気飲みしたが、全く酔う事が出来ない。酒の勢いに任せて寝ようとしたが、昨日はそれも功を奏さなかった。
「薬に頼るのもね……」
 以前、どうしても眠れないときに医師に処方してもらった睡眠薬がまだ残っているが、副作用で肝心な時にも眠ってしまうために、それを使おうという気にはなれない。
「…………」
 メイコはもう一度毛布を頭からかぶると、もう一度目を閉じた。


「ガクト……」
 弱音ハクは、マッド・マッハーとの戦いの後、メイコとカイトには顔を合わせないように行動していた。あからさまなその態度に対し、リーダーである巡音ルカから苦言を言われる事もあったが、その言葉も彼女の耳には届かなかった。
「私は、あの人を……」
 ハクの脳裏には、彼との最後の別れの場面が離れようとはしなかった。
「やめて……私は!!」
 声に出してみたが、薄暗い部屋には、むなしく自分の声が響いていた。


「カイト、そろそろ本当の事を話してもらえないですか」
 巡音ルカは、広間に姿を現した雅音ガクトにそう告げた。広間には、初音ミク、鏡音リン、レンもいた。
「…………」
「音無博士の事は、私も知っています。私が知っている事は、すべてミク達にも話をしました。これ以上、隠し事はやめてください」
「…………ならば、ドクターサイレンスの事もかい?」
 ルカは頷くと、言葉をつづけた。
「私達が使っているヴォイス・エナジーの事も、そして、かつて貴方が……」
「……そうか。ならば、もう、黙っている必要はなさそうだな」
 カイトはゆっくりと腰を下ろし、小さくため息をついた。
「ならば、話をしよう。3年前、何があったのか」


 メイコはどうしても眠ることができず、広間へと足を運んだ。だが、そこにはリーダーであるルカをはじめ、ハク以外の全員が姿を見せていた。
「カイト、私達の使っているヴォイス・エナジーはもともと音無博士が見つけた物。そして、我々の力の源……そうですよね」
 メイコはルカの言葉を聞いて驚愕した。
「博士の事を知っている……」
「……ですが、博士はその巨大な力を見て、道を誤ってしまった」
「……その言い方は聞き捨てならないわね。博士はそんな人じゃない」
「『なかった』の間違いではないですか? メイコ」
 ルカの言葉に我慢できず、メイコは広間にはいり、すぐにルカの前に進み出る。
「いつから話を?」
 メイコの存在を認めたルカは、憮然とした表情で言った。
「盗み聞きじゃないわよ。ここに入ろうとしたら、声が聞こえただけよ」
 メイコはイスに座るとすぐさまカイトに目をやった。その刺すような視線に、カイトは少しだけひるんだ。
「音無博士は決して」
「メイコ、気持ちはわかります。しかし」
「結果がすべてと言いたいの? 確かに、騒音獣のおかげで多くの人が不幸になったわ。私も、カイトも、ハクも人生を狂わされた」
「……もう一人いますよね。貴方達にとっての、『4人目』のカナデンジャー……神威ガクト」
 ガクトの名前が出た時には、さすがのメイコも驚きの表情を見せた。
「もうそこまでは調べています。3年前にどんな事があったかも。何が行われたかも。ですから、もう隠し事はやめてください」
「…………」
 メイコは観念したのか、
「そう……じゃあ、知っている事は話してあげる」
 と、ルカに告げた。


「ヴォイスエナジーの発見者、音無博士……彼は、その力の強大さに気がつき、この力を使う適格者として、歌手であるメイコ。そして、当時、研究員の一人だったハク、そして、当時音大生だったカイトの3人にメロチェンジャーを与えた。そうですよね」
「そうね。そこまでには間違いはないわ」
 メイコはルカの言葉にそう答えを返した。
「しかし、いつの間にか世界征服を目指し、自らをドクター・サイレンスと名乗り始めた。その間、一体何があったんですか」
「…………」
「それは、今となってはわからない。ただ、博士が変わってしまったのは、俺達3人にメロチェンジャーを渡した後だ」
 答えに窮していたメイコに助け船を出したのは、カイトだった。
「…………俺達が戦った騒音獣……いや、彼らは博士の研究所の研究員だ」
 その言葉を聞いて、つまらなそうに話を聞いていたミクの表情が変わった。
「それって、どういう事」
「文字どおりさ。ヴォイス・エナジーを適格者意外に無理やり注入すれば、あんなとてつもない力を持ち、理性を失い、そして、すべてを破壊する、凶暴な獣へと進化する」
「そうね。そして、私達は、その騒音獣と化した研究員や、時には連れ去られた無関係の人と戦う事になったわ」
「……知らなかった」
 レンは初めて知らされる事実に驚愕したのか、落ち着きがなくなっていた。
「じゃあ、その騒音獣は倒されたら……」
「文字通り、死ぬことになる」
 カイトの言葉に広間の空気は一気に重くなった。
「そんな! じゃあ」
「何の関係もない人。時には幼い子供まで……正直、カナデンジャーであることをやめてしまいたかった」
 メイコは目の前にいるリンに語りかけるように話した。
「俺達は、騒音獣との戦いを繰り広げながら、何とか音無博士を止めるための方法を探していた。その中で、家族の仇を取るべく、4人目の適格者である神威ガクトがカナデンジャーに加わった。それに、音無博士の教え子の中には、博士の方針に異を唱え、俺たちに味方してくれる人もいた……だが」
 そこまで言って、カイトは言葉に詰まった。
「カイト?」
 リンが隣にいるカイトの顔を覗き込んだ。
「どうする事も出来なかった」
 唇をかみしめるカイトの姿に、4人は言葉を失った。
 

 メイコは少し伏し目がちになり、話を始めた。
「音無博士は、狂ったように騒音獣を作り続け、ついには自らの家族……私にとって、親友だった人まで巻き込まれてしまった」
「それは、俺も同じだ。通っていた音大が襲撃され、俺の親友も、恩師も死んでしまった。ハクにとっては、自らがあの騒音獣になっていたかもしれないという思いもあったのだろう、かつての仲間を葬った後はいつも泣いていた。ハクが自ら力を捨て去りたいと思う気持ちもわからないでもない」
 カイトはそう告げると、今度は自分の持つメロチェンジャーに目をやった。
「思えば、音無博士は完成品のメロチェンジャーを俺達に与えてくれた時から、何かおかしかった」
「そうね。ただ、ハクの物は、完成品が間に合わずに旧式だったみたいだけど」
 メイコは顔を上げると、自然と視線がルカのメロチェンジャーに行ってしまった。
「だから、あなたたちがカナデンジャーを名乗って現れた時は、少し恐ろしかったわ」
「…………そうですか」
 メイコはうなづくと、もう一度4人を見た。
「もしかしたら、騒音獣の生き残りかもって、本当に心配したのよ」
「そんな、私たちをそんな奴らと一緒にしてたなんて」
 ミクはショックだったのか、わざと声を上げた。
「無理もない。本当にやつらがよみがえってきたんじゃないのかって」
 そう言うと、カイトは持っていた写真を全員に見せた。
「これは、在りし日の音無博士。そして、これが研究員たちの写真」
 写真の中には、ハクをはじめ、研究員たちが勢ぞろいし、写真に収められていた。
「ここに写っている人々はほとんど死んでしまった。なぜ、博士があんなことになってしまったのか、俺たちが知りたいくらいだ。でも、もうそれも……」
「当事者が亡くなってしまってはどうする事も出来ないのですね」
 メイコは頷き、過去と決別しきれないハクの事を思った。


「……いまさら、自分達のやってきたことを正当化しようとは思わない。でも、彼らを止めなければ……」
「世界はもっと恐ろしい事になっていたはずです」
 メイコの言葉を代弁するようにルカが言った。
「しかし、なぜ、狂音獣が現れたのですか?」
「……考えられることは……」
「彼らの遺志を継ぐ者がいるということ。または」
「あの、音無博士が生きているということ?」
 リンの問いかけにルカは頷いて、
「可能性はあります。何しろ、神威ガクトが生きていたのですから」
 と、言葉を続ける。
「確信はありません。しかし、そう考えることは可能です」
「そうね。出てきた敵もザツオンそのものだったし」
 その時、カイトの持っていた携帯電話が鳴った。
「もしもし、ガクト……」
 話をしているそばから、カイトの顔色が変わった。
「何だって! それじゃ……わかった。すぐ行く!」
「どうしたの、カイト? 何が……」
 メイコの問いかけに、カイトは暫く黙っていた。
「はっきり言いなさいよ! もう隠し事はなしよ!!」
「ガクトの妹の……メグミが失踪したそうだ。それも、メロチェンジャーを持って」
 カイトの報告に、その場にいた全員が絶句した。
「メグミは、ハクに復讐すると言っているようだ。あの子は誤解してる……俺達の事を」
「それじゃ……」
「急がないとまずい。何かの拍子にあいつらに気づかれでもしたら……」
「探しましょう! 手遅れにならないために」
 ルカはすぐさまコンピューターに向かう。
「ルカ、私はどうすればいい?」
 ミクはルカに問いかける。
「メロチェンジャーの電波をキャッチすることができれば、大まかな位置はわかります……」
 ルカはすばやくキーボードをたたき、コンピューターの解析を待つ。
「わかりました。ここから少し遠方にはなりますが……」
 ルカはミクにメグミが持つであろうメロチェンジャーの電波の発信源を表示した。
「わかった。私、すぐにそこに行く」
「ミク姉、私も!」
「僕も行く」
 リンとレンがミクとともに部屋の外へ飛び出していった。
「メイコ、ハクはどうする? メグミはハクがガクトを見捨てたと思い込んでいる」
「…………連れて行きましょう。そうしないと……」


「いや……絶対に嫌よ!!」
「ハク、いつまでも逃げ回っていたって!」
 ハクの部屋に強引に上がり込んだメイコとカイトは、ハクに説得を試みようとしたが、彼女は別の部屋に逃げ込み、扉を開けようとはしない。
「あの人に私はなんて言えばいいのよ! 私はあの人を見捨てたのよ! それに私は戦いたくなくて、みんなにウソをついてまで逃げ出した、卑怯者よ」
「…………」
 メイコは力づくでも連れて行こうと、拳を握りしめる。
「メイコ、やめろ。扉を破壊するつもりだろ? 君は考えることが単純すぎる」
「何よ! 私が単細胞だって言いたいの!!」
 怒りの矛先がカイトに向かう。
「そうじゃない。でも、もう少しスマートなやり方があるだろ?」
 カイトは壁に設置されていた「火災」と書かれたボタンを押す。すると、扉がひとりでに開いた。ただ、その影響で部屋中にアラームとスプリンクラーから大量の水が流れ出した。
「……こういう使い方もあるだろ。このボタンには」
 間髪いれずにハクのいる部屋へとなだれ込んだカイトは、すぐさま逃げようとしたハクの手をつかんだ。
「放してよ! 私は……」
「ガクトの妹のメグミが行方不明なんだ。今こそ、彼女の誤解を解くべき時だ」
「カイトまで……」
 ずぶ濡れになったハクの銀色とも白色ともとれる長い髪が乱れる。 
「今ここで逃げだせば、絶対に後悔することになる。行こう」
「ハク、貴方一人がここでうじうじしている場合じゃない。3年前の戦いに貴方自身がケリをつけるべきよ」
 メイコに強く言われると、ハクも観念してしまった。その時、水浸しになった部屋に慌ててルカが駆け込んできた。
「一体これは……」
「ルカ、ごめん。少し乱暴なやり方で扉を開けちゃったんだけど……とりあえず、私達3人もミク達の後を追うわ」
 メイコ達3人は廊下を走りだした。
「…………もう少し、常識的な方法で扉を開けてほしかったわ……鍵は私が持っているのに」
 ルカは水浸しになった部屋を見て頭を抱えた。


「兄さん」
 神威メグミはメロチェンジャーをつけたミク達3人の姿を見て笑みを浮かべた。
「……残念ね。あの3人じゃないけど、腕試しにはちょうどいいかもしれない」
 標的を見つけたメグミは、うっすらと笑みを浮かべた。


「これは面白い。カナデンジャー同士の戦いが拝めるとは」
 ヘルバッハはザツオンからの報告を聞き、すぐさま彼らに指示を出した。
「なるほど。これで……」
「シスターシャドウ、これは好機ですぞ」
「そうね。今までの失敗をこれで取り返せる」
 鞭を手にしたシスター・シャドウは、後ろに控える白衣を着た男を見た。
「わしの出番じゃな。さっそく、復活させてもらった恩がえしをさせていただこう」
「頼むぞ、ドクター・サイレンス」
 その男はあの、音無博士その人だった。だが、既に肉体の大半を失っており、顔の左半分と左腕、胴体の一部を除いてすべてサイボーグとなっていた。肢体を動かすたびに不快な音が響き渡り、右の瞳は怪しく光る。だが、サイボーグ化された体は人間だった時と変わらぬしなやかさを持っていた。
「さあ、わしも復讐を始めるとするか」
 その声とともに、ドクター・サイレンスは闇へと消えていった。

つづく

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

光響戦隊カナデンジャー Song-15 告白

お久しぶりです。光響戦隊カナデンジャー第15話です。
ここからいろいろと話が動き始めます。いままでお読みの方も、そうでない方も是非、読んでください。
感想お待ちしています。それでは。

閲覧数:104

投稿日:2014/01/13 09:54:25

文字数:5,527文字

カテゴリ:小説

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