可愛らしい少女を案内しながら、店主の待つ店へと戻ります。
この仕事が終ったら、少しぐらい謝礼でもいただけるでしょうか。
……望みは薄そうですが。





#2 少女の笑顔





「いらっしゃい、お嬢さん」

扉を開けてすぐにかかった言葉はそんな言葉でした。

思わずぞっとした私に偽りの微笑みと労わりの言葉をかけて、店主は少女を招き入れます。
いつまで経っても店主を演じる彼を好きになれそうにありません。

「さがしものやさん?」

あどけない笑顔を見せる少女に癒されながら、私は部屋の片隅へと移動します。
ここからは店主の仕事で、私の出る幕ではありません。

店主は明らかに作り上げた笑顔で少女の問いに頷きました。
人から好かれそうな笑顔に見えますが、私には嫌味な笑顔でしかありません。
全く、腹立たしい。

「事情は招待状を通して聴かせていただきました。手を出してください」
「て?」

少女はきょとんとしながら手を店主の方へ差し出します。
その手を店主の手が包み、そうしてから彼は目を閉じました。

店主は対象者の手に触れることで記憶を読み取ることができるのです。
他にも様々な力を持っていますが、この店では何ら不思議なことではありません。

しばらくすると少女から手を離して黒塗りの煙管を手にした店主は、彼女に微笑みを見せます。

「大丈夫、すぐ見つかりますよ」
「ほんと!? おじさん!」

目を輝かせた少女の言葉に、店主がつまずきそうになりました。
思わず笑いそうになると、釘をさすように店主に横目で睨まれてしまいます。
私のことは『おねえさん』と呼んで、店主のことは『おじさん』とは……なかなか将来が楽しみな少女です。
店主はやんわりと「おにいさんなんですが」と言った後で、小さく咳払い。
こんな店主を見たのはいつぶりでしょうか。
そんなことを考えているとも知らず、彼は何もなかったように言葉を紡ぎます。

「しかし、これは困りましたね……もしかするとあなたの主人があなたを探しているかもしれない」

そう言いながら顎に手をやる店主ですが、どこから見ても困った風には見えません。
ただ、大切な人と別れて冷静さを欠いている少女にそのことはわからない様子で、両目を見開いた少女の表情には、純粋な驚きがありました。

私には2人が共有している詳細な情報や記憶がないので、どう反応していいのかわかりません。
それだというのに、店主は突然私の方へ視線を向けてきました。
ああ、何か頼みごとの気配がします。

「悪いですが、お嬢さんを元の場所まで送って差し上げて」

……私に拒否権はない、と。
ため息混じりに立ち上がると、少女の目は不安そうに店主を捉えていました。
ちゃんと出会えるかどうか心配なのでしょう。
事情を詳しく知らない私がそんな少女を慰めるわけにもいかず、声をかけあぐねていると、店主が少女を落ち着けるように微笑みます。

「――もし2人に出会えなかったら、明日の夜に迎えを出します。その時はここで会えるようにしておきますよ」
「えと、あの……」

大丈夫、遅くても明日の夜には会えるということですよ。
ちんぷんかんぷんだというように首を傾げていた少女は、その言葉に表情を明るくして頭を下げます。
その口から飛び出したお礼の言葉は、今まで聞いてきたどの人のその言葉よりも体に響きました。
冷血漢の店主にはわからなかったかもしれませんが。

「よろしくお願いしますね」

心を読まれたのかと一瞬ぎくっとするほど刺々しい言い方をされて、かろうじて小さく頷きを返します。

少女は店主の対応にも私の対応にも素直に感謝していましたが、少しも悪いところは見えなかったのでしょうか。
店主に見送られながらそんなことを思ったのでした。



+++



店へ送った時の足取りよりも少女の足取りが軽いのを感じながら、まだまだ暗い路地を歩きます。
夜の街は昼間の街とはまるで別もののように見えます。
街頭に近付きすぎた蛾が、ぱちんと音を立てて地面に落ちていくのを見送りながら歩いていると、隣を歩いていた少女がふと口を開きました。

「――このあたりでね、おねえちゃんのたいせつなひとにであったんだ」

大切な人、というと?
尋ね返すと、少女は夜空を見上げます。

「おねえちゃんがね、だいすきなひとなの。だから、りんたちもつれていってくれたんだぁ」

話す少女の表情は、とても輝いて見えました。
月明かりのせいだけではないでしょう。
少女にとって大切な人である『おねえちゃん』が大切だと感じる人は、きっと少女にとっても特別で大切な人なのです。

「おねえさんには、すきなひといる? あのおじ……おにいさん?」

純粋な瞳を向けられて、思わず立ち止まってしまいました。
おじさんと言いかけたことへというわけではなく、その前の言葉に、です。

考えるだけでもおぞましい。
歩き出しながら思います。
私が店主を苦手としていることもありますが、店主にとってもそれは聞き捨てならないことに決まっています。
今ここに彼がいたなら、困ったように笑いながらこう言うのでしょう。
――どんな不思議なことが起こる世界であろうと、それだけはありえませんよ、と。
その言葉を口にした私に、少女はきょとんとして言います。

「おねえさんは、おにいさんのことすきなのに?」

……何を言っているのでしょうか。
私は思わず頭を抱えたくなりました。

一体どこをどう見て私が店主を好きだという答えに結びつくと言うのでしょう。
私があのいけ好かない店主に従っているのは、前店主がよくしてくれたからです。
そう説明しようと口を開き、少女の表情を見てその口を閉じました。
説明したところで聞き入れてくれるとは思えなかったからです。

しばらくの沈黙の後、代わりに口をついて出た言葉は、店主の話でした。

――店主には、長い間想っている人がいるのです。
私は話しか聞いていませんが、とても美しくて優しい人だそうで……ただ、その人の居場所も名前すらも、彼は知らないのです。
大切なモノを探すのは、店主自身が大切なモノを探しているからなんですよ。

「……おねえさん、さびしいの?」

喋るタイミングをはかっていたかのような少女のその問いかけに、知らず知らずのうちに目を見開いていました。
少女の言葉は私の予測できる範疇をやすやすと超えるのですから、仕方のないことです。
用意していた言葉も、全てが頭の中で霧散してしまい、次の言葉を紡ぐのに少し時間がかかってしまいました。

寂しいのは、店主の方ですよ。
そう口にした後で、ふと前店主の顔が頭に浮かびました。
自分でも気付かないうちに、少女と話す時に彼を思い出していたのでしょうか。
この少女のように何も知らなかった私に、とても優しくしてくれたあの人のことを。

優しい思い出をため息で消し去り、不思議そうに私を見つめている少女に視線を戻します。
そう、私の仕事は少女を無事に送り届けることです。
先ほどからペースを掴まれている感覚ですが、この会話にはそれほど意味はありません。
少女にとっても世間話程度のことなのですから。

「りんはね、さびしかったんだけどね、おねえさんとおにいさんがやさしくしてくれたからね、えっとうんと……おねえちゃんとれんのこと、さがしてくれるってゆったからね、もうげんきなのっ」

それは何よりですね、と笑いかけると、少女は嬉しそうに笑顔を作ります。
「だから、おねえさんもげんきだしてね」という言葉には、何て良い子なのだろうと心が和やかになりました。
しかし、この少女も、いつしか純粋な笑顔と偽りの笑顔を使い分けるようになるのだろうと思うと、どこか切なくなります。

良くも悪くも、時間は流れて全てのモノは変わっていくものです。
人が老いていくように、物が朽ちていくように。
だからこそ、今この一瞬が愛しいのです。
少女に今それを言ったところで、理解などできないのでしょうが。

ふと何かに引っ張られて立ち止まると、いつの間にか少女とはじめて出会った場所についていました。
少女がにこりと笑って言います。

「おねえさん、ありがとね」

ええ、こちらこそ楽しい時間をありがとう。
言ってから、明日もここに迎えにくることになるのだろうと考えます。
店主は『2人に出会えなかったら』と言いましたが、彼がそう言うということは、明日の夜までに少女が2人に出会うことはないということなのですから。
それを知っていながらも、私は言うのです。
早く出会えるといいですね、と。

「うん! ほんとにありがとっ、おねえさん!」

屈託のない笑顔を向けられながら、私は胸にちくりと何かが刺さるのを感じていました。




ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Tale House #2

幼くまっすぐな少女と、いつの間にか成長していた彼女のお話でした。
確かに年齢を重ねれば重ねるほど失うものもあるだろうけど、得るものだって多いはずなんですよね。
いつだって振り返ったらその時の自分は愚かしくて、でも愛しいんじゃないかな。
不思議なもので、大切なものってのは失ってはじめて大切なものだったってわかることも多いものです。

閲覧数:86

投稿日:2010/06/13 22:35:30

文字数:3,622文字

カテゴリ:小説

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