本日を以て、恋は病として正式に認定された。

恋煩いという形で放っておかれた感情は、今後はもう患いという言葉として扱われるのだ。

「恋に冒された方は速やかに処方箋を服用して下さい。でないと、心から体内にまで侵食して死んでしまいますよ」

世界的に有能な医師から世の中の人たちに向けられた、一昔前からしたらあり得ないメッセージだった。

この世界はどうかしてる、というより人の性別などの人権がすでに尊重されないどころか、異性に対して無関心でいる事がベーシックとされた法案が現代の人によって議決された事。

それが今回、恋が病であると正式に告げられた背景としてあった。

具体的にいうと、結婚制の撤廃、出産廃止、恋愛禁止という、人を好きになる考え方すべてが負として現代の人たちが描くビジョンから撤廃されてしまったのだ。

これまで尊いとされてきた愛という考え方はそのものの実態の無さから、その証明を果たせないまま現代から廃れ、好き者同士で生活していたはずの男女はいつしか別々の暮らしを好んでしているのだと、昨年の実態調査から明るみになった事実だった。

世の中から子孫繁栄の考え方を取り除く事で、自身だけを生涯大切に生きていこうという、生物としての絶対的権利を見直すべく、世界の半数以上の人間たちが率先してそう決めた事。

今まで自然に感じていた恋は今後病として病院にかかり、相手に興味を持つすべてを友情という認識として、世界はそう位置付ける事にしたのだった。

「…好きな人がいる、でもその人とは友情までの範囲でしか繋がっていられない。それでも良いかどうか、真剣に考えてみて下さい」

「うん。でも、それで満足かな?お互いが会いたい時に会っていられるならね」

「そうならそれで、それは恋でも愛でもない、新しい二人の形が実現される事になる。 今まで普通とされた恋だの愛だので結ばれていた関係は、さほど重要ではなかったという事です」

「ただでさえ、年々離婚が増えていく時代であれば、人は今となっては互いに愛として結ばれる事を求めていないのかもしれないですね」

恋科の病院を訪れてロビーで待つボクは、一つ前の患者さんと医師との会話を薄ら耳にしながら、ボク何故か不思議にも平然としていられた。

「…はい、次の方どうぞ」

そしてボクの番になって、足取り重い状態のまま医師の前に座った。

「今日は、どういたしましたか?」

「あの。ある時、恋をしてしまったんです…」

ボクはそんな愛や恋のない時代に生まれ、病としての処方箋をすでに服用していた。

「…好きな人がいるんです。でも、それがどうして病になるんですか?」

ボクは医師に、そう強く荒げてしまっていた。

「相手の事を思うと、思う度に心苦しいでしょう?相手は自分の事をどう思ってるか分からない上に、仮に好きだと互いに思ったからといって、数年経てば互いの好きの感情なんて瞬時に失われていくのです。そんな衝動は、今や病にしか過ぎません」

「そんなものなんですか?恋というものは…この数年で、そこまでの扱いを受けるまでに」

「ええ。恋がいつの日か愛に変化し、永遠のまま生き続けるものであれば、人は誰しも別れる道なんて選ばないはずなんです。それが出来ない理由があるから、愛は永遠でなくなった…」

ボクの反発は、さらに続いた。

「愛はもっと尊くて偉大で、優しいものだと思っていました。万人が万人に感じる思いやりの…何ていうか、そういう究極な考え方だと信じていたいんです」

医師も、また続けた。

「愛という抽象的で宗教的な考え方は、古く昔から世界のあちらこちらで伝わっていきました。キリストや神などといった創造的で普遍的な都合の良い意味合いの中で、人々の心は何年もの時間をかけて実際に魅了されていったのです」

「…それが今はもう古い、と?」

ボクは古い人間なのかもしれない。

「そうですね。古いといっても愛は結果不要であると、人自身がそう結論を出してしまったんですよ。そしてたちまち世の中から、愛は平然となくなっていったのです」

「…ボクはでも、それでも悲しいです」

「人が愛を造り、その愛を人が滅ぼしてしまった。ただそれだけの事ですよ」

医師は恋によく効く処方箋を追加しますと、虚ろなボクに差し出して言った。

「…お大事に下さい」

ボクはさらに重い足取りで、病院を後にした。

それから少しして。

好きな人と友情という形でも仲良くなれるならそれでもいいかと、処方箋を服用してすぐ、そんな事を呟いていた。

恋は病、愛は虚。

こんな時代に生まれてさえいなければ、ボクは愛という恵みに少しでも笑みがこぼれていたのかもしれない。

そう思っていたあの頃を何気に思い返した後、その日を境にボクの恋は患う事なく、人を好きになる事は今後一切ないと医師から自信気に告げられた。

愛のない世界も悪くないのかもしれないけれど、あったらどんな思いでボクは暮らしているのか。そして実際、愛とはどういうものだったのかを離婚して死んでしまった両親に、ふと聞いてみたくなったのです。

「…愛を以てしても、二人の絆が割かれてしまった理由は何だったの?」

と。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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恋は病

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投稿日:2016/05/26 22:43:20

文字数:2,158文字

カテゴリ:小説

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