14、背景、夏祭りへ

 暑い。まさに夏だ。
 この間まで涼しかったくせに、七月下旬となるとそうはいかない。夏のギラギラとした陽射しが、無防備な顔や腕に降りそそぐ。やっぱり、加治屋は女の子で大きな麦わら帽子を被っている。円香は、陸上で焼けた肌が白いワンピースの間から覗いていた。

 ユウカと円香と加治屋で図書館に行く途中、坂倉記念公園に目を奪われる。坂倉記念公園では、祭りの準備がせっせとされている。ここでは毎年、七月下旬になると『坂倉祭り』と題されて祭りが行われる。何でも、地域活性化のために行う祭りらしいが、それらしい内容が盛りだくさんだ。中央広場で特設ステージを設けて、そこでライブをしたり、中学校のある部活が出し物をしたりと、少しばかりだが賑わいを見せる。最後は、打ち上げ花火でフィナーレとなる。ランニングコースの部分で屋台の骨組みを建てたり、広場中央で特設ステージを建てたり、所々の木に外灯用の提灯をぶら下げたり、市の職員らしき人は祭りの準備に追われていた。

「もう、坂倉祭りかぁ」
 白いワンピースに身を染めた円香がそっと呟く。
「え、祭りがあるの?」
 ユウカはそう言って、坂倉記念公園を見る。
「そっか、鹿野君は初めてだもんね。明日、ここで祭りがあるんだよ」
 円香が手短に説明をした。その説明を聴いて、ユウカは「ふーん」と意味ありげな合槌をうつ。
 そっか、祭りかぁ……。


 図書館は、当たり前だが、静けさに浸っていてどこか心細い。
 その図書館の端に、学習スペースと題されたミーティングルームのような部屋がある。十畳半くらいの部屋で、中央には白くて長いテーブルが置いてあり、椅子が六脚置いてあるだけの、殺風景な部屋だ。ここを貸しきって、俺たちは勉強する。

 誰かの家で勉強しようとすると、誘惑が大きすぎるので、誘惑も何も無いここの部屋を貸しきることにした。
 一応、受験生だ。夏休みの今は勉強に浸らなければならない。仲良し四人といえど、勉強はいつでも集中していて、空気が張り詰めている。

 でも、夏祭りか……。

 来たときの光景が、頭をよぎる。
 祭り……。加治屋の浴衣姿見てみたいなぁ。
 でも、この空気の中で隣に居る加治屋には声をかけにくい。
 肩を落として、勉強を再開しようとノートに目を落とす。
 あ、そうだ。
 ノートを使えばいいじゃないか。
 俺はノートの隅に「明日、夏祭り行こう」と書いて、加治屋に見せる。

 普通に差し出すとユウカと円香に怪しがられるので、「加治屋、ここ教えて」と言って、書いた文字を指す。
 加治屋は俺の文字を見て、笑い「ここはねぇ」と言い、俺の話にあわせてくれていた。
 ここはねぇと言った加治屋は、シャーペンを進ませて、OKと書いてくれた。
「あぁ、そうなんだ。ありがとう」
 勉強しているわけでもないのに、そんな会話は続いた。
 張り詰めた空気の中だったのに、飛び上がるくらい嬉しかった。

「権弘」
 帰り道はどうしても鹿野君と渚と離れる。
 ここからは、隣同士のあたしたちの時間。
 権弘を好きなあたしにとっては、どの時間よりも変えられないような大事な時間。
 一緒にいようって言えば、一緒にいてくれる距離なのに、恥ずかしくて声も掛けきれない。そんな状況でも、祭りには行きたくて。毎年のように、権弘とコウ(権弘の弟)と行っていたのだけど、今年は少し違うような祭りにしたい。あたしが権弘に恋をしているせいかもしれないが、権弘に対する言葉が出にくかった。
「なに?」
 あたしのか細い声が聴こえたらしい。権弘は振り返って返事をする。
「ま、祭りいかない……? 今年は、二人でいきたいなぁ……」

 あたしがそう言うと、「悪いな」と権弘が言った。
「今年は加治屋と行こうと思う。ごめんな」
 権弘はそう言って、空を仰ぐ。
「え、渚と行くの!?」
「うん。まぁ……」
 権弘は曖昧な返事をした後、顔を赤くする。
「やったじゃん。好きなら告白しちゃいなよ」
「いや、まだ早いなぁ。できれば、高校決まってからにしたいよ」
 権弘はケタケタ笑って、歩き出す。
 まぁ。しょうがないか。渚と行くのなら恨めないし。
 自分で言った言葉が頭の中でぐるぐる回る。
「好きなら告白しちゃいなよ」
 じゃあ、あたしはどうする。いつになったらこの想いを伝えるの?
 ただ、逃げているだけかも知れない。この関係―幼なじみと言う長年かけて積み上げてきた関係が崩れるのを恐れているのかもしれない。
 大きくなった権弘の背中を見て、ため息をついた。

 どうしても、帰りは加治屋さんと一緒になる。それは嬉しいことだ。好きな人と一緒に帰れるということは思春期男子にとって飛び上がるほど嬉しい。
 でも、一度告白(?)した身なので、前のように話すことができない。
 祭りかぁ。行きたいなぁ。加治屋さん誘ったら喜んでくれるかな? それとも、馴れ馴れしいと思うかな? まぁいいや。誘ってみよう。
「加治屋さん、祭りいかない?」
 いつもの口調だったと思う。前で麦わら帽子をかわいげに被っている加治屋さんはふわりと振り返る。
「あ……」
 加治屋さんは僕の言葉を聴くと、シュンとする。
「ごめんね。私、エノヒロ君といくんだ」


 少し嬉しそうに加治屋さんは言った。
「あぁ、エノヒロと。いいよ。加治屋さん嬉しそうだし」
「え、うそ。顔に出てる?」
「うん。出てる出てる。浴衣着ていくの?」
 僕がそう言うと、加治屋さんは赤くなって否定した。
「ううん。あれ、着付けとか面倒だしなぁ……」
「でも、エノヒロ喜ぶと思うよ」
 僕はそう言ってニコニコしていると、加治屋さんは少し考えて「浴衣、着てみようかな」と言った。
 そっか。エノヒロと行くのか。
 それなら文句言えないな。
 じゃあ、あの人も断られたのかな?

 家に帰り、ご飯を食べ、自室に戻ったときだった。
 部屋に置き去りにしていた携帯電話がブブブと音をたてている。電話だ。図書館に行っていたときからマナーモードにしていたので、そのままだった。
 誰からかな? と思って携帯電話を開き、液晶を見ると『鹿野友香』の文字があった。
 鹿野君かぁ。どうしたのかな?
 そう思って、携帯電話の通話ボタンを押す。
「もしもし?」
『もしもし、大杉さん?』
 携帯電話の奥から聴こえた声は、少し変わった鹿野君の声だった。
「鹿野君?」
『うん。そうだよ。電話だと、人の声って変わるよね』
 鹿野君はそう言って、アハハと笑う。
「急にどうしたの?」
『あぁ。用件忘れてた。明日あいてる?』
 明日。明日は祭りがある。権弘に断られたからあいている。
「うん。あいてると思うよ」

 あたしがそう言うと、鹿野君は『よかったあ』とため息混じりに言葉を漏らす。
『よかったら、明日祭りにいかない? 僕、加治屋さんに断られちゃってさ』
 そう言うとまた鹿野君はアハハと笑う。次の笑いは少し元気が無かったような気がした。
 『加治屋さんはエノヒロといくって行ってたからね。大杉さんも誘って断わられたんじゃないかと思って……』
 鹿野君は申し訳なさそうな声で言う。少し遠慮してるのかな?
「いいよ。行こっ。好きな人に断られた同士、行ったら気が合いそうだしね」
『ありがとう! じゃあ、明日の六時に迎えに行くね』
「うん。ありがとう」
『じゃあ、また明日』
「うん、バイバイ」
 そう言って、私たちは通話を終了した。
 鹿野君と祭りかぁ……。

 少し楽しみだな。

 なぜか判らないけれど、最近鹿野君の近くにいると落ち着く。精神的に安定するというか、モヤモヤしている気持ちが晴れ渡る。唯一の心の安らぎだ。
 携帯電話を勉強机に置くと、窓がコンコンとなる。権弘かな?
 窓を開けると、案の定権弘が居た。「よっ」と言って右手をちょんと上げる。
「何?」
「いや、電話の内容が向こうまで聞こえてたんだけどさ……」
 え……。それって……。
「お前、好きな人いんの?」
 権弘がそう言った瞬間、顔が熱くなる。そして挙句の果てには耳まで熱くなるのが判る。
「赤くなってんぞ」
 それを指摘されたので、両手で口元を隠す。
「お前それ癖だよな」
 その行為さえ、権弘に指摘される。

「お前が図星つかれたときとか、恥ずかしがったときにする仕草」
 権弘がそう言って両手で口元を覆う。
「わ、悪い? あたしに好きな人くらいいて……」
「いや、いいけどさ。幼なじみだから気になるじゃん。だれ?」
 「だれ」と言った権弘の姿はいつもより大人っぽさが増している。
「当ててやろうか」
 権弘はそう言ってニヤッと不敵な笑みを浮かべる。
 その笑みにドキッとしてしまう自分がまた恥ずかしい。
 そして、権弘に好きな人を当てられそうになってか心臓がバクバクしている。好きな人は目の前に居るのに、何でこんなにもドキドキしないといけないのだろうか。
「えーっとねー」
 権弘が考える姿を見せて、口を開く。
「松江だろ?」
「は……い?」
 拍子抜けな答えを聞いて、緊張が一気に解けた。
「な! 当たりだろ?」
「残念、違いマース」
 あたしはそう言って、舌をべーと出す。
「え、違うのかよ!」
「じゃあ、あたしお風呂入ってくるんでー」
「え、ちょ、逃げんなよ」

 権弘がまだなにか言っていたようだったが、問答無用で窓を閉めた。
「少しは気付いてよ」
 窓の向こうで本音を漏らした。

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14、背景、夏祭りへ

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投稿日:2014/05/06 08:50:44

文字数:3,907文字

カテゴリ:小説

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