仕事帰りの駅のホームに、点滅している携帯電話が落ちているのにふと気付いた。
ボクは不意にもその携帯電話を手に取り、落とし物として駅員に明け渡そうと周りを見渡したが近くにいなかったので、そわそわしながらも動揺している自分がいた。
次に来る電車に乗って家路に向かうか、いっそ諦めて元あった場所にそれを戻すべきか否かをしばらくの間、ただただ悩み暮れていた。
そうこうしてる間にも電車はホームに到着し、車両毎に並ぶ列に結局並ぶ事が出来ず、その電車をそのまま見送ってしまっていた。
次の電車が最終なのを脳裏に瞬時に過ぎていったものの、手に取ったそれの行き場にあたふたしながら、どうする事も出来ない自分に腹が立っていた。
そしてボクは結局、点滅している携帯を開き、表示されている画面を何気なく見つめていたのだった。
画面に一通のメールが届いているのを確認すると、それを開封して確認してみようかと罪悪感に包まれながらも、頭で考えるよりも前に自然なそぶりで操作してしまっていた。
「どうか、その携帯を私に届けて頂けないでしょうか?」
そんな内容のメールに改めて罪意識を強く感じると、辺りを見渡したボクは深い溜め息をついた。
「でも、どういう事だろう?」
その答えが分かると、そのメールに対して持ち主である事を知らせる内容で返信した。
「きっと、落とし主の知り合いの携帯から返信してるんだろうな」
落とし主も一心不乱な気持ちの中で策を練った挙句、このような行動を取ったのだろう。とはいえボクの行為もまた宜しくないのだと認識しながらも、この忘れ物をすぐにでも持ち主に返してあげたいと純粋に思った。
「あ、良かった、拾ってくれた人ですね?ありがとうございます!」
ボクが返信すると、すぐに感謝のメールが届いた。それを見たボクは、すぐに返却の段取りの話を持ち掛けた。
「あの…今私、自由ヶ丘の駅に向かっていて、その電車に乗ってる所なんです。私の携帯は何処に落ちていましたか?」
ボクは唖然として、もう一度メールを読み返していた。何故なら、自由ヶ丘の駅はこれから向かう駅であり、ボクが降りる駅なのだ。その事を持ち主に伝えるべく、そう返信した。
「そうでしたか、実は私、そこから友人宅へ向かうのに反対方向に向かっていたのですが、その駅のホームにうっかりに落としてしまっていたのですね」
ボクは携帯を直接手渡し出来ないものか、直ぐさま返信した。
「分かりました、ありがとうございます。では、これから最終電車でそちら方向に向かいます。申し訳ありませんが、一番端の車両に私いますので、そちらに乗って頂けますでしょうか?」
ボクは分かりましたと返信し、指定のあった進行方向の一番後ろ車両の止まる所まで、先の暗い景色を見つめながらホームの中を静かに歩いていた。
時計を見ると、あと10分位でホームに到着するとの事。ボクは途中の自動販売機で足を止め、缶珈琲で暖をとりながら白い吐息の中、不安の中に苛まれていた。ただ何となく、話がうまく出来過ぎているような、そんな予感が脳裏を通り過ぎていった。
「まもなく最終の電車が参ります、お待ちのお客様は、黄色い線の内側でお待ち下さい」
最終電車の明かりがホームを照らし、ボクは車両の一番向こうに目を遣りながら、幾つかな車両を見過ごしていた。
やがて電車がホームに着き、自動ドアが開いた瞬間、ボクは辺りを見渡しながら指定された車両に乗り込んだ。しかしその車両には誰一人おらず、仕方なく椅子に腰をかけて忘れ物のそれをぼんやりと眺めていた。
「確か、自由ヶ丘方面だったよな」
ボクは出発と同時に確認の内容のメールを送信し携帯を閉じて、もう一度辺りを見渡した。
「何かでも、持ち主がいたらいたで…出来過ぎた話だよな」
ボクはそう呟きながら、持ち主からの返信を待っていた。
それから、10分後。
すぐにやり取り出来ていた互いの返信も向こうから一切来る事はなく、時間は闇雲に過ぎていった。
30分位が経った後、自由ヶ丘の駅までまもなく、とのアナウンスが車内に流れてきた。
ボクは返信のない忘れ物を自由ヶ丘の駅員に明け渡そうと諦めの気持ちの中で佇んでいると、隣の車両のドアが突如開いたのに、ボクは焦りと共に驚いて声を上げてしまった。
「すみません!私から指定しておいて、待たせてしまって…」
「あ、いえ」
ボクは畏まる形で急に立ち上がると、おそらく持ち主であろう頭を下げている女性が頭を上げるのを呆然と見つめていた。
「ゴメンなさい。あの、進行方向からの後ろ車両って言ってたんですけど、私からしたらの話で、実はあの、その…実際はその反対だったんです…」
彼女はそう言うと、ボクは緊張が解けたように吹き出した。
「あ、そうだったんだ。大丈夫ですよ。ああ、それですぐ気付いて走ってきてくれたんですね?」
「は、はい…」
彼女はぜいぜい息を切らしながら、本当にすみませんを連呼し、息を落ち着かせていた。
「これ、忘れ物です」
「本当に、すみません…わざわざ、本当にありがとうございました」
「そんな。ボクは丁度今帰り道なんで、全然大丈夫ですよ」
そんなこんなで彼女は改めて頭を下げて軽く会釈した後に、少し手を振って隣の車両へと消えていった。
ボクは良い事をしたという実感よりも、一時の恋を与えてくれたような、そんなふんわりハッピーな気持ちに苛まれていた。
電車がホームに到着すると、冬の並木の多い自由ヶ丘の駅の夜空をぼんやり見上げながら、白い吐息もまた、夜までの道のりを辿って浮かんでいった。
「…どう、今回は?」
「うーん、まあまあかな?」
彼女はそう告げて、自分の携帯を自由ヶ丘の駅のホームに置いて、去っていった。
「…いい加減、ごっこ、やめたら?」
「偶然たる出会いをさ、楽しまなきゃ」
「これって、必然じゃん?」
「いいのっ!」
ボクはそんな真実を知る事もなく、今日の出来事を良き思い出として良しとし、彼女もまた新たなる出会いに向け、今日という日を良しとした。
「真実なんてのは、知らない方が幸せな時もあるって事よね?」
「バチ当たっても知らないよ?」
「私、全然悪くないよ?忘れ物が私に届いただけの事だもん」
「そ」
自由が丘の駅構内に佇む二人の女性は、白い息に包まれるように、ボクの写った写真を片手に話を進めている。
「そう、届いただけなの。私の必然たる忘れ物が、ね」
必然たる忘れ物。
考えもしなかったけれど、忘れ物がなくなるリスクを冒してまで勝ち取る必然。
彼女の忘れ物の冒険は、また再び新たな旅立ちを迎えるのだった。
「…イケメン探しってさ、理沙。何か悪趣味な気がしてならないわ」
「そう?ジュンもやってみたらいいのに。中々楽しいよ?」
ジュンはカメラを理沙に向けると、フラッシュをたいて笑った。
「ばあか、恋は偶然だからステキなのよ」
「あ、ジュン!私を写さないでっていったじゃん!」
二人は笑った。今日もいつものように。
「…でも良かったわ、理沙。どんな形でもこうしてまた恋をしようって、立ち直ってくれて」
「うん。だって幸福インタビューは、ジュンのそばでするって私決めたから」
相手に何度振られても恋も自分も悪くないよ。悪いものがそこにあるとしたら、チャンスをものに出来なかったという結果だけ。
偶然をぼんやり待ってるほど、私の失恋の傷は軽くないんだ。だから偶然装った必然でね、恋と向き合おうって決めたの。
「どっちでもいいよ。理沙が恋に前向きなら」
「…だってさ」
そう。
恋の傷を治すのは、恋でしかないんだから。
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