「貴女…魔法少女でしょ?」
そんな芝居掛かった問いが我が家の玄関に響き、女性の口から私の耳に届く。
確かにその言葉は脳内で処理され情報として解析された筈なのだが、
サイドテールの巨女は何を言われたのか理解が追い付かずに、少しの間呆然と立ち尽くしていた。
「ニコ、やめなよ。カノンちゃん困ってるじゃん。」
次いでなにやら別の声が聞こえたかと思うと、ニコと呼ばれた女性の後ろにある玄関扉から誰かが入ってくる。
「ミキさん!」
そのよく見知った人物の容姿に、私は感嘆の声を上げた。
「ハハ、久しぶり。」
扉を閉めながらばつが悪そうに笑う彼女の名はミキサアヤ。
jamバンド…ではなく、かつて姉が所属していたコンピューター愛好会のメンバーの一人だった。
「あの…、それでさっきのはどういう意味なんでしょうか?」
数分後、私は来客二人をリビングに通すと、先程の会話の内容を確認する。
「そうね、これを見てもらった方が話が早いんじゃないかしら?」
そう言って黒髪の女性はバッグから数枚の写真を取り出すとテーブルの上に置いた。
「これは…。」
カノンはその内の一枚を手に取ってまじまじと眺める。
そこには、フリフリの衣装を身に纏ったピンクの髪の美少女の姿があった。
「これがさっきニコが言ってた『魔法少女』、通称フリモたん。私達は最近この謎の美少女について調べてるの。」
気持ち早口にサアヤが説明する。
そこで私はようやく得心がいった、先日A子と一緒に買い物に行った際に現れたというのはどうやらこの写真の人物の事らしい。
「これが、私だって言うんですか!?」
驚いてニコとサアヤの顔をオロオロと見比べるカノン。
「…言われてみれば、確かにあんまり似てないかもしれないわね。」
私の顔をジロジロと観察するニコは顎に手を当てながら不審そうにそう呟いた。
(そうだ似てない、私はこんな顔じゃない。)
写真の人物はぱっと見た感じカノンに近い雰囲気のように思われたが、冷静に比較すると細かい点で微妙な差違が見てとれたのだ。
「しらばっくれても無駄ニョ!もうネタは上がってんだニョ!さっさと吐いて楽になっちまえニョ!!」
唐突に私の頭の左横から一人の少女が怒声を浴びせて来る。
「メロディ…、なんであんたがお姉ちゃんに尋問するの…。」
それは我が家の末っ子、妹の鼓メロディであった。
さらにもう1つ小さな影がピョコンと私の右隣に顔を出す。
「ガガガ?」
それは机の上の写真を指差しながら奇妙な声を発した。
「ロボタ…!なんて言ってるんだろう?」
「写真の人とカノンちゃんが一緒だって言ってるのよ。」
サアヤの疑問にすかさずニコが合いの手を入れる。
「勝手な事を言わないで下さい。この人と私が別人だと言ってるんです!」
つい感情的に反論してしまったが、勝手な事を言ってるのは私も同じだった。
カノンにはロボタの言葉が分からなかった。
「お待たせしました~。」
緊張の糸が張り詰め会話が滞りつつあった時、メイド服の少女がお盆にどんぶりを乗せてリビングへやって来る。
「本当は今日の夕飯用なんですけど、ちょうど良いからここで皆さんに食べて行って貰いなさいって萌丹さんが。」
そう言いながら彼女は出来立てらしいカツ丼をテーブルに並べていった。
(あの母親め…。)
『キュルルゥ~~~…』
身内に対する怒りの感情を抑えながらトンカツの上にトッピングされたグリーンピースを見つめ、カノンはなんだか惨めな気持ちでお腹を鳴らす。
「「いただきまーす。」」
そんな彼女を他所に、周囲の者達は思い思いどんぶりに箸を付けていった。
私は俯いた顔でその様子を恨めしそうに眺めながら、なんならこの場でちゃぶ台返しをしてみんなの前で赤ん坊みたいに泣き叫んでやろうかとも思ったが、
流石にみっともなさ過ぎると思い止まり溜め息一つで諦めてカツ丼を食べ始める事にする…。
「だから、あの魔法少女の正体は青いタイツの男なんだって!」
食事中にミキサアヤが隣の仁光ニコとなにやら議論を交わし出した。
「ふーん、で…その男は一体何者なの?」
怪訝そうな目付きでニコがサアヤに聞き返す。
そんな冗談みたいな会話を、カノンは彼女達に目を合わせないようにして聞いていた。
「メロディちゃんはどう思う?この魔法少女の正体。」
このままでは埒が開かないと思ったのだろう、ニコが写真を片手にメロディへ言い寄る。
「アタシは別に誰でもいいニョ。」
急に意見を求められながらも、末の妹はあっさりと返事をした。
「ガガ!」
ロボタもそれに相槌を打つ。
「少なくとも私じゃありません。青タイツの男は知りませんけど、全然他の女性が素性を隠す為に変装してるんじゃないでしょうか…?」
カノンは思い切って自分の意見を口に出した。
「ほら、これで満足した?」
サアヤがそれ見ろといった表情で親友に目配せする。
「私はミキさんが言う、その青いタイツの男が魔法少女に変身してるって話を信じたいですね。」
続いて聞かれてもいないのにA子が喋り出した。
「A子ちゃん!」
私はギョッっとした目付きで彼女を見つめる。
「確かにカノンさんが化けているという方が一見筋は通ります。ですがその意見には熱が無い。ロボットが機械的に導き出すような無味無臭の答えだとは思いませんか?」
一応弁護しているつもりなのだろうか?A子はツラツラと賢しそうな台詞を並び立てた。
「A子さん…、それが貴女の持った感想なのかもしれないけれど、これはリアルの話なの。」
味方を増やせないニコは少しイラついた雰囲気で突っ掛かる。
「ごちそうさまでしたニョ。」
ピリピリした空気の中、カツ丼を平らげたメロディが手を合わせて食後の挨拶をした。
「お邪魔しました~。」
その後もしばらく論争は続いたが、最終的にニコも折れてサアヤに連れられる形で鼓家を後にする。
「…なんであんな事言ったの?」
食後の後片付けの最中に私はムスっとしながらA子に尋ねてみた。
「いけませんでしたか?」
どんぶりを洗いながら飄々とした態度で彼女は聞き返す。
「あーーっ!私なんだかすっごくモヤモヤしてるんだけどぉ!!」
カノンは頭を抱えながら胸に溜まった鬱憤を吐き出すように言った。
「仕方ないじゃないですか。私、カノンさんがトイレに行ってる間、あの魔法少女が戦ってる所を実際に見てるんですから…。」
ヤレヤレという感じで小さな家政婦は私に弁明する。
そうだ、臆病な私はあの時あの場所から逃げ出したのだ。
そしてその逆に勇敢な魔法少女が危険地帯へ颯爽と現れた。
しかし正体を隠して活動する人間がいれば、その疑いの目が全く関係のない人に行くというパターンは当然あり得る。
カノンはその事を今切実に実感していた。
「ガガガガ!」
台所へやって来たロボタが足元から何か言ってくる。
「ロボタさんも、カノンさんの事を信じてるみたいですよ?」
いつもの口癖を必死に飲み込もうとしている私は、そうやって軽口を叩けるA子が素直に羨ましかった。
彼らの言葉を無視するようにカノンが目を反らすと、その先の窓からは広く晴れ渡った青い空が見えている。
いつもならもっと気持ちよく写るその色が、残念ながら今日の私にはとても疎ましかった。
つづく
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