昨日の私は、今日という日も、いつもと変わらない日になると信じて疑いませんでした。
これは、どこからが定められたものだったのでしょう。
私が生まれた時から?
それとも、私が今の店主と出会った時から?
以前の私なら答えが出せたのかもしれませんが、今ではもう、その問いに答えを出すことは叶いません。





#10 オールド・テイルのすべて





大好きだった人が動かなくなって、泣いて、泣いて、泣いて。
わき目も振らず泣き続けて顔を上げた時、そこには見知らぬ男性が立っていました。
第一声は、『そろそろ黙れ』。
彼はガクと名乗り、――そしてガクは元からあったアンティークショップを潰し、新しく店を構えました。
全く同じであり、全く違うお店です。
不思議な力を持っていたガクの手で新たな命を吹き込まれた店は、境界と呼ばれる場所をさまよって大切なモノを探す人々を呼び寄せました。
そして、そんな店を建てた彼もまた、大切なモノを探していました。
彼にこき使われるばかりの、腹立たしい毎日が続きます。
けれど、私はどこか満たされていました。
大切なモノを失った私たちは、きっとどこかで通じていたのです。

本のページがゆっくりめくられた時、私の頭の中ではめまぐるしいほどに記憶が渦を巻いていました。
欠けていた全てを、何故か思い出したのです。
自分自身が何であるのかも。
きっと他人が見れば、今の私の様子はおかしく映るでしょう。
けれど、様子がおかしいのは何も私だけではなく、冷静沈着であるはずの店主も同じでした。

店主は目を見開いて驚きを露にしながら、ゆっくりと視線を本から外しました。
その視線が向かったのは、目の前に佇んでいる女性。
おそらくその両目には、桃色の長い髪をした着物の女性が映りこんでいることでしょう。
私の両目にも、しっかりと彼女が映りこんでいましたから。

それが誰なのかは、容易くわかりました。
見たことはありませんが、わからないはずがありません。
彼女が店主を見る目と店主が彼女を見るその優しい目は、あの恋人同士の依頼人と同じだったのですから。

「――ずっと、待っていたんですよ?」

涼やかな声色。
その目には綺麗すぎる涙が零れ落ちそうなほど溜まっています。
美しい、女性でした。
誰もが羨むほどに。

放心のまま立ち上がった店主は、声をかけてきた女性の手を引っ張っていました。
店主が抱きしめる腕に力を入れるのがわかります。

「こんなところにいたのか、ルカ……」
「ええ……ずっとあなたが追いついてくれる日を夢見ていました」

やっと会えた、と女性の穏やかな声。
その目から、緩やかに涙が零れ落ちました。
体をゆっくり離した2人は、愛しげな目で向かい合います。

少女が一番近くにいる、と言ったのはこういうことだったのです。
確かに、彼女はずっと店主の一番そばにいました。
私よりも、ずっとずっと。
私たちは知らない間に、彼女へ近付いていたのです。

店主の探していた人が見つかったのですから、これは喜ぶべきことなのでしょう。
もう、こき使われる心配はありません。
忘れていたことを思い出したことも、きっと喜ぶべきことなのです。
これで悩む必要はないのですから。

けれど、それが意味するところを考えると、胸が締め付けられるように痛みました。
店主の探しモノが見つかったということは、もう用なしなのです。
私はもう、必要ないのです。
恋人同士仲良く話している2人を見つめながら、私は場違いなことばかりを考えてしまいます。
やめようと思っても、止まりませんでした。

やっぱり、少しくらい噛み付いてやればよかった。
もっと考えて、もっと店主が嫌がることをするべきだった。

きっと私はこのまま、彼の記憶から私は消されてしまうことでしょう。
記憶に残るようなことをしてきた覚えがないのですから、仕方のないことです。
でも、それはある意味では良いことだったのかもしれません。
重荷にならなくて済むのですから。

何も悲しむ必要はありません。
彼らもまた、自分たちの居場所に戻るだけなのです。

――さようなら、寂しさをまぎらわせてくれてありがとう。
幸せそうに微笑む2人と崩れてしまう世界を見るのが嫌で、私はかたく目を閉じました。
けれど、どういうことなのか、閉じた目には2人が消える様がしっかりと映っていました。
じわじわと空気と同化して消えていくその様が。

最後に消え行く店主と彼女が優しい声で感謝の言葉を口にした時、瞼の裏で涙が溢れ出すのを堪えながら……私は、これが誰の世界だったのかをうっすらと考えていました。
答えが出るわけがないと知りながら、難しいことが考えられなくなる前に考えておきたかったのです。
少しでも、私の中に残ってくれるように。





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ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Tale House #10

一緒にしてもよかったんですが、気持ちを入れ替えてもらうために別ページに続きです。

閲覧数:318

投稿日:2010/09/05 20:12:41

文字数:1,999文字

カテゴリ:小説

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    こんばんは。sunny_mです。
    完結お疲れさまでした!
    相変わらずのストーカー読者として、じわりじわりと読んでいました。
    最初は物語の輪郭が分からなくて、だけど、どんな形なのか知りたくて、目を凝らすような。
    そんな感じで読んでいたのですが、一気に5話投稿!とは!!
    最後まで楽しませていただきました☆

    こういう、最後に全体像が分かる話は、読み終えて納得できるかどうか。というところに尽きると思うんです。
    すべて説明される。とはちょっと違くて、きちんと輪郭に沿って色が塗られているか。みたいな感じです。
    私的には、とても納得しました!
    なんか野外の美術展で大きな絵を観た時のような気分です。
    この構成力はすっげえええ!と思います。

    とても楽しく読ませていただきました☆
    ありがとうございました!それでは!!

    2010/09/06 22:24:53

    • +KK

      +KK

      >>sunny_mさん
      お久しぶりです、sunny_mさん。
      め、メッセージなんかこないと踏んでいたのでびっくりしました。
      意味がわからずに混乱させていたのではないかと思いますが……納得したと言っていただけて嬉しかったです。個人的には苦笑しか出ませんでしたので←
      構成力とか……ちょ、どの口がそんなこと言うんですか。それは気のせいです。
      まあ、少しでも楽しんでいただけたようなのでよかったです。
      メッセージ送れなくてすみません。でもちゃんと読ませていただいてますので!

      それでは、メッセージありがとうございました?。

      2010/09/07 21:19:29

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