赤、黄、橙・・・
そんな単語じゃ言い表しにくいような鮮やかな麗色が茜色の空を舞う。
もう、秋だ。
僕は宙を翔ける赤とんぼを眺めながら、一年前の“11月12日”を振り返った――。
その日はちょうど、雲が間延びをするように、ゆっくりと流れていた。
いよいよ秋も本格的になってきている。
さらに、時々吹く肌寒い風が、少しずつ迫ってくる冬を感じさせてもいた。
家から5、6分のところに並木道がある。イチョウ並木だ。
夏場の深緑も爽やかで好きだが、
なによりこの時期の色鮮やかさが好きでもあった。
僕はほとんど毎日、この道をゆったりと歩いていた。
並木道の入口から100mぐらい入ったところに、僕のお気に入りのイチョウの木がある。
「凄く大きい」とか「特別に葉が綺麗」とかそういうのではなく、
その木の雰囲気そのものが僕の感性を見事に刺激するのだ。
だから僕以外の人はほとんど見向きもしない。
すなわち僕だけのベストスポットのはずだった。
そう、その11月12日に僕がその木によりかかる人影を見るまでは。
遠くからだからうっすらとしか見えないが、
普段僕が寄り添っている幹のところに小さな人影を見つけた。
嫉妬のような感覚が僕の心を傷めつける。
僕の木が――いや正確には市の木が――誰か別の人のものになっている。
もしかしたら今この一瞬だけそこにいるのかもしれない。
だけどそれすら許せなかった。
僕は歩み寄る。
そのうち、徐々に具体的な容姿をつかめてきた。
どうやらその人影は僕と同い年ぐらいの女の子らしい。
髪がやや長く、すっきりとした体型から判断できた。
同い年かどうかはあくまで勘だ。感覚だ。それこそ確認しなければわからない。
そのうち目と鼻の先の距離となった。
本を読んでいるその女の子は僕よりは背が低く、
僕はその女の子を見下げるような感じになった。
そのことがちょっとした小さな優越感を生み、問いかける勇気も生まれた。
「ねぇ、そこ、僕の場所なんだけど」
いきなりこんなことを言われたら誰だって戸惑うだろう。
そんなことは分かっている。けど何より僕が伝えたかったことだ。
やがて女の子はゆっくりと顔を上げ、僕の眼をしっかりと見てきた。
「かえで」
え?と聞き返しそうになった。しばし間をおいた絶妙なタイミングで口を開いたのだ。
「木に風で、かえで」
女の子が「楓」という名前であることを言っていると気づくまで、
僕は少々時間を費やしてしまった。
それはいきなりの自己紹介であったことはもちろん、
「楓」の小さな口がゆっくりと動くのに見とれていたこと、
これまた小さな、でもはっきりと綺麗に澄んだ秋色をした双目に惹かれていたからだろう。
ついさっきまでの小さな嫉妬心は秋風に乗ってどこか遠くへ行ってしまった気がした。
いや、そんなことを思っていたことすら忘れていたのだろう。
そのぐらい彼女自身が周りの秋色の中に、はっきりと浮かび上がったのだ。
僕は、再び本を読み始めた楓を、今度は見下ろすわけでなくまっすぐに眺めていた。
夕空ではモズがせわしく飛び回っていた。
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肩に落ちたイチョウの葉を手で払い、
それと同時に楓から目を離した。
「どうしたのかな?」
「うわぁぁああ!?」
葉を除けた肩を不意に叩かれた。
「変な声・・・不様」
僕は後ろを振り向いた。
そこには二人の少女がいた。
僕と同じくらいの背丈の女の子は「三夕(みゆう)」。
僕と同い年。だけど3か月ほど、僕の方が誕生日が早い。
それが三夕にとって悔しいらしい。
「なにボーっとしてんの?・・・気持ち悪い」
トゲのある言葉を発しているのは三夕の妹、「風花(ふうか)」。
周囲に、特に僕には喧嘩を売っているのかというぐらいだ。
「んで、なにをしてたの?」
再び三夕に問いかけられた。
「え?いや、その木とこで・・・あれ?」
いない。楓がいつの間にかいなくなっていた。
「おかしいな」
「ん?なにが?」
三夕が隣に立つ。その後ろに風花がついてくる。
「いや、ここに女の子がいたんだけど・・・。消えた?」
「え!?幽霊か。幽霊なのか!?」
風花の顔が強張った。そうか、風花は怖いものが苦手なんだっけ。
いつも毒舌の風花が時折見せるこの顔は、ちょっと可愛い。
「な、なに鼻の下伸ばしてんだ。さっさと帰れ。幽霊なんかいないことはとうに知っている。
さぁ帰れ、これ以上風花を怖がらせるのは極刑に値する」
なんとも酷い言われようだ。
「きっともう帰ったのよ。時間も遅いしね。さぁ風花、帰りましょうか。あなたも早く帰りなさいよ」
「あいあい」
気だるそうな返事をし、僕は帰路についた。
その後ろで三夕と風花は僕とは反対の方向へ歩いていく。
黄色い絨毯のその先にそびえる、二十六夜山も紅くなりつつあった。
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