「・・・・・・ひろき。」
 「なんだい?」
 「どれくらい、どれくらいねむるんだ?」
 「一週間ぐらいかな・・・・・・でも大丈夫。眠っている間は分からないから、君に取っては一瞬だよ。」
 「そうか・・・・・・。」
 「次に目覚めたときには、君はきっと自由な手足を手に入れてる。だから、安心して。」
 「わかってる。ひろきをしんじてる。」
 「うん。ありがとう。じゃあ、おやすみミク。」
 「おやすみ・・・・・・ひろき・・・・・・。」
 
 ◆◇◆◇◆◇
 
 静寂に包まれた私室に騒々しい足音が乗り出し、次の瞬間、玄関からけたたましくインターホンの音が飛び出した。
 まるで子供のようにインターホンを連打する行動は、一体誰が訪れたのか、ということを安易に想像させた。
 呆れ返りながらドアを開けると、そこにはいつもの悪友がいつもの笑みを浮かべていた。
 「よう大佐。来てやったぜ。」
 「ついに来ましたね?」
 私もまた苦笑を浮かべて答えた。
 部屋に招き入れられるなり、彼は上着を脱ぎ捨てソファーの上に身を投げ倒し、気持よさそうに寝返った。もはや流石とも言える図々しさである。 
 「いやぁーいい部屋じゃん。大佐クラスともなると待遇いいねー。俺なんて100キロも輸送トラックに揺られてきたもんだから全身ガタガタだよ。まったく、俺は重要な要人様だってのに。」
 早速人の部屋で傍若無人にもソファーに横たわり愚痴を垂れるランスに、私は快くコーヒーを入れていた。如何に図々しいと言えど、貴重な品の数々が無事この基地まで送り届けられは、紛れもない彼のおかげだった。
 「長旅ご苦労でした、ランス。それと例の試作品や積荷の輸送も感謝しますよ。プロジェクトの要となる代物をここまで護送するのは骨が折れたでしょう。」
 「まったくな。」
 短く答えた瞬間、ランスの腕がティーカップを掴み上げまだ熱湯のはずのブラックコーヒーを一呑みに口の中に放り込んだ。彼の喉許から露骨に品のない音が響く。
 「まぁことが全て順調に進んでいりゃ俺は構わないんだけど。例の黒髪の少女はどうだ?」
 「早朝から網走博士を含めた研究開発チームによって、急ピッチで解析と改造が進んでいます。もしかしたら予定より早く完成するかも知れませんね。」
 「なるほど、そんで噂の強化人間か。なんだかもうお祭り状態だな。」
 無邪気に笑うランス。その様は良くも悪くも純粋な心なのだろうと思わせる。
 「そうですね。私も楽しみになってきた。もっと大きなお祭りが近づいて来ているので。」
 「もっと大きなか?」
 興味深々な視線を向けるランスに、私は懐から新聞の切り抜きを差し出した。
 そこには、日本海を挟んで隣接する国、興国の政界に激変が訪れたことの記事が掲載されていた。第一面の大きな活字で記されているなど、誌面は事の重大性を物語っていた。
 「・・・・・・興国が本格的な軍事政権化?」
 「そう。近年日本との関係が悪化していた興国政府の政治家一部の和平推進が一気に粛清され、大規模な軍拡が開始され、それと和平推進の重鎮であった興国首相、キョン・テ・ファン総書記が突如疾走し、それに成り代わる形で軍拡派の集まりが非常に迅速な対応で興国の政界を納めました。」
 「・・・・・・あからさまだなぁ。今になって何がしたいんだあの国は。日本に戦争でも仕掛ける気か。」
 「そうなんですよ。」
 私が答えた瞬間、彼の動きが一瞬停止した。 
 「・・・・・・もっと大きなお祭りって、そういう事かよ。」
 「例の計画や強化人間、クリプトンが提供する新技術、これらは全て実戦を経験する必要がありましてね。興国の方も、記事にある通り新しく興国政府に出現した軍拡の一派の中には、日系人も多く含まれているのです。私の憶測ではありますが、もしかしたら内外共に準備を進めているのかも知れませんね。」
 「ハハッ・・・・・・戦争ねぇ。そいつは面白そうだ。」
 白い天井を見上げなから、ランスは上機嫌な顔をしていた。いずれ体験することとして胸を馳せているのか、それと現実味ない話として楽しんだのか、彼の瞳は確かに胸を馳せていると語っていたが、それ以上は何も見えなかった。私も、この事態をどう受け止めたら良いかは曖昧な判断しかできなかった。尤もどうでもいいことではあるが、仕事として割り切ることは、到底できそうになかった。 
 次の瞬間、彼は突然ソファーから身を起こし素早く上着を羽織った。
 「・・・・・・さて、ゴロゴロしててもしょうがない。休憩の時間も終わりだ。大佐。アンタに来てもらわなきゃしょうがない。」
 「積荷の確認ですね?」
 「そうだ。第一兵器庫に届いている。」
 「わかりました。」
 戦争―人命が機関銃から放たれる弾丸の如く消費されるその行為に、我々は非現実的な意識を持つが、いざ直面した時何を想うのだろうかと、私は想像もできない。直前まで迫った今この瞬間でも。
 私は所詮ポーンを動かす役目か、単なる傍観者に過ぎないだろう。しかし、この言葉に出来ない感慨深さは、曖昧ながら胸中の中で靄ように残った。彼の表情また、私と同じように曖昧な感情を表すかのような笑みを浮かべていた。
 「そうそう、いい忘れてたが、クリプトンからカワイイゲストが来てるぜ。」
 
 ◆◇◆◇◆◇
 
 体が痛む。重みのない場所を、音よりも早く移動するたびに、手も足も体も頭も、見えない何かに締め付けられ、軋む音を立てて痛がる。体の中で何かが激しくもがき苦しんでいる。
 <<右旋回。過重負荷、10G。>>
 神経が痛む。電気が走って、ビリビリする。頭の中に電気が大量に流れこんで、その中から自分は何かを理解してる。
 <<距離、30マイル。高度、6000フィート、低空。方角、12時。識別、アンノウン。状態、交戦>>
 いろんな曲線で流れる電気が、そんな事を喋っている。それにしたがって、体が電気に覆われて、無意識に動いてる。
 <<照準、アイサイトモード。兵装、AAM-12。マスターアーム、解除。シーカー、冷却完了。目標補足、準備完了。>>
 いいや、頭の中で電気が喋り、それを自分がオウム返しに呟いている。
 電気の言うように、突き動かされてる。青い空に浮かぶ「目標」というものを、ひたすら手順を踏んで、爆発させていくだけ。
 <<ファイア。>>
 また白い煙が「目標」めがけて飛んでいく。「目標」に煙が届くと「目標」はオレンジ色に光り爆発する。それは青空に咲いた花のようで、それを観るたびに、何か頭の中で溢れ出して、体に染み渡る感じで、痛みが少しだけなくなった。
 この綺麗な花を見たのはこれで15回目。確かこれで、終わり。
 <<目標の撃墜を確認。規定数の撃墜を確認。シミュレーションを終了する。SG-1、神経接続をカット。装置が完全に停止するまで待機せよ。>>
 <<了解。>>
 そして何も見えなくなった。ディスプレイもモニターも光を消して、暗くなって、電源とモーターの音が消えて、シューッと空気が噴き出す音がして、上から微かな光が差し込んでいた。 
 またこの風景。空を飛んでいたはずなのに、最後はこんな暗い場所で目が覚める。夢の世界の出来事なのだと、思う時があった。
 でもこの痛みは夢じゃない。骨の軋む音も、頭に流れてくる電流も夢じゃない。あの綺麗なオレンジの花も。これでは全然空を飛んでない。本当なら、もっと、もっと気持がいいはずなのに。これはただの真似事なんだ。
 ヘルメットを外すと、体から力が抜けた。まだ体が電気の言う事を聞いて自分の言うことを無視してるみたいだった。思うどおりに動かない。
 ふらふらとシミュレーターのコックピットから歩くと、足音が近づいてきた。
 「あ、あの、大丈夫ですか? すごく苦しそうで・・・・・・。」 
 そして話しかけてきた。顔は見えない、初めて聞く不思議な声。すごく高い。今まで話してきた人間達は、誰もこんな声ではない。それに、この変わった喋り方。ただ言葉を出しているだけじゃない。もっと何かを言いたそうな、そんな気がする。
 「ええと・・・・・・私は・・・・・・。」
 何かを言いたそうにしている。でもこっちからは何も言えない。喋ろうとすると、口がまだ思うように動かない。今日はいつもより体が重い。こんな暗いところで、毎日痛みばかり感じていたら、そのうちどうかなってしまいそうな、気もする。
 自然に体が動いて、というより崩れて、膝と手をついた。
 「あの、これを・・・・・・。」
 その人が、顔の前に茶色のビンを差し出した。これはよく知っている。中の液体を飲むと痛みが薄くなる、というだけ。
 その手からビンを受け取りいつものように飲み干すと、ようやく頭の中から電気が抜けだしていった。
 「フーッ・・・・・・。」
 「落ち着きました?」  
 でも、まだ立ち上がることはできない。電気と痛みが消えても、体はまだ、思うように動かない。
 「辛いんですね・・・・・・どうしてこんなことを・・・・・・。」 
 肩に変な感触が触れた。温かく、柔らかい。今まで感じたことのない。感触と、感覚と、気持ちを感じる。
 これは一体何だ? この人は? いや、何なのだろう。 
 「博士。本社と軍の幹部の方がお呼びです。」 
 「あ、はい。今行きます。・・・・・・また今度、会いましょう。」 
 あの感触が離れ、足音が、遠ざかっていく。もう少しだけ、あの感触を感じていたいと思った。生まれて初めて自分から何かを望んだ。あの感触を、あの声を。 
 何か新しいものが生まれた。痛みでも電気に背を向けて逃げるように、あれを求める気持ちが。

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Eye with you第二十三話「盲目的」

ボカロ成分を補給せんといかんでしょうね。

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閲覧数:141

投稿日:2010/09/24 00:52:01

文字数:3,996文字

カテゴリ:小説

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