4.祭りの後仮説
 七一年の関西地区の未成年女子の自殺原因のデータを警察庁のデータベースにアクセスして探していると亜衣子の机の上に郵便物の束がドサッと置かれた。持ってきたのは受付の無愛想な初老の男だった。亜衣子はそれを見て自分の机の方に戻って行った。
 土岐がデータベースをざっと見ると恋愛、進学、友人関係、家庭、病気、学業などの自殺原因が書かれていた。一番多いのは、
〈不明〉
だった。七〇年と七二年についても調べてみた。
「どういうことだ」
とデータベースを閲覧して思わず声を殺して叫んだ。亜衣子の視線を感じた。亜衣子は郵便物を各所員に配達し始めていた。
 土岐が叫んだのは七〇年と七二年の自殺理由に不明に分類されている件数が殆どなかったからだ。資料作成を後回しにして、土岐は八四年以降の東京と千葉の自殺原因のデータベースも閲覧した。見ながら心臓の鼓動が高まって行くのを感じた。自殺原因の第1位は〈不明〉だ。八三年以前のデータベースにアクセスしながら指先が震えるのを抑制できなかった。結果は脳の血流を更に増幅させた。首筋がずきずきした。八三年以前の自殺原因で〈不明〉はどの年も最下位だった。脈拍がこめかみを叩いているの感じた。
 亜衣子が土岐の隣に自分の椅子を引きずってきて腰掛けた。土岐が気付いていないようなので声を掛け、
「どうしたの?何か発見?」
 土岐は得意げに言った。
「祭りのあと不明仮説だ」
「なにそれ?」
と亜衣子はつんとした鼻先を少し上方に突き出した。土岐は横目で亜衣子の横顔をのぞき見ながら、
「祭りの後に自殺が増えるが原因はできたじゃなくて不明だ。八四年って何の年だ?」
「万博みたいなお祭りは記憶にないわ」
「僕は良く覚えてる。幼稚園の年少組だったけど、クラスの友達に自慢されたのが悔しくて悔しくて初めて親を呪ったよ」
「早く言いなさいよ」
と亜衣子がテーブルをこつんと叩いた。
「CDLだ。一九八三年に開園した。君のさっきのタイムラグ仮説が正しいとするとそれから1年後に影響が出てくる。しかもお祭りはまだ続いている。一九八三年には最下位だった不明の自殺原因が、一九八四年以降、ずっと第1位だ」
「すると、WSJは二〇〇一年に始まったから」
と言う亜衣子の言葉尻を土岐が奪った。
「仮説を検証しよう。祭りの後不明仮説と1年のタイムラグの前提が正しいとすれば二〇〇一年以前の自殺率一位は不明以外でそれ以降の一位は不明ということだ」
と土岐が言い終わらないうちに亜衣子は自分のパソコンで警察庁のデータベースにアクセスした。大府、京府、兵県、和歌県、奈県、滋県の自殺原因を閲覧し、しばらくの間、亜衣子は画面に釘付けになった。土岐も手元を休めて亜衣子のパソコンの画面に見入った。
「とりあえずデータベースをまとめて。あとは原因解明だ」
 残された午後の時間は、発見した事実の表整理に追われた。単年のクロスセクション比較は棒グラフで描いた。経年のタイムシリーズ比較は折れ線グラフに統一してまとめることにした。終業時刻迄には図表はほぼ完成した。あとは、解説文の書き込みだが、肝心の原因がさっぱり見当がつかなかった。
「お祭りのあと未成年女子の原因不明の自殺や事故死が増加する」と土岐は出来上がった図表を何度もスクロールしながらパソコンの画面につぶやきかけた。
「しかも現在進行形だ」
と言いながらキーを叩く土岐の肩に深野が毛深い手を置いた。
「どう仮説検証の結果は?さっき原因不明の自殺とか言ってたけど、これは要注意だよ。原因不明の自殺は事故死の場合もあるからね。事故死の場合は原因を徹底的に究明し、そうならない対策を生活安全の側面からコメントしなければならないけど自殺の場合は本人が世をはかなんだわけだから、心の問題であって警察の問題ではない。心理カウンセリングの問題だ。警察の処理は簡単だ。警察の担当者が面倒くさがって簡単に処理するために原因をでっちあげることも多いからね。話は違うが保険金が絡んでいると自殺と事故死とじゃ大違いだ。契約して一年以内に自殺した場合は自殺免責になって契約書に従って保険会社は支払いをしない。最近は自殺免責を2年から3年に延ばしている契約書もある。若い人の場合は保険金がかけられていても巨額ではないから雑誌ネタにはならないだろうが」
と言う深野の声が遠ざかった。土岐が振返ると帰り支度をしていた。

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土岐明調査報告書「Nの復讐」4.祭りのあと仮説

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投稿日:2022/04/03 04:07:07

文字数:1,822文字

カテゴリ:小説

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