憔悴しきった帯人の顔を見て思った。
凛歌お前、こうなるのをわかってなかったのか?
警察からの連絡で、職場近くで凛歌の通勤用のリュックが発見された。
中身が散乱し、財布やパスケースもそのままであったことから、警察では事件性ありと見て捜索を開始したそうだ。
これは、朗報だった。
成人の失踪者はまず、自分からいなくなったものとして殆ど捜索して貰えないことが多いからだ。
白い封筒が、月隠家に届けられたのは失踪の翌日のことだった。
中身は見覚えのあるペンダント。
帯人が、胸元を握っていた。
胸元に下げられた、揃いのペンダントを。
封筒の中からは、無残に砕けた赤い石とひしゃげた台座が転がり落ちた。
封筒に宛名はなく、直接投函されたものと思われる。
警察が押収していったが、指紋などは検出されなかったそうだ。
2日半、帯人は眠っていない。
凛歌の姿を探して彷徨い歩き、ほんの僅かな時間、工房に立ち寄って身体を休めるのみだ。
砕けたガーネットを握り、虚ろな視線を虚空に彷徨わせている。
アリスとクロックが、しきりに食事を勧めていた。
右手に痛みを感じてみると、自分の右手がみしみし音を立てるほど携帯を握っている。

「馬鹿娘が・・・!」

呟いた声は、果たして誰かの耳に届いたのだろうか?
携帯の中には、あるメールが残っていた。
『指示書・私が今日、戻らなかったら開封すること』
そう、タイトルがついている。
履歴に残された時刻からして、発信されたのは恐らく、凛歌が職場を出る直前であろう。
『指示1・帯人に逢ったら、『ファウスト』と発音して聞かせること』
無機質な文字が、無機質に整列している。
はっきり言おう、意味がわからない。
思わず頭上を仰ぐと、無機質な天井が視界に入った。


まる一日ぶりに『愛娘』の部屋を訪問すると、やつれた顔の中で夜色の眼だけがぎろりとこちらを睨んだ。

「おやおや、随分とやつれたようじゃないか。アカイト、お前はペットに餌をやらない主義なのかい?」

「食わねぇんだよ。水すら飲まない。」

『愛娘』はちらりとアカイトを見、ぼそりと呟いた。

「敵陣に監禁された状態で、何かを口に入れようと思うほうが阿呆だと思うがな。貴様のような腹黒狸の陣地じゃ特に。」

だがしかし、その顔は何かに耐えるような表情をたたえている。

「だがそれよりも・・・・・・。」

ぽつっ、と零す。

「辛そうなメニューは無理だ。絶対。ハバネロ入り麻婆豆腐とか、絶ッ対ェ無理。ってか、目の前で『暴君ハバ○ロ』とか食われるとマジ食欲失せるから。」

暫し、その場の全員に、非常に重々しい沈黙が降りる。
それはもう、この場に重力の神が顕現でもしたかというくらい、重々しい沈黙が。

「あ・・・糖分不足で眩暈してきた・・・。」

かくん、と『愛娘』の頭部が落ちる。
ぎぎぎぎぎっ、とアカイトがぎこちなくこちらを向いた。

「なぁマスター、凛歌ちゃんってもしかして・・・。」

「知らなかったようだから教えてあげよう。愛娘が餓死するのも面白くないしね・・・・・・察しのとおり、激甘党だ。」

あぁ、哀しきかな嗜好の違い。
わたしの『愛娘』と使い魔の味覚が、これほどまで両極端であろうとは。

「信じらんねぇ・・・どんな食生活送ってたんだよ・・・。」

「お前、に比べれば、他のどんな奴でも、かなりマトモな食生活に見えると思うが・・・。」

「・・・・・・同感だね。わたしの食事まで激辛にしないでほしいな。」

『愛娘』はそれきりこちらへの興味を失ったらしく、わかりやすい無視の手段としてぼそぼそと何事かを呟き始めた。

「『昔々、この世界には、薔薇は白い花しかありませんでした。
ある所に、庭師がいました。
庭師は広大な庭園を管理しています。
庭園に咲くのは、いずれも見事な白薔薇でした。
初雪のように一点の曇りも穢れもない白い色。
ベルベットのような手触りの花びら。
艶やかなグリーンの枝葉に、ツンと尖った形のいい棘。
白い薔薇は、庭師の自慢でした。
でも、人々は言いました。
「白い薔薇、見飽きちゃったね。」
「赤かったら、もっといいのにね。」』」

どうやら物語であるらしいそれは、記憶のまだ新しい場所に引っかかっていた。

「ずっとこの調子なんだよ・・・。」

「これは、それが作った寓話だったはずだ。確かタイトルは・・・『白い薔薇、赤い薔薇』。」

薔薇という美しい響きとは裏腹に、それは陰惨で、どこか子供じみた残酷な物語であったはずだ。

「『白い薔薇を赤くする方法は、ひとつだけありました。
棘だらけの薔薇の蔓を身体に巻きつけて、自分の血を吸わせるのです。
庭師は、人々の期待に応えようと腕に、足に、胸に、腹に、首に、棘だらけの蔓を巻きつけて薔薇に血を吸わせました。
人々は大いに喜び、もっともっとと赤薔薇をせがみました。
庭師の痛みも知らずに。
血で染めた薔薇は、すぐに色が薄れてしまいます。
薔薇の赤い色を保つために、庭師は血を与え続けるしかなかったのです。
庭師は、人々にせがまれるままに次々と白薔薇を赤く変えました。
体中の傷の痛みに耐えながら。
そして、だんだんと弱っていきました。
庭師の管理する庭園は、赤薔薇ばかりになりました。
赤薔薇に囲まれて、庭師は虫の息でした。』・・・。」

「マジで、ずっとこの調子。さっきまではホトトギスの話?だったかをブツブツブツブツやってた。せめて髪ぐらい洗ってやろうかってのにバタバタ暴れるし。」

「・・・・・・だろうね。」

『愛娘』の性格を考えれば、当然のことだが。

「なぁ、そんなにあの貧相な『片目』のほうがいいわけ?マスターの『記録球(メモリーズオーヴ)』に残ってる記録じゃさ、あの『片目』に身体洗わせてたよな?」

『愛娘』の目の前に屈んだアカイトが、その顔を覗き込む。

「面白くねぇよなぁ・・・いっそのこと、殺(バラ)しちまうか。あの『片目』。」

ぎろり、と薄暗い中で何かが瞬いた。
薄暗い室内よりまだ暗い、夜色の眼光だ。
それに気付かず、上機嫌で自分の案に頷くアカイト。

「ギリギリまで痛めつけて、ここまで連れてきてやるよ。サロメのヨハネみたいに首ちょんぎって、銀の盆に乗っけて献上してやる。な?」

アカイトがやつれた頬に触れようとした次の一刹那のことであった。
胡桃を砕く頑丈な歯と、強靭な顎がその手を捉え、思い切り上下に噛み合わさったのだ。
ぎちり、と小さな顎の骨と大きな手の骨が軋む音が、ここまで聞こえた。
ばしん、と乾いた音。
頬を赤く腫らした『愛娘』は、アカイトに冷ややかな視線を向けていた。
唇が切れたのか、口の端から緋色が僅かに零れている。

「上ぉ等ぉ・・・。」

ゆらり、と立つアカイト。
その眼にある種の凶暴性を確認し、立ち上がる。

「あまり見ていて愉快ではない光景だろうから退席するよ。あまり『愛娘』の身体を傷つけないでおくれよ?せっかく苦労して作った・・・。」

見せ付けるように口元に笑みを形作る。

「ホムンクルスなのだから。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 7 『Homunculus』

だいぶ日があいてしまいましたが、欠陥品の手で触れ合って・第二楽章7話、『Homunculus』をお送りいたしました。
副題は読んで字のごとく『ホムンクルス』です。魔術・錬金術で産み出される人工生命体です。わからない方は出来ればウィキってください。
因みにうp主はシャ○ウオブメモリーズ大好きですが、この作品に赤い石は出てきません。
さて、今回は保護者組みの視点となっていますが、どうでしょうか?

それでは、ここまで読んで下さりありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。

閲覧数:252

投稿日:2009/06/18 01:33:53

文字数:2,919文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • アリス・ブラウ

    髑髏くん様>
    コメントありがとうございます。
    それでは暫し、アカイトの鬼畜ぶりをご堪能下さいまし♪

    2009/06/19 01:04:50

  • dkbooy

    dkbooy

    ご意見・ご感想

    久しぶりの作品だったのでとても嬉しかったです♪

    アリスさんのアカイト好きだ////

    2009/06/18 07:51:39

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