森の赤土の小道を辿り始めて、かなりの時間がたった。
だが歩いても歩いても、森が終わる気配はない。
むしろ、どんどん木々が増えて、日の光が遮られて薄暗くなっていく。
「もう…これじゃ、今日中にお城に着くどころか、森も抜けられないじゃない」
姉が苛々と呟き、弟も無言でただ頷きを返した。
でこぼこの道を歩き続けたせいで、2人ともすっかり疲れてしまっている。
いつまでたっても木々しかなかった景色に、別の物が現れたのは、ちょうどそんな時だった。
[不思議の国へようこそ]
first.
ある一点で、まるでそこだけを狙ったように、今まで見ていた木とは違う細い木が、何本も何本も生えている。
他の木は対照的に、そこにはまったく生えていない。まるで、その点を避けているように見えて、姉弟は思わず足を止めた。
「何だろ、ここ」
「急に広くなったけど…気味が悪いわ」
「うん、俺もそう思う」
本当は早く通り過ぎてしまいたい。
だが、ずっと歩いてきた赤土の小道も、ここで終わってしまっている。
どうすればいいか考える弟をよそに、姉は肩をすくめて、また足を踏み出した。
「とにかく、さっさと先に行った方が良さそうだね」
「いや、このまま進んでも、迷って帰れなくなるよ。随分奥まで来たし」
弟の指摘に、姉は反論しようとして、できなかった。
自分たちは森にできていた小道を辿ってきただけ。
確かに、闇雲に歩き続けて、帰り道を見つけられずに迷子になるのは、自分だってまっぴらごめんだ。
「っ…じゃあ、どうすればいいと思うの?」
悔し紛れにそう言うと、弟はまた少しだけ考えて、口を開いた。
「あまり気は進まないけど…とりあえずここで少しだけ休んで、それからどうするか決めよう。疲れて動けなくなったんじゃ、シャレにならないよ」
「うーん…それもそっか」
姉は渋い顔をしながらも、その場にぺたんと座り込んだ。
落ち着いてしまうと、見るものは限られてくる。
幹や枝が複雑に絡まった木々は、見れば見るほど不気味で。
ふ、と。
その奥から、赤い何かがのぞいた気がして、姉弟は顔を見合わせた。
「…こんにちは」
その途端に若い女の声がして、2人は驚いて目を丸くした。
木々の奥の赤い何かは、声の主の両の瞳だった。
彼女は姉弟をじっと見据えて、問いを発する。
「貴方たち、どこへ行くの?」
「どこって…不思議の国のお城へ」
姉が答えて、瞳を見つめ返した。
瞳は瞬きを1つして、問いをもう1つ。
「招待状は、持ってるの?」
「持ってるよ」
弟がハートのトランプを取り出してみせると、今度は瞬き2つ。
そして残念そうな声がした。
「そう。本当は、ここで貴方たちを斬り捨てたかったのだけれど、お城からのお招きなら、仕方ないわね」
2人はまた顔を見合わせて、それから姉が彼女に問うた。
「貴女は誰?どうしてこんな所にいるの?」
「ふふ、知りたい?」
何故かとても楽しそうに、彼女は笑った。
「私はね、ずぅっと前に、お城から剣を贈られて、これでいろんなモノを斬って道を作りなさい、言われたのよ」
そこの剣よ、と、彼女が指をさす。
その方向を見ると、確かに、立派な長剣が地に突き立っていた。
たくさんの物を斬ってきたのだろうが、そうは見えないほど、柄も刃も真新しいように綺麗だった。
不気味に思って、つい身震いした姉弟に、彼女は続けた。
「でもね、うっかりここで寝過ごしてしまったらしくて。森の木たちが、ここから出してくれないのよ」
ふぅっ、と、苛ついたような溜め息が、2人にも聞こえた。
「酷いわよね。私は言いつけを守っていただけなのに。まぁ、この道を見ていれば、それで退屈はしないんだけど」
「そんなのおかしい」
我慢できずに、弟が声を上げる。
「森の木が、1晩でこんなに育つはずないじゃないか。あり得ないよ」
「あり得るわ。だってここは不思議の国」
さも面白そうに、歌うように節をつけて、彼女はそう言った。
そして突然、何かを思い出したように笑い声が止まる。
「そうだ。貴方たち、お城へ行くなら、あの剣も持って行ってくれないかしら」
「何故?」
姉が問いをぶつけると、女はまた可笑しそうに、押し殺した笑い声をあげる。
「どうせ私は何も斬れないんだもの。お城の女王様に頼んで、使い道を探してもらってほしいのよ」
「ふぅん、そうなの」
返事をしつつ、姉は剣に歩み寄る。
「いいわよ、持って行くぐらいの事。女王様に渡せばいいのね?」
「そう。頼むわ」
確認してから、姉は剣を地から引き抜いた。
剣はずっしりと重かったが、不思議と姉の手に馴染んだ。
「そういえば貴女、お城の場所を知ってる?」
「あら、知らなかったの。それじゃあ迷うのも仕方ないわ」
本当に意外な事だったらしく、彼女は驚いたように言った。
「ここからもう少し行ったら、赤い扉があるから、そこを通って行くといいわ。その先の事は、薔薇が教えてくれるはずよ」
道の先を見ると、なるほど、道はないけれど、遠くの方に僅かに扉の赤色が見える。
「ところで貴方たち、道がないんじゃ不便じゃない?良かったら、私がこの先の道も切り開いてあげるわよ?」
「いや、いいよ」
彼女の申し出を、弟は即座に断った。
「だって、もし貴女をそこから出してあげたら、貴女は剣を取り戻して、俺たちを斬り殺してしまうだろう?」
弟がそう続けると、彼女はまた、不気味に嗤った。
「そうね、そうするでしょうね、ふふ、ふふふ…」
嗤い続ける女を残して、2人は早足で赤い扉へ向かった。
姉弟が去った空き地の真ん中、残された彼女が、嗤いながらも、2人の背中をいつまでも食い入るように見つめていた。
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