「年をとりすぎるとね、星が迎えに来るの。だから私たちは、星が来る前に自ら命を絶つのよ」
おとぎ話を語るかのように話す姉さんの言葉のひとつひとつを、妙齢の僕はそれとなく聞いたようなフリをしていた。
どうにもこの手の話は苦手だ。
「人は死んだら骨になるんじゃないの?それに、お星様ってあの空に浮かんでるやつだろ?俺たちとは全く別格の神様じゃあないか」
「人が死ぬと骨になる、確かに正しいわ。でもそれはあなたの体の話。心は、あなたの気持ちは、体と一緒に朽ちて骨になってしまうのかしら」
そんな事はないはずよ、と続けながら、姉さんはヒュンガロの山より湧き出た水脈から甘水を汲み取り、ガザラ粘土を焼いた器に移し替える。乳白色をした山の神の馳走は、普段は飲むことを禁じられているものだ。
「さあ、飲んで。今日はあなたの誕生祝いなのよ。主役が冷めていたら、山の神様にも申し訳ないでしょう」
器に波波と注がれた甘水と姉さんの顔を交互に見やり、やがて観念して口を付ける。
「人にはね、抗えない運命というものがあるの。大地の祝福を受け、時を同じくする者を見つけ、そして幸福のうちに星の迎えを受ける。この流れは、遥か昔から変わらず受け継がれてきているの」
甘酸っぱい”ヒュンガロの血液”を飲み下しながら、それでも納得できない、与太話のような話をひたすらに聞いていた。
もう何度聞かされたかわからない、耳にタコができそうなほどだ。
「けど、星が迎えに来るなら自分から死ぬ意味がないでしょ。どのみち死ぬならさ」
姉さんは何かを言おうと口を開け、そして閉じた。言葉を咀嚼し、反芻するように口をもごもごとさせ、そして開いた。
「星は、星はね、ただ迎えに来るだけではないの。私たちの命が終わったとき、生まれ星の神様は、対価を求めにやって来るのよ」
「対価?」
「そう、対価。あなたを、この大地から誕生させたことに対する、対価。私たちは生まれながらにして、星に大きな貸しを作っているの。対価足り得るのは、その人が育んできた知識や経験そのもの。それを生まれ星に返すために、こうして生き紡いでいるのよ」
どうしてそんなことを、と言いかけ、零れかけた台詞をくいと飲み込んだ。
「じゃあ、それじゃあ、僕らは何のために生まれたのさ。星が勝手に僕らを生んで、有無も言わせずに対価を払えって?そんなの嫌だよ」
眉尻を少し押し上げ、カワセミのように嘴を尖らせる。
「そう、私たちに選択肢はないわね。生まれながらにして、生き方を決められてしまっている様なものだもの」
でもね、と小さく呟き、息を吸い込んで言った。
「それが生きること、運命というものなの。予期せぬ発車の鈴の音にうなされながらも、私たちは生きていくしかないの。疑問に思ったって仕方がないわ、全ては総体的なものだから」
だから今日が、あなたの誕生祝いなのよと彼女は言った。
ガザラ粘土で作られた器に穴が空き、隙間からニュンガロの血液が漏れていく。
溢れた血液を手拭いで拭き取りながら姉さんは一言、「秘密よ」と言った。
僕はもう何も言えなかった。
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