『魔女狩り令』を発令してから、かなりの時間が流れた。
 いまだに、ジェルメイヌやエルルカは捕まらない。それどころか、有益な情報すら掴めずにいた。
 一体、魔女達はどこへ行ってしまったのだろうか。もしかしたら、我々の想像よりも遠く離れた.....そう、蛇国くらいまで逃げているのかもしれない。
 王である私自身が捜索するわけではない。彼女達の罪を考えると、そうしたいのは山々なのだが、今のルシフェニアの情勢上そういうわけにもいかない。
 そんな私は現在、お忍びで街に出てきている。
 民衆と同じ目線で、もう一度この国を見ておかなければならないと思ったからだ。
 私は、民衆のことなんてまるで考えないリリアンヌとは違う。そう思うと、少し心が落ち着いた。
 それにしても、市場は人で賑わっていた。今日は休日なので、余計にいつもより人が多いのだろう。
 こうして見ると、なかなか色んな物が売っているな。
 私は本当に平民になったかのように、市場に並ぶ品々を物色していた。
 「.....ん?あ、あれは.....」
 なんということだ。十メートルほど先、私は見つけてしまった。
 黒いローブに桃色の髪の美しい女性を。
 まさか、こんな近くにいるとは.....。灯台もと暗しというわけだ。
 私は護衛の兵士二人のうちの一人に、ルシフェニアと他国との国境に検問をはるよう命じた。
 そして残った兵士と二人で、エルルカを尾行する事にした。
 捕獲対象なのだが、今は捕まえられない。
 私は平民に変装していたため、武器を持ってはいなかった。何より、相手は本物の魔導師なのだ。何の策もたてずに立ち向かっても、返り討ちにされる可能性が高かった。
 尾行して根城でも分かれば、グーミリア、上手くいけば通じているだろうジェルメイヌも捕らえることが出来るかもしれない。私はそう考えた。
 エルルカは細い路地を進む。一本道を右に曲がった。
 私達は慎重に、エルルカが進んだ道を覗きこむ。しかし.....
 「!?き、消えた?」
 エルルカの姿はもうどこにもなかった。
 兵士と共に辺りを散策してみるが、見つからない。
 「感づいたか.....。まあ、いいさ。まだ私達だということには気づいていまい」
 私は平民の服装だし、仮面だってつけているのだ。ともかく、これで袋の鼠だ。諜報員を徹底的にルシフェニアに送り込もう。

 この時、カイルは気づいていなかった。自分のその特徴的な青髪を全く隠していないことに。



 「ごめん、グーミリア。カイルに見つかっちゃったかもしれない」
 その夜、私はグーミリアに謝罪した。
 「ここの、ことも、ばれたの?」
 グーミリアは怒るわけでもなく、そう尋ねてきた。“ここ”というのは、最近の根城であるこの宿屋のことだろう。
 「いや、たぶんまだ大丈夫。一応、巻いてきたから」
 「そう.....」
 「でも、この国にいるとわかった以上、見つかるのは時間の問題ね」
 「じゃあ、さっさと、逃げよう」
 「いや、王にバレたわけだし、国境はそう簡単には越えられないんじゃないかしら?」
 おそらく今頃、この国の国境には検問でもはられているだろう。
 「じゃあ、どうするの?」
 「ふふっ、こうするのよ」
 私はグーミリアに、ある作戦を伝えた。



 「カイル様!エルルカ=クロックワーカーの目撃情報です。オルゴ川付近にいた、とのことです」
 「ああ、ご苦労」
 あの日から、ここルシフェニアで面白いくらいにエルルカの目撃情報が集まるようになった。
 バレたことを悟った以上、コソコソ隠れたりはしない、ということだろうか。(髪を隠していなかったことは、後で一緒にいた兵士から聞いた)
 「ふむ....ずいぶん北方に集中しているな。エルフェゴートへ逃げるつもりか?」
 エルルカの目撃情報、そのほとんどが、ルシフェニアの中でも北、この首都ルシフェニアン辺りで寄せられた。
 「そうですね、迷いの森なら抜けられると思っているのでしょうか?」
 近くにいた兵隊長が答える。
 「一理あるな、迷いの森付近の警備を固めろ」
 「ハッ」
 兵隊長が出ていったのと入れ替わりで、諜報員の一人が部屋に入ってきた。
 「カイル様!エルルカがブレック山の麓で目撃されたそうです!」
 「ブレック山?今までよりかなり南だな.....」
 すると、別の諜報員もぞくぞくと部屋に入ってきた。
「カイル王様!エルルカがサノスン橋にいたとの情報が!」
 「カイル様!レタサンでエルルカを見たとの情報が!」
 「おいおい、どういうことだ?なぜそんなにいたる所でエルルカが.....」
 「あ、あの、カイル様.....。ルシフェニアンの街で、その.....」
 「何だ?報告があるのならばさっさと言え!」
 「す、すみません!あの、街で、エルルカが二人いるのを目撃したとの情報が.....」
 「はあ?」
 そんなバカな。私の知る限り、エルルカという人物は一人のはずだ。
 「それはどういう.....」
 「カイル王!」
 聞き終わらないうちに、また一人、諜報員が部屋へ入ってきた。
 「あの、迷いの森手前でエルルカの特徴に一致する男性を発見!エルルカって男性でしたっけ?」
 「そんなわけあるか!!!」
 思わず怒鳴ってしまった。何だ?何が起こっている?



 「ふう、なんとか上手くいったようね」
 ルシフェニアンにある酒場。そこで、私達は小休憩をとっていた。
 グーミリアもコクリと頷く。
 先程から、諜報員のようなやつらがドタバタと王宮へ出たり入ったりしている。
 「でも、信者を、探すのも、だいぶ大変だった」
 グーミリアが疲弊した顔で言う。(もっとも、その表情で疲れていることを感じとれるのは私くらいなものだろう)
 「あなたがいなかったら間に合わなかったわ。ありがとうグーミリア」
 方法は至ってシンプル。国中の『エルルカの信者』に、なるべく私の特徴にあった格好をしてもらったのだ。
 「でも、さすがにあなたと一緒にいるところを見られると私が本物だと分かっちゃうかもね。ってわけだから、一旦別れて、明日の昼過ぎ、この酒場で会いましょう。.....この国を出るわよ」
 「.....分かった」
 互いに頷き、店を後にした。

 その様子を、酒場の客に扮した諜報員の一人が見ていた。



 「なんだと!?それは本当か!!」
 エルルカの目撃情報が混雑する中、グーミリアも一緒にいたという有力な情報が入った。
 「はい!明日の昼過ぎ、酒場で会うとのことです」
 「なるほど.....。よし、その酒場を中心に兵を固めろ!魔女を捕獲する!」
 「ハッ」
 フン.....エルルカめ、小賢しい手を使いやがって.....。だが、こちらの方が一枚上手だったようだ。
 明日、必ず捕まえてやる。そして、ミカエラの仇を取るのだ。
 私の気持ちは高ぶっていた。

 次の日の昼過ぎ。私はこの国にいた兵士のほとんどを集め、この酒場へとやって来た。
 まず出入口を固め、その周りの街道にも、だんだんと人数が多くなるように兵を配置した。これ以上、逃がしはしない。
 私は数人の兵士と酒場に入ることにした。二人はもう来ているそうだ。
 なるべく、民間人に被害は出したくない。なんとか外へ誘き出すのだ。
 深呼吸をし、覚悟を決め、酒場の扉に手をかける。
 ギイィィ
 ゆっくりと、扉を開ける。
 昼間だが、何人かの客がいた。
 エルルカとグーミリアの姿は.......無い!!それほど広くもない店内。あんな二人がいれば、たとえ変装していたとしても、すぐに分かるだろう。
 まさか、もう行ってしまったというのか?
 いや.....
 「おい、この酒場は見張っていたのだったな?」
 私は隣にいる兵士に小声で尋ねた。
 「は、はい。昨日の夜から、兵士達がずっと.....」
 そして、その兵士からエルルカとグーミリアがこの店に入ったとの報告を受けたのだ。
 「あの.....お客さん、注文は?」
 酒場の主人がそう尋ねてきた。
 「おい、主人!ここにローブを着た桃色と緑色の髪の女が来なかったか!?」
 「えっ?ローブの女?なんだ急に.....」
 私が彼の質問とはまったく関係の無い問いで返したため、少々戸惑っていたが、答えてくれた。
 「あ、ああ.....そういえば来たぜ、ローブを被った二人組が」
 「!その二人はどこに.....」
 「いや、変な客でね。店に入るなりローブを取ると、そそくさと出ていきやがった。ああ、桃色や緑色なんて髪じゃあなかったぜ」
 なんだと.....まさか.....
 戸惑う私に、一人の兵士が新たな情報を伝えに来た。
 「カイっあ、いや、カーチェス様!あの、ベルゼニアでエルルカとグーミリアを発見したと!」
 「そんなの、また偽物だろう!」
 「いえ、その、捕獲しようとした所、“魔術”により逃げられたそうです」
 「なっ!?」
 “魔術”を使ってきた。それは間違いなく、そのエルルカが本物だということを示していた。
 私達は完全に、エルルカにもてあそばれていたということだ。
 .....おのれ、エルルカ!!!私は酒場の扉に拳を思い切り叩きつけた。



 「さすがに気づいた頃でしょうね」
 私達は今、追っ手から逃れ、道の端で少し休憩している。
 「エルルカ、ちょっと、やりすぎ.....」
 「そうかしら?」
 まさか、カイルがこんなにも上手く引っかかってくれるとは思わなかった。
 私はあの時、酒場にカイルの諜報員がいることに気がついていた。その上で、グーミリアと嘘の約束をしたのだ。
 「まあ、上手くいって良かったじゃない。久々に面白い退屈しのぎになったわ」
 「.....」
 ただ付き合わされたグーミリアは不満そうな顔をしている。
 「もー.....分かったわよ、お詫びに何か....
そうだ、人参料理でも奢るわよ」
 この弟子はなぜか人参が大好きなのだ。
 「.....許す」
 「ありがと、グーミリア」
 .....やっぱり、弟子がいるのは良いものだ。
 少しの旅さえ楽しくなる。

 魔導師二人組は笑いあいながら、ベルゼニアの道を再び歩き出したのだった。

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『魔女狩り令』と王と魔導師

カッコいいエルルカ様を書いてみたつもりです。原作のエルルカ様がカッコよすぎて大好きです。
設定がいろいろ違うかもしれませんが、楽しんで読んでもらえたら幸いです。

閲覧数:223

投稿日:2018/09/28 16:41:30

文字数:4,229文字

カテゴリ:小説

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