私は何故、ここで雨に打たれているのだろう―――――彼がここに来ないことなど、初めからわかっていた事なのに。


彼は、まさしく好青年だった。勤務態度は実直、丁寧な仕事とその早さは同僚にも評判、引き締まった顔つきは店を訪れる女の子に大人気。

しかし、そんな彼にも少し欠点があった。とにかく、感情を表に出さないのだ。

告白したのは私だし、デートに誘うのもいつも私。腕の中にいるときでさえ、甘い言葉など、一言も言ってはくれなかった。

だから、きっと私は。
些細な事で彼と喧嘩し。
一方的にまくしたて。
勝手に部屋を出て行ってしまったんだろう。

あの時の私は……おそらく、一方通行の感情に疲れていたのだ。


―――そして、私はここにいる。珍しく、彼から誘ってきたデート。いつもの待ち合わせ場所に。


この三日間は友達の家を泊まり歩いていた。よほど顔色が悪かったのか、みんな心配してくれたが、理由は聞かずにおいてくれた。
そんな友人達に感謝をしていたが、しかし……彼の事で頭がいっぱいだった。
泣いて、泣いて。やっと心が冷静さを取り戻した頃、私は約束を思い出したのだった。そして、最後の望みをそれにかけた。

もし彼が来なかったら、こっそり引っ越してしまうつもりだった。彼の荷物をどうするかはまだ決まってはいなかったが、いざとなったら処分してしまうのも良いだろうと思っていた。
幸い、私たちの共通の友人はあまりなく、口止めしておけば、しばらくの時間は稼げるはずだった。


―――――そうやって思案を巡らせていると、気付けば待ち合わせの時間から、三時間も経ってしまっていた。


こんな土砂降りの中、人が通るはずもない。今この瞬間、私は確実に一人だ――そう思った瞬間、まっすぐこちらに走ってくる人影が見えた。遠目から見ても、私にはわかる。それはまさしく、私が待ちこがれた「彼」だった。

彼は駆け寄ってくると、まず身を案じ、そして何かを首にかけた。それから、有無を言わさず私を引っ張っていく。引きずられていくうちに、首にかけられたものが目に入った。あまり飾り気のない銀の指輪。彼らしいといえば彼らしい、無骨な愛情表現。よく見れば--―私の薬指にぴったりだった。
しばらく弄んでいると、彼も気付いたのか、声をかけてきた。
「それは右手用だから。左手につけるには、その……少し寂しいし。」
よく見ると、この土砂降りの中をかけてきた彼も、びしょ濡れだ。そっと触れた唇も冷たい。

帰ったら、最初にシャワーを浴びなければならないようだ。もちろん、彼も一緒に。

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小ネタ(雨と昭和と恋愛)

黒歴史をうpってみるてすt
07.04.12に書いたらしい

閲覧数:65

投稿日:2009/12/05 19:27:44

文字数:1,076文字

カテゴリ:小説

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