ぼんやりとした景色の中、声が聞こえた。
「騎士さん…騎士さん大丈夫ですか?!」
「騎士…良かった…気が付いて…。」
「あれ?俺…。」
身体を起こすとまだ少し痺れる様な痛みがあった。目の前で手を開閉させながらゆっくり記憶を整える。ああ、少しずつ思い出して来た。確か昨日工音使土から連絡があって、スズミの後輩でもある『姫乃ネムリ』を病院から搬送して…検査したら高侵食だったから…。
「ああ…血清打ったんだっけ…。」
「打ったんだっけ、じゃねぇよ!お前ショック状態だったんだぞ?!皆一体どれだけ
心配したと思って…!」
「ごめん…。」
「騎士さん…彼女のお陰で96%まで上昇しました。現状侵蝕率が90%を越えて生きて
いるBSの報告例はありません。この数値ならおそらく正式に治療薬の製作を開始
しても支障は無いでしょう。」
「そっか…。」
「雨音博士より連絡があり次第開始しますが、それまで貴方は絶対安静を保って
いて下さい。宜しいですね?」
「ああ。」
複雑な表情のまま皆はその場を後にした。部屋にはスズミだけが残っている。目の前で倒れたせいだろうかまだ不安を残したままの瞳で心配そうにこっちを見遣った。
「大丈夫…?」
「大丈夫。さっきだって言ってただろ?治療薬さえ完成すればBSを治せる。
もう少しの所迄来てるんだから、この位…。」
「…馬鹿っ!」
スズミは俺にぶつかる様に飛び付くと、そのままぎゅっと力を込めた。
「スズミ…?」
「『この位』じゃないよ…!騎士息してなくて…本当に死んじゃう所だったんだよ?!
皆だって必死で…!私…私何も出来なくて怖くて怖くて…!もうどうしたら良いか
判らなくて…!」
みんなの目が赤かったのに気付かなかった訳じゃない。だけどやるしか無い事も判っていたから、俺が引かない事も判っていたから何も言わずに研究に協力してくれたんだろう。
「…スズミ…。」
身体を強張らせて震えるスズミにそっと触れる。
「俺が怖くないのか?」
「怖い…?」
「覚えていないのに…お前にとっては知らない奴から求められてる様な物だろう?
なのにどうして…俺を拒まない?俺が嘘を吐いているとか、もう嫌になったり、
怖いとか思わないのか?」
「…カナリアだから…。」
「え…?」
「カナリアは忘れても忘れても…同じ相手を見付けて…そして歌うの…愛の歌…。」
「……。」
「だから…少しも嫌じゃないし、怖くなんかないよ?騎士…。」
不安、恐怖、絶望、欲望…眩暈しそうな感情と、だけど狂おしい程の愛しさが込み上げる。やがて帳が下りて、月が満ちて、音が消えて、だけどその身は熱を帯びて、静かに、ただ、交じり合う…。
「一人にしないで…何処にも行かないで…もう…俺狂いそう…好き過ぎて…。」
「ナイ…ト…。」
息をする間も、瞬きをする刹那すら惜しかった…。
BeastSyndrome -80.刹那すら惜しむ程-
今はただその手を放したくない
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