どんよりとした、雨が降りそうで降らない曖昧な天候に鏡音リンは小さく舌打ちをした。
苛々している。その理由と言えば、リンの自分勝手だけれど。
すたすたと、足早に歩く。苛々は募るばかり、そんな自分に怒りまで湧いてきた。
リンは腹立たしげに立ち止まった。
「雨、さっさと降ればいいのに」
事は30分前まで遡る。
街を何気なく歩いていると、見覚えのある人影があった。それが、鏡音レンだった。
何をしているのだろうと声をかけようと思った矢先、彼は誰かに話しかけた。はじめは人に遮られてよく見えなかったが、どうにか前に進むと目に入ったのは桃色の長髪。同じ高校のクラスメイト、巡音ルカ。
一瞬、時が止まった気がした。脳が正常に機能しなくなってしまったように、その場から動けなくなる。背を向けて歩き出したくても、体がその通りに動かない。目で追ってしまう。二人はそのまま、雑貨屋に入っていく。そこまで追うのも気が引けて、また、彼らが視界から消えたことでやっと動けるようになったリンは駆け出した。どこへ行くのでもなく、ただ、駆け出した。
そうして今に至る。
先程までは降りそうで降らない曖昧な天候だったけれど、雨の匂いが強くなってきている。
ぽつ、ぽつ。冷たい雨のしずくが、リンの頬を打った。水が、リンの頬を滴り落ちてゆく。ひとつ、ふたつ。
「……しょっぱい」
口の中に少し入ってしまった「水」は塩辛かった。
リンは空を見上げた。今下を向けば、止められそうになかったから。上を向けば、沢山の雨がリンの顔を打つ。
「……別に、付き合ってるわけじゃないのに」
ぽつりと、リンは呟いた。ただ、自分が勝手に恋をしているだけなのだ。一方的に想っているだけなのだ。それでも、嫉妬という感情を抱いてしまった。
激しさを増した雨がリンを濡らしていく。ふんわりしたお気に入りのワンピースも水を吸って、足にまとわりつくようで着心地が悪い。癖のある、肩で跳ねている金髪も濡れたせいですっかり落ち着いている。雨の日は好きだ。だけど、その雨すら鬱陶しい。
ゆっくりと、足を踏み出した。足は思ったよりもすんなりと動き出した。けれども歩く速さはとても遅い。ただ濡れていたかったのかもしれないし、家に帰りたくなかったのかもしれない。けれど、そう言ったことをして気を紛らわそうとしているのは確かだった。
ふと、いきなり雨が当たる感じがしなくなった。
上を見ると、青色の折り畳み傘。
「え……?」
驚きの声を漏らして後ろを振り向く。
「何びしょ濡れになってんの? 風邪ひくよ」
傘をさしていたのは、鏡音レン。彼は呆れた顔でそう言った。
嘘だ、と思った。だって彼は、今は巡音ルカと一緒にいるはずなのだから。
「……どうして、ここに?」
ぽつりと、リンはレンに訊いた。
「鏡音が見えたから。雨降って濡れてんのに、なんで早く帰ろうとしないでのろのろ進むのかなーって」
レンは笑って言った。リンの恋した、その笑顔で。
「鏡音くんには、関係ないよ……巡音さんとは?」
俯いて、リンは答えた。そして、尋ねた。
「巡音? あー買い物に付き合ってもらっただけだって。別に付き合ってるわけじゃねえよ」
そう、とリンはその返事に頷いた。何故かそのことにほっとしている自分に気付いて、溜息をつく。
「それで、何の用?」
と訊こうと思ったが、やめて背を向けて歩き出した。また雨がリンを打つ。
それを見たレンも歩いてくる。先程の様に傘をさして。
「……!」
まるで相合傘だ、とリンは思った。いや、実際そうなのだけれど。他の人に見られたくない、と思った。
「なんで、ついてくるの?」
「送るよ、家まで」
レンはさらっと言った。リンが傘を持っていないから、ということだろう。
かぁ、と顔が熱くなるのをリンは感じた。
「……て」
「は?」
「……どうして、簡単に、そんなこと言うの」
歩きながら、レンの方を見ないようにしてリンは言った。
バカみたいだと、リンは思った。
「あたしだけ……こんなに意識してるなんて、馬鹿みたい」
ぽつりと、誰に言うわけでもなくリンは呟いた。
言うだけ悲しくなる。下を向けば、きっと涙も止まらないだろう。
「意識……って?」
その言葉を聞いたレンはリンに尋ねた。彼は目を丸くして、驚いた様子でリンをじっと見ていた。
「……好き、なの。鏡音くんが。だけど……今日、巡音さんと一緒に買い物してて、勝手に悲しんで、それから、鏡音くんがここに来て……ずるいよ」
もう、自分が何を言っているのかも彼女はわからなかった。ただ、告白してしまったんだな、ということだけが分かっていた。
傘の落ちる音。足元には青い、折り畳み式の傘。目の前にはレンがいる。
ぎゅ、と抱きしめられた。最初はそれすらわからなくて、リンはただ呆然としていた。
「鏡音……俺、すっげぇ嬉しい。俺も、鏡音が……リンが、好きだ」
耳元ではっきり聞こえるレンの声。自分の鼓動の音がうるさく感じる。とくんとくんとレンにまで伝わってしまいそうな、そんな気がした。
雨で冷え切っているはずの体が、じんわりと暖かい。しばらくの間、抱き合っていたからだろうか。それとも、緊張と恥ずかしさで熱くなっているだけだろうか。
「そうだ、これやるよ」
レンはそう言って、紙袋をリンに手渡した。
「何、これ?」
リンはレンに訊いた。自分で開けて確かめろと言うように、レンは何も答えなかった。
「ヘアピン……可愛い」
オレンジ色の花のついたヘアピン。リンはそっと大切そうに両手で持った。
「今日、それ探してたんだ。巡音にも手伝ってもらった。告白して、渡そうと思ってたんだ」
レンが照れたように笑う。
「ありがとう、大切にするね」
リンも、同じように笑った。少し頬を赤らめながら。
今までよりも、雨の日が好きになった、そんな一日。
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ご意見・ご感想
目白皐月
ご意見・ご感想
こんにちは、目白皐月です。
考えに考え抜いた告白も可愛いですが、こういう突発的なのも可愛いですね。
振られたら……うーん、誰かもらってくれる人を探すしかないんじゃないでしょうか。だってまさか自分で使うわけにもいかないですし。
そして二人とも、風邪引かないようにね。
あ、後ちょっと思ったんですが、最初の方に「同じクラスの巡音ルカ」とありますが、ここに、学校のことを補った方がいいかもしれません。
と言いますのも、デフォルトだと鏡音は十四歳、ルカさんは成人なので、この三人が同じ学年ということだと、読む側は「あれ、この話いくつ設定なの?」と思ってしまうんです。
なので例えば「同じ高校の同じクラス(あるいは中学)」とさらっと書いてやることで、読む側がわかりやすくなると思います。
ご参考までに。
2012/04/22 23:52:49
水乃
こんにちは、目白皐月さん。メッセージありがとうございます。
今メッセージもらった嬉しさで上手くタイプできません……本当にありがとうございます。
可愛いとか嬉しいです。
確かに、設定の事をもう少し書いた方が良かったですね……自分の中で「高校生くらいで」と曖昧にしていたのがいけなかったと思います。
本当にありがとうございました。
2012/04/23 01:32:03