「愛と正義の魔法少女、マジカル・リズム!ご近所の平和を守る為、ただいま推参!!」
姉はよく人前でそんな風に魔法少女ごっこをしていた。
自作の可愛らしい衣装に身を包み、ポーズを取りながら魔法のステッキを振り回す。
妹のカノンはそれをちょっと羨ましいと思いつつ、自分には無理だと傍から眺めているだけだった。
「ノンちゃんの分も用意しておいたニョロ。」
そう言っておねぇちゃんが誂えてくれた、フリル付きの大きなハートマークを胸に抱いた白とピンクのコスチューム…。
結局一度も袖を通さずに、ずっと自室のタンスの中に仕舞いっぱなしだったその服を、
カノンは久しぶりに取り出して愛おしそうに匂いを嗅いでみる。
微かに防虫剤の香りを感じながら、彼女はそっと目を閉じてあどけなく呟いた。
「おねぇちゃん…。」
その日の太陽はとうに沈み、黄昏からの静寂の時間が訪れている。
そんな中、優しい姉の期待に出来るだけ答えてあげなければいけないと妹は考えていた。
そしてカノンは姿見鏡の前に立つと、手に持ったコスプレ衣装を試しに今の自分のボディラインと重ね合わせる。
(良い歳してこんな格好してたら…まるで変態みたいじゃん。)
「それって私が変態って事かニョロ?」
頭の中でそんなリズムの声が聞こえたような気がした。
バンドの舞台衣装、チアガールの制服、そして魔法少女のコスチューム…、
姉のリズムが妹の為に用意した幾つもの服は収納スペースの半分近くを締めており、
今やそれらは立派なタンスの肥やしとなっている。
「けど、こっそり誰もいないところで隠れてやるなら…。」
そんな魔が差したような独り言と共に、彼女は少し迷いながら姉の用意してくれた魔法少女の衣装をジッと見つめていた。
「カノンさーん。」
どれくらい時間が経っただろう?部屋の扉の向こうから唐突にそんな声が聞こえて、私は驚きのあまり心臓をドキリと脈動させその身を強張らせる。
カチャリという音と共に入室してくる人物に見つからないよう、カノンは咄嗟にコスプレ衣装を身体の後ろに隠した。
「お風呂空きましたよ?」
そう伝えに来た彼女は、少し前から鼓家に居候しているA子という娘である。
「ああ…うん、ありがとうA子ちゃん。先に入っちゃって良いよ?」
私はできるだけ自然体で彼女にお礼を言った。
いつの間にか部屋の時計は晩の8時を指している。
「結局…、これが一番落ち着くのよね。」
A子が出ていってからしばらくして、カノンは高校の時分の学生服に着替えていた。
最後に懐かしの赤いリボンを胸元に締める。
「私は、絶対…あんな服着ないんだからっ。」
そう言って彼女はベットの上に放り出したコスチュームを再びタンスに封印すると、今度は普段着を仕舞っている押入れの方へと向かった。
中を覗くと、正面のハンガーにさっきとはまた別の服が架けられている。
それはカノンが自ら作った魔法少女の衣装…、自分が着ても恥ずかしくないようにと苦心してデザインした渾身の一着。
細かい箇所はまだ作りかけの部分もあるが、服としての機能は充分に果たしているように思われた。
それでもやはり人前で着るのはまだちょっと勇気がいるかもしれない。
この衣装で踊れたら、きっと…きっと素敵だろうな。
悩ましい顔でむくれながらほんのりとそんな姿を脳内に浮かべると、彼女はクローゼットを閉じて机の上の見慣れない器具に目をやる。
それはリズムが家に置きっぱなしにしていた発明品で、バトン状の発信器を振る事で位置情報に応じた音を自在に鳴らす電子楽器のようなものだった。
姉曰く、使いこなせば演奏している様がまるで踊っているように見えるのだという。
失って久しかった彼女への対抗心を気まぐれに思い出した妹は、たまにそれを持ち出しては密かに音楽の練習をしていた。
とはいえこんな夜中にあんまり騒いでいたら家族に怒られるのは分かり切っている。
いっそ引き出しの謎の異次元ゲートからどこか広い場所へいけないだろうか?
それこそ本物の魔法少女のように…。
そんな素敵な考えからカノンは机のすぐ下の取っ手に指を掛けようとするが、持ち前の臆病風がそれを遮った。
やっぱり怖い、ここを通るのはA子ちゃんと一緒の時にしよう。
先日突然開いてしまったそれは、天才の姉の頭脳を持ってしてもまだ詳細が掴めず未知の部分が多過ぎた。
冷静になって考え直した私は、音を立てないように慎重に自室から出ていく。
…もし誰かに見つかったらすぐに引き返そう。
そう思って暗い廊下へ出たカノンだったが、どうも親や妹はさっさと寝てしまっているらしかった。
そう言えば父は今日出張で家に帰らないと言っていたような気がする。
そして玄関までたどり着いたカノンが靴を履いて外に出るドアを開けようとした時だ。
「ガガ?」
不意に後ろの方から馴染みの電子音が私に呼び掛ける。
振り向くとそこには目のサーチライトをぼんやりと光らせた小さなロボットがいた。
「ロボタ…!ゴメンね、少し出掛けてくるから、みんなには内緒にしておいて。」
囁き声でそう弁明する彼女の意向を知ってか知らずか、ロボタと呼ばれた可愛い自動機械は軽く首を傾げる。
ちょっとだけ、ちょっとだけだけだから。
近くの公園の広場まで行って、少し体を動かしてくるだけなのだ。
30分、いや5分10分でもいい。
学生の格好をしていれば、仮に誰かに見つかっても下校途中の生徒だと誤魔化す事も出来るだろう。
そんな思考を巡らせながら、私は赤裸々な感情に胸を高鳴らせ、街灯に照らされた夜の道を駆けて行った。
「ハァ…ハァ…ハァ…。」
息を切らしてカノンが訪れた夜の公園には当然の事ながら誰もいない。
たまに浮浪者が広場のベンチ等で夜を過ごしている時もあるようだが、少なくとも今夜はそういうのもなさそうだった。
「この辺で、いいかな?」
散策して手頃な場所を探すと、彼女は早速持って来たバトンを両手に携えスイッチを入れる。
そのまま片手で空間を叩くと首元のセンサーが反応し、頭に着けたヘッドセットからカノンの耳に電子音が流れた。
さらに両手両足でメロディを奏でると、落ち着いた声で自作の詩を口ずさみ出す。
(「GIRLS★LIFE」詞:鼓カノン)
「目覚ましの音で目が覚めたら、一日がはじまるよ♪
制服に袖を通して、今日の気分はニーソックス♪」
その様子は周囲から一体どのように見えただろうか?
恐らく彼女は懸命に羽ばたこうとしていた。
「リボン結んで髪を結わいて♪
パンをくわえて飛び出すのはもう古い?」
カノンはもしかすると踊るのが好きだったのかもしれない、
だが内向的な彼女にはその為の言い訳が必要だった。
これは楽器の演奏なのだと、そう自分に言い聞かせながら雛鳥は次第に身体を空へ広げていく。
「学校には仲のいい友達、集まればなんだって楽しい♪
テストの点数も、ジャージを忘れても、
居眠りして怒られても、めげないし気にしない♪」
そうするとカノンはなんだか胸がドキドキして元気が出てきた。
楽しく明るい気分になり、心臓が強く鼓動し、顔が熱く火照ってきた。
心と体に力がみなぎって、もう泣かなくても大丈夫だと思えた。
「いつだって物は考えよう、毎日がハッピータイム♪
後ろ向きな気持ちも、くるっと回れば前向きに変わっちゃう♪
どんな時でもムテキの★GIRLS LIFE!」
そんな短い伴奏を終えると、私はカメラ目線で思い付くままにヒーローやヒロインの決め台詞を声に出した。
「愛と正義の…魔法少女、マジカル・カノン!みんなの…笑顔を守る為、ただいま見参っ!!」
ついで可憐に右手を前に突き出して調子良く芝居掛かった物言いを続ける。
「さぁ…!マジカル・カノンが相手よ、『闇の魔法使い』さん。カノンの魔法で、貴方を救ってあげる!」
夜の虚空に向かってそんなありきたりでめかしこんだ言葉を言い終わったとたんに、乙女は顔を真っ赤にして頭から湯気を上げ、今にも破裂しそうになっていた。
「何言ってるの私…、闇の魔法使いって誰?」
そう漏らした彼女は頭を抱えて自分に呆れながらガックリと項垂れる。
そして苦し紛れにヘッドホンを外すと同時に、物陰から接近してくる足音に気が付いた…。
「ぎゃぁあああっ!!!」
その刹那、軽いパニック状態となり狂乱の叫び声を上げるカノン。
それはこの世の者とは思えない、まるでマンドレイクのような金切り声であった。
「うわぁビックリしたぁ!」
そのリアクションに驚いた人影が聞いた事のある女性の声で応える。
「えっ、A子ちゃん…!?ど、どうしてここに?」
近付いて来た人物の正体は、同居人のA子だった。
「どうしてって…、お風呂にも入らないでどこに行ったのか、心配で探しに来たんですよ?」
月明かりに照らされた彼女は腰に手を当てて少し怒ったような表情をする。
「あ!ご…ごめんなさい。」
私は数種類の恥ずかしさに包まれ、ショボくれて居たたまれなくなりながら謝った。
そんなカノンを気遣ってA子は口元に人差し指を立てながら優しく声を掛ける。
「大丈夫ですよ。今さっき見た事は、私とカノンさんだけの秘密にしますから。」
そう言われて乙女はあうあうと情けなく口を動かし、言葉にならない感情を喉に詰まらせるのだった。
「~~~(泣)」
こうしてカノンのささやかな夜間コンサートは幕を閉じる。
ちなみにこの後、残念ながら二人の秘密の約束が守られる事はなく、
速攻で地獄耳の姉に知られて私の豆腐メンタルは死にかける羽目になるのだが、
それはまた別のお話…。
#7:トーフ・メンタリズム
jam バンドメンバーの1人、鼓カノンを主人公にした二次創作小説です。
(※オリキャラ・オリ設定注意。)
作中の歌詞の出典元→【https://www.ah-soft.com/musicmaker/jam.html#omake】
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