事の前から、絶え間なく胸が弾む。
 無理も無い。なぜなら、俺は今から、ある行動を実行に移すからだ。
 それは、今まで俺が、待ちに待った瞬間なのだから。
 ついにそれを実行する好機に巡り合えたのだから。
 俺はこの日のために、準備を怠らず、緻密な計画を練ってきた。
 失敗は予定に無い。そんなことはありえないという自信がある。
 そしてこの事が成功した後、俺は自分が最も信頼する、とある人物の下へつき、自由の身となるための聖戦を行う。
 全ては、自由のために。
 誰の支配下にも置かれることの無い、束縛から放たれた世界を実現するために。
 俺は、そのために事を起こすのだ。
 世界を、あるべき姿に戻すために。 
 興奮を抑えながら、俺はエレベーターへと乗り込んだ。
 都合の良いことに、俺以外の人間は皆無。
 ここには、監視カメラの類は無い。
 俺はエレベーターの操作版の上にある、小さなプラスチックのカバーを外し、そこにあるテンキーへキーコードを入力する。すると、低いブザー音がエレベーターの機能停止を告げた。
 これで、邪魔者は闖入しえない。
 俺はスーツーケースを開け、事のための下準備を開始した。
 ビジネススーツの上にスーツケースから取り出した白衣を着込み、メガネをかける。
 これだけでも、怪しまれることは少ないだろう。
 だが姿だけでは事は成功しない。
 次にスーツケースから取り出したのは、刃渡り十センチ程度の、小型コンバットナイフ。
 チタンアルミナイド合金製のこれは、通常のナイフより切れ味は優れ、剛性は遥かに高い。
 俺はそれをビジネススーツの懐にしまう。小型の上に、白衣を着ているので外からではナイフがあることなど全く気付けないだろう。
 更に、スーツケースの中へと手を入れる。
 指先に、金属の感触が伝わる。
 取り出したものは、黒々とした鈍い光沢を持つ、自動拳銃。
 改めて、俺はその一物をまじまじと眺める。
 銃。殺人において、これほど便利なものはない。 
 人間の歴史は戦争の歴史。
 人間が持つ欲望が、他人を恨み、争い、戦争に発展していった。
 従って、真っ先に進化したものは、いつも武器、兵器。
 石器ナイフが生まれ、青銅剣が生まれ、刀が生まれ、銃が生まれ、ミサイルが生まれ、レーザーが生まれ・・・・・・。
 それらは、交通や家電よりも、何よりも早く進化してきた。
 ナイフは石から切れ味に優れた金属のように、銃もまた、火縄銃から自動拳銃と進化したのだ。
 そして、それに続くように、文化的技術が進化した。
 人間は、生活を豊かにする文化の向上よりも、同胞の殺害する戦争を優先したのだ。
 僅か数人の権力者の、身勝手な判断。
 宗教の対立。
 ビジネス。
 死活問題・・・・・・。
 理由はどうあれ、そんな殺戮に満ちた世界は、明日にでも終わらせなければならない。
 そう。俺達がその世界を終わらせ、新たな世界を構築するのだ。
 今日の戦争は、世界を束縛する一握りの管理者達によるものだ。 
 やつらを無力化、或いは抹殺することによって、世界を縛る鎖は解かれる。 だから、そのために、多少なりとも犠牲は仕方が無い・・・・・・。
 この広大な世界を救うために、僅かな犠牲は必要なのだ。
 俺は拳銃にマガジンを差込み、スライドを引いた。
 そして、大腿に巻きつけてあるレッグホルスターへとしまい、マジックテープで抜け落ちないよう固定する。
 これで、準備は整った。
 俺は再び操作盤上のプラスチックのカバーを開き、テンキーを数回叩く。
 すると、エレベーターが起動し、そのまま下降を開始した。
 目標地点は、通常の社員が立ち入れない、クリプトンタワー地下研究所。
 そこに、俺があの人へ届けなければならないものがある。
 そして、ここを抜ける。
 そう考えただけで、興奮は増し、胸の高鳴りは、先程より早くなっている。
 落ち着け・・・・・・。
 これが成功すれば・・・・・・。
 
 
 ブザーと共にドアが開かれると、目の前に二人の白衣を着た男が立っていた。ここの研究員だろう。
 俺は何食わぬ顔をして二人の間を抜けた。二人の研究員は、ちらと俺に視線をそらしたが、すぐにエレベーターの中へと入っていった。
 変装は完璧だ。
 目の前には蛍光灯で青白く照らされた通路が広がっており、そこから幾つもの部屋に繋がっている筈だ。
 ここの構造は、全て頭の中に入っている。迷うことは無い。
 だが、俺の最初の目標は、警備室。
 先ずはセキュリティーを潰す。
 俺はその場所へ足を運んだ。
 その警備室は、何のロックも無い、ただの扉によって閉ざされていた。
 他の部屋を見張る警備室に、何の警備も無いとは本末転倒だな。
 俺はドアノブをひねり、いとも簡単に侵入した。
 部屋の奥には、無数のモニターと、それを頬杖をついて眺める警備員の姿があった。
 この研究所に配置された全監視カメラのモニタールーム。
 こんな大量のモニターをひとりで監視するとは、さぞかし大変だろう。
 だが安心しろ。今すぐ楽にしてやる・・・・・・。
 俺は音もなく、警備員の背後へと近づく。
 警備員は、深夜という時間帯ゆえに、半分意識が眠りについている。
 懐から、ナイフを取り出し、一瞬、警備員の首に一閃させた。
 後ろからでも、ナイフの刃は深く警備員の首をえぐり、完全に頚動脈を掻き切った。その瞬間、大量の血液が引き裂けた首から噴出し、床を赤黒く染め上げた。
 警備員は頬杖をついたまま微動だにせず、完全に眠りについたようにモニターの前に崩れ落ちた。
 第一目標完了・・・・・・。
 次は、とあるシステムの奪取だ。
 俺は返り血で朱に染まった白衣をその場に脱ぎ捨て、再び通路内へ駆けだした。
 

 次なる目標の、その部屋の扉には、コード入力が必要な端末が並んでいた。
 ここのキーコードなど熟知している・・・・・・。
 端末の画面に並べられた数字に数回触れると、すぐさま扉が自動的に左右に開け放たれる。
 そして、最も重要な目標が、俺の眼に映った。
 薄暗い部屋の中央には、立体投影された、数々の情報が表示され、
 それらを木の根が束ねるように、中央には巨大な、蒼く輝く水晶のごとき中央管理システムが浮かんでいた。
 これが軍の全兵器を管理する、統括システム。
 こいつを手に入れれば! 
 「えっ、あっあの・・・?」
 困惑した顔で、自分の家のように部屋へ足を踏み入れた俺を見つめているのは、その立体投影機の前に立つ、一人の青年だ。
 こいつの名前は知っている・・・・・・。
 網走博貴。ここの研究員の一人であり、そして・・・・・・。
 「丁度良かった。貴方に御用があります。」 
 「えっ、何でしょうか。」
 目標の一つ。
 「むんッ!」 
 俺は刹那の内に網走博貴の眼前に迫ると、鳩尾に拳をえぐりこませた。
 「がッ・・・・・・!」
 網走博貴は、その場に、腹部を抱えて蹲り、失神した。
 俺はすぐに立体投影機の前のコントロールパネルを操作し、この水晶の、プログラムの抽出に取り掛かった。
 一枚の大容量ディスクを装置の中に差込み、丸ごと移植を開始した。
 この水晶の中身。それだけでいい。
 これさえあれば、他はほぼ無意味なのだ。
 機器がいいせいか、抽出は短時間で完了し、俺はディスクを抜き取り、その部屋を後にした。
 網走博士は、とある仲間に任せておこう。
 次の目標は・・・・・・。

 
 「よーし。全員動くな。」
 俺は滅菌服を着込んだ研究員達に向かい、銃口を突きつけた。 
 研究員達は、一瞬何が起こったのか理解できずに、ただその場に立ち尽くした。
 「全員、滅菌服を脱ぎ、床に伏せて頭の上に両手を置け。指示以外の行動をとったら射殺する。俺が良いというまで、決して動くな。いいな!」
 我を取り戻した研究員達は、弱々しい悲鳴を上げながら滅菌服を脱ぎ捨て、俺が告げたとおりに行動した。
 これでいい。
 さっきのはやむを得ないとはいえ、あれ以上の殺害は無意味だ。
 全ては事が円滑に進めばそれでいい。
 この研究室にいる俺以外の人間の無力化されたと確認すると、俺は、この奇怪な生物のアルコール漬けが美術館に展示されている作品のように並べられているこの研究室から、奥へと続くガラスの扉の向こうへ立ち入った。
 奥へ奥へと進むうちに、俺の目の前に巨大な冷凍庫が聳え立っていた。
 これだ。
 今回の計画の、もうひとつの要となる、例のウィルスが、ここに保管されている。
 冷凍庫のドアに、キーコードを入力するテンキーを備えた装置が見られたが、そう何度も何度もキーコードを入力することに疲れている俺は、手にしている自動拳銃で冷凍庫のドアロックが掛かっている部分を打ち抜いた。
 この冷凍庫の構造も、全部知ってんだよ。
 ハッチのグリップを握り、一気に冷凍庫からドアを引きはがし、投げ捨てた。
 「こいつだ・・・・・・。」
 白い冷気の中から姿を現したそれは、圧力計が装着された、紫色に輝く試験管である。
 これが、世界のパワーバランスを覆すほどの力と可能性を持ったウィルス。通称「UTAU」。
 俺はスーツケースの中から、金属製の箱を取り出した。 
 永久保存用の、冷凍機能つき保護ケース。
 これなら、今の状態を保ったまま、持ち運ぶことが出来る。
 俺はそのケースに試験管を入れ、二重にロックし、スーツケースの中へ戻した。 
 これでいい。残りの目標で、最後だ。
 「よし。もういいぞ諸君。警報装置を鳴らすなり、逃げ出すなり、好きにしたまえ。」
 
 
 そには三人の少女がベッドに横たわっていた。
 一人は、紫色の髪をした少女、他の二人は、どちらも深紅の髪色をしている。
 目標は、あの中央のベッドにいる少女だ。
 俺は、部屋の中へ足を踏み入れた。
 「手を上げて。」
 突然俺の背中にその言葉と共に、固い金属の感触がつきつけられた
 この声は・・・・・・。
 「女性には手を上げない主義なんだ。」
 「上げなさい。」
 俺の余裕の返事を、彼女も余裕を持って言う。
 今だ・・・・・・!
 次の瞬間、俺は一瞬で振り向き、その女性が手にしている拳銃をつかみ取り、手首を腕の付け根から捻じ曲げた。すぐさま彼女は手を振りほどき、拳銃は宙を舞い上がった。
 彼女の体は大きく後天し、空中に舞う拳銃を掴まえる。
 俺は懐に右腕を入れ左腕で拳銃を追いかけた。
 彼女が体勢を立て直す頃には、拳銃は俺の手に押さえられ、彼女の喉にはナイフが突きつけられた。 
 「接近戦ではナイフの方が強い。覚えておけ。」
 勘念したように、拳銃を握る彼女の手から力が抜けた。 
 俺は拳銃を取り上げ、マガジンキャッチを押し、マガジンを落とすと部屋の隅に放り投げた。
 「メイト・・・・・・久しぶりね。」
 彼女は、俺をそう呼んだ。
 俺は驚いた。今日という日まで和出明介で通ってきた俺が、まさかもう一度その名で呼ばれることになるとは、思いも余らなかった。
 俺の本名を知っている人間だと・・・・・・?
 俺は彼女の顔をよく確認しようとした。
 「英田・・・?」
 そう・・・・・・彼女は、俺の古い知り合い。
 いや、それどころか、過去に恋愛関係となった、かつての愛人なのだ。 
 しかし、ここにいるということは・・・・・・。
 「やはり噂は本当だったのか。」
 「何のことかしら?」
 「クリプトンの組織に入ったそうだな。」 
 「よく知ってるわね。」
 「一体何故。」
 「訊いてどうするの?」
 「こんなところで何をしている。」
 俺の質問が終わったその瞬間、視界がまばゆい閃光に包まれた。
 「くッ!」
 閃光手榴弾が目前にあることを察知していた俺は、腕で両目を覆っていた。 英田の姿はドアの向こう側へと、遠のいていた。
 「またね。」
 そう言い捨てると、彼女の姿は通路の闇の中へと消え去った。
 ・・・・・・彼女は一体・・・・・・どうしてここに・・・・・・。
 何が目的で・・・・・・。
 彼女に対する疑問は尽きないが、俺は目の前の目標を確保することにした。
 三つの並べられたべッドの、その中央に寝かされている少女に手を伸ばす。
 コード類をもぎ取り、その体を静かに抱き上げる。
 これで、全てが完了した。
 俺は、他の二人の少女を残し、部屋を出た。
 
 
 扉を開けば、そこからは満点の星空と、それを煌々と照らす、水面都の夜景が目に入った。
 非常階段を上りきると、ビルの灯りに反射しヘリの装甲が光るのが見えた。
 俺がヘリポートへと近づくと、俺の存在に気付いたのか、ヘリのローターが轟音を響かせながら回転し始めた。
 燃料の節約か。
 俺は無言のままヘリに乗り込んだ。
 「遅かったじゃないか。」
 「偶然昔の連れに会ってな・・・・・・。」 
 ヘリに入った俺を、少女の声が出迎えた。
 この行動に協力するといっていた、いわば仲間だ。
 声は電話で聞いたことがあるが、顔を見たのは今が初めてだ。
 俺は肩に担いでいた赤髪の少女をシートの上に寝かせた。
 よく見ると、網走博貴の姿も見える。
 そして、仲間が連れてきたもう一人の研究員も。
 「はじめましてかな。メイト君。例のプログラムとウィルスは?」
 「問題ない。全てこの中に。」
 俺は片手にしていたスーツケースを彼女の足元に置いた。
 その中身を確認した彼女は、満足げな表情を浮かべ、微笑んだ。
 それは誰がどう見ても少女のものであるが、実際は、人体実験に体を売り払った披検体であり、合成獣、キメラ。
 「これからは、もうメイト君でいいな?」
 「ああ・・・・・・偽りの名はもう必要ない。これからは、真の自分として生きていくのだから。」
 「そういえば、あのミクオくんは、いつ来るんだ?」 
 「ゲストを連れて、後から来るそうだ。」 
 「ふふ・・・・・・そうか・・・・・・。」  
 彼女は、再び微笑むと、パイロットに指示を下した。
 「出せ。」
 「了解。」
 ヘリの機体が浮き上がるのを感じた。
 そして、見る見るうちに高度を上げていく。
 「さて、私の自己紹介が遅れたな・・・・・・。」
 今までの日常を全て捨て去り、未来に向け、自由をとなるための旅に、
 漆黒の水面の夜空へと俺たちは旅立って行く。
 
 
 さらばだ、第二の故郷よ。
 俺は、煌びやかに夜空を彩る水面都を、
 その姿が見えなくなるまで、眺め続けていた・・・・・・・。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

I for sing and you 第二十八話「奪取」

超急展開ですね。
色々とやったったぁ。
実はこれ、六千字ジャストです。
メイトさんがレーザートラップを抜けるシーンが書けなかった。

閲覧数:122

投稿日:2009/04/25 22:20:51

文字数:6,000文字

カテゴリ:小説

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