なんでもない或る日のこと
「永遠の命、とはどのようなものなのであろうな。」
黄の国と呼ばれるルシフェニア王国の王女であるリリアンヌは、こぼれ落ちそうな…雲ひとつない快晴の空と同じ色の瞳を輝かせ、召使いであるアレンにそう訊ねた。
「いきなり何を言い出すんですか、リリアンヌ様。」
一方アレンはというとそんな主の疑問を軽く受け流してティーカップに紅茶を注いだ。
元より回答など求めていなかったのであろう。リリアンヌは黒いリボンで一つに結った金糸のような髪を揺らして続ける。
「なに、少し気になったのじゃ。わらわがもし永遠の命を持っていたのなら、ずっとこの国をお母様が望んだ国になるように奔走するのに、とな。」
この王女は如何せん純粋で、母親の望んだ国を作ろうと日々試行錯誤しているのだがそれがかえって空回りし、家臣や国民から反感を買うのももういつもの事だ。
と言っても、彼女自身は城から出ることはほぼないからそんな現状は知らないのだろうが。
「それは…素敵な夢ですね。」
アレンがそう相槌をうてば、リリアンヌは満足そうに紅茶をすする。
アレンはふと空を羽ばたく鳥を見て思った。なんと、神は残酷なのだろうと。
「リリアンヌ、ぼくときみは双子だよ。きっと誰にもわからないさ。だからほら、僕のこの服を着て早くお逃げ。外にジョゼフィーヌを待たせているから。」
暴徒と化した国民たちの雄叫びがだんだんと近づいてくる。
リリアンヌは空のような瞳に大粒の涙をためて食い下がる。
「いや!アレンも一緒に逃げるの!双子だなんて聞いてない!まだ知らないこと、沢山ある!だから!」
ポタリ、ポタリ、青の国から特注で取り寄せた部屋の絨毯に水滴が落ちる。
もうそれは気高き王女のものなどではなく、1人の少女のものにほかならなかった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン…聞きなれた、それでいて残酷な鐘の音が三つ鳴る。
それと同時に"彼"は呟いた。
「あら、おやつの時間だわ。」
何度も聞いたはずの、刃が落ちる音や、耳をつんざくような人々の歓声に、"彼女"はやっと罪を自覚していた。
それから数十年の月日が経ち、"彼女"は自分自身と向き合い、罪を償うことに尽力した。
この世から消し去ってしまった分、護ることの大切さを知った。
そして時折懺悔室を訪れては、自分の踏み台として枯れていってしまったもの達へと語りかけるのだ。
「アレン、私…永遠の命なんて持たなくてよかったわ。だって、お母様やアレン、そしてそれ以外の大切な人達の最期を全部看取らなきゃならないってことでしょう?それってとても孤独だわ。」
1度は孤独になった少女は、心優しく慈悲深い女性に拾われ、立派な淑女へと成長を遂げ、今や誰かのために思いを馳せることができるようになった。
彼女はもう孤独などではない。ささやかながらに恵まれた、今までで1番素敵な時間を過ごせている。
そして"彼女"は笑って続けた。
「それに、生まれ変わったらまたあなたと遊べるかもしれないでしょう?」
それからさらに数年後、"彼女"が目尻に皺を寄せて幸せそうに目を閉じてから少したった頃、黄の国の特別裕福でもない…ごく普通の家庭に男女の双子が誕生した。
三つの鐘の音と共にささやかな祝福を受けて生を受けた2人にはそれぞれ、姉にリリアンヌ、弟にアレンという名が与えられたのであった。
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