他愛のない話は心配事を薄めてくれる。いつの間にかいつもどおりの和やかな酒宴へと空気がもどってきていた。その様子を寝転がったまま聞いていたルカは、けれど。と思った。
 カイトのことを案じた瞬間。メイコの握り締めた拳は一瞬だけど震えていて。いつもみんなのことを支えてくれる姉が、時に叱って時に笑い飛ばしてくれて、時に抱きしめてくれるメイコが、震えていて。
 いつも大輪の花のように鮮やかに力強いメイコが、ただ為すすべもなく、堪えるように拳を握り締めながらも震えていた。だから。
 眠気はもう、どこかに行ってしまっていた。
「姉さん。私が兄さんに姉さんの気持ちを届けるわ」
ばさり、とかけられていたブランケットを捲くりあげて、ルカは跳ね起きた。
 突然のルカの寝起きに、酒を酌み交わしていたメイコと結子がびくりと大きく体を震わした。特に傍らにいたメイコは驚きのあまり横に並べていた酒の空き瓶を数本なぎ倒してしまったほどだ。ごとんからん、と空き瓶が転がる音が響き渡る。
「な、何、ルカ? 何事?」
「今、ルカさんのオンオフのスイッチ具合がすごかった……ふ、ふふ、動画にでもとっておけばよかった……」
驚きのあまり笑いのツボに入ってしまったのか、ふふふ、と陽気に笑い出した結子にメイコもまた釣られて笑う。
「もールカ、どうしたの? もしかして寝ぼけてる?」
そう笑いながら言って、まあ落ち着きなさい、とメイコがルカの手を引いた。
「座りなさいルカ。どうしたの急に」
そう言いながら自分の隣に座らせて、メイコが安心させるようにルカの肩にブランケットをかけた。
 先程までの深刻な空気はもうそこにはなく、あるのは酔った女たちの朗らかに堕落した気配。メイコと結子の間では、カイトを心配する話題は既に過去のもので、不安はくすぶっているけれど胸の奥にきちんと収めてしまっていた。
 そうやって不安に折り合いをつけて、日々の他愛のないことで上手に包み込んでしまうことができる人が、きっと大人と呼ぶべき人たちなのだろう。けれど、ルカは二人のように器用ではない。生じた感情に折り合いをつけるすべを持っていない。姉が震える姿をなんとかしたいと願う、痛みにも似た大きな気持ちを持て余し、ルカは泣き出しそうになっていた。
「何。本当にどうしたの?怖い夢でも見た?」
そう言って途方にくれているルカを宥めるように、撫でる。その優しい手に口をへの字にしながらルカは子供のようにかぶりを振った。
「ちがうの。決めたのよ。姉さんが震えてるから、私、ちゃんと姉さんの気持ちを兄さんに伝えるって、決めたの」
「だから、なにを言っ…」
ルカの言葉を苦笑しながら聞いていたメイコが、その言葉の意味に気がついて固まった。バグでも発生したのでは、というくらい綺麗に動きが止まった。画面の向こう側で、その様子を見ていた結子も何かを察したようだ。もしかして、とおそるおそるといった調子でルカに訊いてきた。
「もしかして、ルカさん。メイコさんの話、聞いていた?」
その問い掛けに素直に頷きかけたルカは、しかし、はたとその瞬間に気がついた。
 そうだった。兄さんが姉さんに告白した話は、そもそも聞いてはいけない話だった。ここで話してしまってはせっかくの寝たふりも水の泡だ。
 慌ててルカは頷きかけていた首を大きく横に振った。なんとかごまかさないと、と焦りながら口を開く。
「ええと、ええと、兄さんが姉さんに好きって言った話とか、姉さんが兄さんに返事をしなかった話とか、何もかも全部、聞いていないわ。大丈夫よ」
必死にルカがそう否定をした瞬間。固まっていたメイコが真っ青になり、そして次には真っ赤になった。そんなメイコの様子に、大丈夫?とルカが訊くよりも先に、へなへなと崩れ落ちるように丸くなって震えだした。
「……穴掘ってその中に潜り込んで埋まってしまいたい……」
ぷるぷると、先程は別種のいたたまれなさからメイコが小さくなって震える。そんなメイコに結子が複雑な笑みを浮かべた。
「まあ、ルカさんは何も聞いていなかった。ってことだから。何も聞いていないって本人がそう言ってるんだから。ね、メイコさん、よかった、ね?」
結子のフォローに、しかしメイコはぷるぷると震えながら、全然良くないと呻くばかりだった。

………
 さや、と風が吹いた。長い話を終えたルカと、長い話を聞き終えたがくぽはどちらともなく、すっかりぬるくなってしまったお茶を飲んだ。
「あの時から、姉さん、私のことを避けているみたいなの……」
ことん、と飲みほした湯呑を傍らに置いて、ルカは首をかしげた。何か他にも心配事があるのかしら、と姉の様子を案じるルカに、がくぽは静かに首を横に振った。
「ルカ殿。メイコ殿の事はしばらくはそっとしていたほうが良いと思うぞ」
ともすれば、心配のあまりメイコのことを執拗に追いかけてしまいそうなルカの事をがくぽがやんわりと諭す。
 このおうちのルカさんは天然。それは一緒に暮らす仲間だけでなく、色々な繋がりで知り合ったほかのアプリ達からもよく言われる言葉であった。だが、今この時ほどに、ルカの天然兵器っぷりを実感したことはない。メイコの苦労を察しながらがくぽもまた、お茶を飲み干した。
 ルカの話は、長い長い話だった。そしてなかなかどうしてがっつりとした話であった。そろそろ昼食の時間なのだが、なんだか話を聞いていただけでお腹がいっぱいである。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

るかとがくぽの日向ぼっこ・5

閲覧数:163

投稿日:2014/01/24 22:59:07

文字数:2,242文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました