その日、カノンはなんだか難しそうな顔をしながら勉強机の前に座り込んで、
作りかけの魔法少女の衣装を眺めていた。
「なんでおねぇちゃんってあんなにハートマークが好きなんだろ…?」
何やらブツブツと文句を垂れながら彼女はとある2着のコスチュームを思い浮かべる。
1つは定番の魔法少女風の衣装で胸に大きなピンクのハートが付けられており、
もう1つはバンドの舞台衣装、そちらは胸の真ん中がハート型に小さく切り抜かれていた。
それらはどちらも高校の時分に姉のリズムが自作したものだ。
「あと問題はやっぱり腰と肩の部分…。」
彼女はそう言って机の上の用紙に何か書き込みをしていく。
・魔法少女の服:フリル状のスカートが開き過ぎ
・バンド衣装:腋が剥き出しのデザインは恥ずかしい
別にカノンはハートマークやフリルの意匠が嫌いという訳ではなかった、
ただあまりにあからさまな使い方は安直過ぎるというか、どうにも子供っぽい印象が拭えなかったのだ。
例えるならば、男の子が胸にライオンの顔のデザインされたロボットを幼稚だと感じるようなものだと言えば分かりやすいだろう。
また、2000年代中頃からネットの一部で流行し出した肩出し衣装のデザインについても彼女は否定的だった。
年に数回着る程度の服の為に、なぜ永久脱毛の必要性まで考えなければならないのか?
ペンを握ったカノンは少し顔を赤くして目を細めながらそんな事を考えていた。
恐らくそのような剥き出しの肩は現実の人間ではなく、ヴァーチャルのキャラクターが着る事を想定したデザインなのだ。
3Dのモデリングを行う場合、肩に装飾が多いと可動に都合が悪く複数のポリゴンが合わさって全体の形が崩れてしまいがちになる。
それを避ける為に黎明期の人物モデルはあえて最初から剥き出しのコスチュームが考案され、挙動が怪しくなる問題をクリアしていたのだろうと考えられた。
煮え切らない私が二階の自室から出て階段を降りると、下で誰かが掃除機をかけている音が聞こえて来る。
客間の方を覗いて見ると、そこでは我が家に下宿しているA子の後ろ姿があった。
「フンフン、フフーン♪」
彼女は鼻歌混じりに可愛らしいエプロンドレス姿で部屋の掃除をしている。
A子がメイドの衣装を着ていても違和感が無いのは、曲がりなりにも家政婦をやっているからだろう。
どんなファッションであれ、TPOを弁える事が重要なのだとカノンは考えていた。
分かり易く言えば、サブカルチャー関連のイベントでコスプレ衣装が許容されているのと同じ事である。
巫女服なんかにしても神社の手伝いをしているからこそ、その異質な格好が不自然にならないのだ。
彼女はリビングで新聞に挟まったアパレルショップのチラシを探し出すと、掲載された広告の品に目を通していく。
「…つまんない。」
カノンは少しむくれながらそう呟いた。
昔の日本では庶民の衣服と言えば着物・和服だった、それが現代は時代の流れにより洋服が主流のファッションとなって久しい。
しかし彼女が今着ている服装だって100年も前の人には奇妙な目で映るだろうし、
逆に魔法少女のコスチュームが100年後の世の中では当たり前のように受け入れられている可能性だってあるかもしれない。
極端な事を言えば、日本人が西洋の衣服を着る事自体がコスプレだと言う見方も出来る。
ではなぜ一般的な洋服は許されてメイド服等は疎んじられるのか?
なぜ私は魔法少女の衣装に無闇に惹かれているのだろうか?
もちろん過去は過去、未来は未来、今は今である以上、人はその流れに身を任せていくしかないのだろうけれど。
「はぁ…。」
再び自室へ戻ったカノンはベットに寝転がると軽く溜め息を吐いた。
服など多少地味でも機能的で動き易いものであれば良いという考え方もある、
ならばいっそ体操ジャージで過ごすか?と聞かれれば彼女の答えはノーだった。
私は単に普通のお洒落がしたいのだ。
それだけの事なのになぜここまで面倒臭い事を考えなければならないのか?
否、それこそが身だしなみに情熱を燃やす乙女の矜持という物なのであろう。
カノンは寝床の傍に置いてあった写真立てを手に取ると、無言でその中の記念写真に目をやった。
部活のメンバーに並んで胸にハートの孔を開けたサイドテールの女の子が優しそうに笑っている。
確かにバンドの衣装を着るのは恥ずかしかったけれど、
みんなと一緒に曲を弾いたのは今でも良い思い出だ。
姉のリズムが妹を部活に誘ってくれなければ、私の高校生活はもっと地味で味気ないものだったに違いない。
少し悔しい気持ちもあるが、それは紛れもない事実のように思えた。
さらに彼女は壁に飾ってある何枚かの写真に視線を移していく。
その内の一枚に学校の夏服を着て3人の先輩と一緒に写っているものがあった。
胸にリボンを付けたお揃いの白いワンピース型の衣装。
カノンが一人だけ赤いリボンなのは学年によって色が変えられていたからなのだが、
他にも彼女の制服にだけスカート周りに然り気無くフリルが付け足されていた。
それを見て少し嫌な事を思い出したカノンはいそいそと布団の中へと潜り込む。
そう、当時の私はその学生服に何かが決定的に足りていないと感じていた。
「なーんであんな余計な事しちゃったのかな…。」
甲羅に籠った亀のように丸まりながら、彼女は思わず後悔の念を口から漏らした。
つまるところカノンはその高校生の時の夏服が…、
胸に赤いリボンをあしらった白いワンピースがとても気に入っていて、
それで制服にちょっとだけ手を加えたのだ。
在学中はどちらかと言えば優等生の部類でいつもは気弱な癖に、
負けん気が思いの外強く、たまに自分のセンスを信じて直情的になってしまう。
校則に反して少しばかりのスリルを味わってみたいと生意気に思ったりする事だってある。
だがこういう所が嫌われて爪弾きにされる原因なのだと、今にして思えば理解できた。
恐らく、常になんにでも積極的なリズムならこうはならなかっただろうに。
「どうせ私は、泣き虫ダメ女なんだ。」
彼女は朧気に掘り起こされる記憶によってトラウマを刺激されながら幸薄そうに部屋の天井を見つめていた。
別の国の文化を押し付けて自分達の都合で線引きをしておいて、後から性的だ何だと注文を付けて排除しにかかる。
私はそんな戦後日本の価値観に一石を通じたい…なんて事は彼女が今考えた屁理屈なのだけれど。
カノンには所々そういうヒステリックな面があったのかもしれない。
彼女が時たま変な所で泣き出してしまうのも、きっとそういう事なのだ。
そこまで着る物に強く拘るなら、いっそ1から全部自分でデザインしてみればいい。
そう一念発起してカノンは試しに前述の魔法少女の衣装を作ってみたものの、
実際にやってみるとこれがなかなかにお金が掛かった。
もしかしたら私達に用意された演奏用の舞台衣装があんな感じだったのは、
できるだけ安価で済ませようとした姉の苦心の末だったのかもしれない。
寝床で横になりながら彼女は何着もの衣服が収められたタンスの方に顔を向けた。
「お金だけじゃなく、収納スペースの問題だってあるんだよねぇ…。」
そうするとオリジナルの要素は全体の一部だけにして、残りは他の服と組み合わせて
着回せられるようにした方が効率が良いのでは無いだろうか?
考え方としては過激なビキニ水着の腰にパレオを巻いて少し上品な感じにアレンジしたりするような手法だ。
既存の衣服に手足の装飾等を加えて魔法少女やアイドルのコスチュームっぽく仕立てるようなイメージ、
いわゆるファッション・コーディネートというヤツである。
だが現実にそれをやると、所謂地雷系ファッションと呼ばれる物になるような気がする。
カノンの脳内に小さなアイディアはコロコロと生まれて来るが、いくら考えても答えは出なかった。
まず実際に紙に描き起こしてみなければ…?いや、絵に示しても正解は中々見つからないだろう。
悩みに悶えながら彼女は両手で思い切り毛布を手繰り寄せて頭に被った。
すると暗闇の中でカノンは、以前姉の為に白無垢の衣装をデザインしていた事を思い出す。
そういえば、あのアイディアスケッチは一体何処に仕舞ったのだったか…。
そのような事を乱雑に考えながら、彼女は温かくなった布団の中でウトウトとして、
虚ろいながらゆっくりと半目を閉じて微睡みの中へその意識を落としていった。
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