「どうしたの、急にこんな所に呼び出してさ」
幼い頃は毎日のようにじゃれ合っていた河川敷に、しばらく疎遠だった二人がそこにいた。
「久しぶりだね、もうどれくらい経つんだろう?」
小学生の頃までは仲の良かった近所の幼馴染としての関係は、中学生になってからは別々の学校に進んでからというもの、全くと言ってもいいほど互いに会おうともしない日々が、三年という月日の中続いていたのに。
ボクというやつは、小学校ぶりに幼馴染の彼女をこの場所に呼び出していた。
「この場所、覚えてる?」
「幼稚園くらいの時かな、ボールとか鬼ごっことかでよく遊んでたっけ?」
今や二人は高校三年目という節目で、ボクは彼女に改めてこれからという話をしたくて、ボクからという珍しくも不器用なメールを飛ばしたんだ。
「こんな場所に呼び出して一体どうしたの?ふと、思い出話に花を咲かせようとも思ったりした?」
ボクは恥じらいながら、首を横に振った。
「ううん、高校出てからどうすんのかなって思ってさ」
「地元の短大に進もうと思ってるけどね」
彼女は昔からこの街が大好きで、将来もこの街を出る事なく暮らしていたいと彼女は続けた。
「で、そっちはどうなの?」
「ボクはこの街を離れて、東京の大学に進もうと思ってる」
彼女は少し唖然としたように見えたけれど、笑顔で頷いた。
「そう、なんだ…」
ボクが昔から好きだった天文学を学びに決心した事を伝えると、彼女は地元の天文台に遊びに行った時の事を思い返していた。
「懐かしいね。そう言えば、小学校の授業かなんで、クラスの皆で星を観に行ったよね?」
「あの時がきっかけで星に興味を持って、今に至るっていうか」
「何か羨ましいなあ。そこまで追求したい事があるなんてさ、私なんてそれがないから適当に進学する他ないっていうかさ」
この河川敷の川辺から辺りを見渡す彼女の顔をまともに見れないのは、あの時よりもずっと魅力的になっていたなんて、口が裂けても言えるはずがなかった。
「…あのさ、ボクが実は魔法使いだって言ったら、信じてくれる?」
彼女は一呼吸して、吹き出して笑った。
「何それ、ふふっ。そんな馬鹿げた冗談さ、真面目な顔して言われても、私どんな顔したらいいのよ」
「だよね、信じられるわけないよね。ゴメン、突然変な事言って…」
お腹を抱えて笑う彼女に一度微笑んでから、ボクは真上の空を大きく見上げた。
「…え、どうしたの?」
彼女も静かに空を見上げると、灯っていたはずの電球がゆっくりとしぼんで消えていくように、さっきまでの明るかった空が次第に真っ暗になっていくのだ。
「な、何、これ…」
真昼間の光景から一転して、星のない空が突然夜を迎えるなんてと、彼女は信じられない様子で左頬をそっと触れてみたりした。
「…夢、なの?」
ボクはその場にしゃがんでも尚、そんな不思議を愉しむように空を見上げていた。
「魔法なんて確かにありもしないけどさ、世界には不思議な事なんて幾らでもあるんだ」
「どういう事なの、これ?」
数分くらいして、そんな夜の世界は再び光を取り戻すかのように徐々に明るくなっていった。
「…こんな不思議を一緒に体験したくてさ。今日のこの時間に、この場所に、キミを呼び出してみたんだ」
「…」
ボクはこの不思議を彼女に詳しく説明すると、彼女はしばらく俯いて止まなかった。
「何年に一度しか訪れない金環日食っていうんだ。太陽と月が仲良く重なる、ごく稀なこの時間を、キミと一緒にいたかったから…」
「…そんな日を見越して、わざわざ私なんかに見せてくれようとしたんだ?」
ボクがあの時、天文台で観た星が忘れられないでいる理由を今のキミに伝える事ができたのなら、この街にまた戻ってくるよって言葉も、きっとキミに伝える事ができただろうに。
「今度の日食は、17年後の5月4日13時43分頃に数分もの間、太陽と月は再びキレイな輪を描いて重なるんだよ」
「その頃の私たちは、どうなってると思う?」
彼女のあどけない笑顔の向こう側には、何処か淋しそうにも思えた。
「ボクの夢はね、あの天文台で街のみんなに星を観てもらう事なんだ」
「そしたら私、一番最初に観に行っていい?」
うんって頷く表情に合わせて、二人は互いに目を見合わせていた。
「…ありがとう、私を呼び出してくれて」
「ううん、キミにどうしても観てほしかったから」
「本当に、私なんかで良かったの?」
ボクは向かいのベンチに横たわっている犬を撫でながら、その犬の隣に座った。
「…あの時、キミと初めて出会った日の事、よおく憶えてるよ」
「え?」
二人の話を遮るように、犬の飼い主であろう人もまた犬の隣に座って、ゆっくり撫でながらボクの話を聞いてくれていた。
「今から11年前の、9月13日10時56分頃だったかな。この場所でキミと初めて出会ったのは…」
「そんなに細かく、はっきりと憶えてるの?」
「だってさ、あの時も今と同じようにこんな不思議な空だったんだよ?子供ながらに気付かなかったけど、皆でトンネルごっこしていた時に真上にあった空は、一瞬でも夜だったなんて想像できる?」
彼女はトンネルごっこの記憶を思い出しては、懐かしいねって言って微笑んだ。
「皆が目隠しして隠れてた時に、ボクはその時の不思議な光景をちょうど目の当たりにしたんだ。本当に一瞬の出来事だったから皆にそれを伝えるどころか、一人怖くなって目をつむってしまった事を今でも忘れられなくてさ」
「そう、だったんだ」
そんな怖がってるボクの手をギュッて握ってくれたのが、実はキミだったなんてこと。
だから、今度はボクがキミの手をギュッて握ってあげればよかったなんてこと。
「じゃあ、ボク行くね」
「え…」
「この街に帰ってきたら、また連絡するから」
ボクは彼女にそう言って、結局思いの中のこれっぽっちも伝える事ができないまま、その場所を後にした。
「17年後にこの場所で、また会おうね」
って、そんな頑ななはずのボクからの約束は、彼女に届く事なく、儚くもまたぼんやりと消えかかっていった。
そして、17年の月日が経ち。
私はあの時の二人がこの場所に現れてくれるのを信じて、犬のムーンと一緒にベンチに横たわって座っていた。
当時の彼のまっすぐで優しい言葉が彼女に伝わってくれている事を信じて、私は社会人という柵の中で日常に起こりうる奇跡をただただ信じていたかった。
「わん、わん!」
ムーンが空に向かって吠えている内に、やがて空は真っ暗な光景へと形を変えていった。
「おーい、そっちに行ったら危ないだろ」
「パパ、ねえ、なんかお空が真っ暗だよ?ねえ、どうして?」
小さな男の子とその父親が、近くの川辺付近に薄っすら見えた。
「天文台でこの前パパに見せてもらったの、覚えてないの?」
その二人の後ろに、母親らしき人も見えた。
「手をギュッてして、パパ?ほら、ママもだよ?」
その男の子に引き寄せられるように、父親と母親の手を握ったまま、その男の子は宙返りしようとするも失敗して、その場に転んでしまった。
「失敗しても転んでもいいんだ。宙返りしてるとな、いつもの景色がそうでなくなるように、お前の生きてるこんな世界も悪くないって思える日がきっと来るから、挫けそうになったら宙返りしに、パパと一緒にまたここに来ような?」
そして、父親の隣にいる母親が微笑んで見えた。
「今度の日食っていつなの、パパ?」
母親がそう尋ねると、父親は笑った。
「さあな。もう、そんな事どうだっていいんだ」
「どうして、どうでもいいの?」
男の子もまた、父親にそう尋ねた。
「パパはこうして、ママにもお前にも出会える事ができたんだ。それだけでパパは十分幸せだから、今度はお前が自分自身で色んなものを決めていけばいい」
「えー、教えてよ?」
「じゃあ、今度はママが教えてあげるから」
「本当?」
「うん、パパが私にそうしてくれたように、今度は私が約束してあげる」
17年もの月日が経っても、尚。
変わらないものが多くある、こんな世の中で。
叶ってきた奇跡が、幾つかあるとしても。
こんなに清々しくて、素敵な事が、
これからずっと、続いていくなんてこと。
私は、そんな二人を見ていて。
普段目に映る景色も、見方を変えるだけで
こんなにも清々しく思えるのなら。
「あ、こんな所に犬がいるよ、ママ?」
「わん、わん、わん!」
「うわっ!」
男の子はムーンに吠えられてすぐ、母親の足元にしがみついた。
「こんにちわ」
その母親は私を見て、ニコリと挨拶した。
「こんにちわ」
私もまた、あの時と同じ。
あの時の言葉を、また、あの時のように。
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