夕方の風がひんやりしてきた頃、家の軒先にぶら下がる風鈴が、まるで誰かに呼ばれているみたいに微妙に揺れていた。風もないのに揺れるなんて、昔なら怖がったかもしれない。でも今日は違う。私はその揺れに、何かを語りたそうな気配を感じてしまった。まるで風鈴自身が、この静かな時間をどうにか変えたがっているように見えてきたのだ。
音が鳴るたびに、私は少しずつ自分の中の空気が変わっていくのを感じた。普段は気づかないけれど、耳に届いた音が心のどこかのスイッチを押して、いろんな思考が勝手に動き始める。今日はその速度がいつもより速かった。風鈴の音が、まるで私の脳内の棚を一つずつ開けながら、放置していた考えを引っ張り出してくるようだった。最近悩んでいたこと、決めきれずにいたこと、見なかったことにしていたこと。全部、風鈴の音に呼び戻されるみたいに、順番に浮かんでくる。
ただの風鈴なのに、どうしてこんな作用があるのか。そう思っていたら、ふと気づいた。私はいつの間にか、風鈴を音ではなく「存在」として見ていたのだ。音を鳴らす物ではなく、私の気持ちを揺らす相棒みたいに感じていた。それはある意味で、私が勝手に風鈴を擬人化しているだけだろう。でも、その擬人化が意外と自分の深い部分を刺激していた。
すると突然、また風もないのにひとつだけ澄んだ音が鳴った。その一音が、まるで「そろそろ答えを出していいんじゃない」と告げる合図のように胸に響いた。決めきれずにいたことに対して、今日だけは妙に前向きになれるのが不思議だった。まるで風鈴が私の背中を押すタイミングを完全に理解しているかのようだった。偶然なのに計算されたタイミングのように感じるのは、きっと私自身が行動したい気持ちをずっと抱えていたからだろう。
夜が深まっていくにつれ、風鈴の音は徐々に小さくなっていった。まるで役目を果たしたかのように静かになったその姿を見て、私は思わず小さく笑った。風鈴はただ揺れて、音を鳴らしただけだ。でも私はその音を通して、自分の中の止まっていた時間が動き出す瞬間を確かに味わった。誰に説明するでもなく、自分だけで気づいた変化はいつもより少しだけ誇らしく感じられた。
明日また風が吹いたら、風鈴は今日とは違う音を鳴らすのだろう。その音がまた何かを動かすのか、あるいはただの風景として流れていくのか分からない。でも私はもう、風鈴の音をただの音だとは思わない。音と一緒に、私自身の一部も確かに揺れているのだ。そんなふうに感じられるだけで、今日という日は少し特別に思えてくる。
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