捕らえられた少女は、城の牢獄の窓からひとり月を見つめていた。
処刑は明日の午後三時。
けれど、明日で命が尽きるというのに、なぜかその顔にはこころなしか満足そうな笑みが浮かんでいた。

「こんばんは、王女様」

声をかけられた少女が振り向いた。
月の光がちょうど逆光になって、少女の顔は半分闇に沈んでいる。

「こんな夜更けに何の用? 高潔なる剣士様。暴君をその手にかけられて、さぞ気味のいいことでしょうね」

少女の高飛車な物言いに、声をかけた女剣士の顔が引きつった。

「茶番はここまでにしてもらうわ。王女はどこ?」
「私が王女よ。失礼な物言いはやめていただける?」
「判っているのよ、あなたが単なる召使だってことは。本物の王女を逃がしたのはあなたでしょう?」
「ふふふ、あはははは・・・あーっはははははは」

突然笑い出した「王女」に、女剣士は不審そうに眉をひそめた。

「何がおかしいの? あなた、命が惜しくないの? 王女がどんな暴君だったか知っていたでしょう・・・なのに、その王女の代わりに命を捨てるというの?」
「そうさ」
「え?」
「だって『僕』はこの国の『王子』だからね。この国のために生贄が必要なのなら、僕がなる。それだけのことさ」
「何ですって?!」

女剣士は目を丸くした。この国の世継ぎは王女ただ一人のはずだったからだ。

「剣士様が僕を知らなくても無理はないよ。僕と王女・・・リンは双子として生まれた。双子は国の災いということで、僕の存在は闇に葬られた。でも幸い僕は殺されずに済んで、事情を知らない下級貴族の家に持参金付きで預けられた。そのまま、何も知らずに育ってきた・・・10歳まで、ね」
「・・・」
「確か剣士様のお父上はこの国の大臣だったよね。リンに逆らって殺された・・・でも、それは違うよ」
「ちょ、ちょっと待って。何故? じゃあ何故お父様は殺されたの?! 教えてちょうだい」

逆光の中で、少女――いや、少年の口元が笑いの形になった。

「簡単なことだよ。やりたい放題のリンや重臣たちと、それを憂えた剣士様のお父上・・・絶対権力者であるリンに逆らって、お父上は粛清された」
「・・・そうよ」
「でもそれは表向きのこと。実際には、権勢争いで劣勢に立たされたお父上が、王家の血を引く僕を担ぎ出し、操り人形の王女ごとやりたい放題の重臣たちを追放しようと謀って失敗したのさ。重臣たちがリンを籠の鳥にして自分達に都合のいい操り人形にしていたように、あなたのお父上はリンの代わりに僕を玉座に据えて、自分の操り人形にしようとしたってこと」

女剣士は蒼白になった。

「僕が本当は何者なのかを教えてくれたのも、あなたのお父上だよ。あなたはこの国の王子なのだから、王宮に戻って王権を主張する権利がある、ってね」
「・・・」
「でも、あなたのお父上は僕にとって一番やってはならないことをやろうとした」

少年の声が、冷たい侮蔑の色を帯びた。

「お父上は、僕の大事なたったひとりのきょうだい、リンまで殺そうとしたんだ。僕はかすかに覚えていた・・・自分にそっくりなきょうだいのこと。国のためと称して僕を捨てた実の父や母には何の感慨もないけれど、リンだけは別だ。同じ血を分けたたったひとりの僕のきょうだいを、あなたのお父上はこともなげに『見せしめのために王女は殺せ』と言ったのさ」
「でも、それは・・・」

少年の笑いが大きくゆがんだ。

「仕方がない? あなたもそう言うだろうね。でも、あなたはどうなの? リンを捕らえて殺そうと考えたのは、この国のためだけ? 死んだお父上の復讐なんか考えたこともないとは言わせないよ」
「・・・ええ、そうだわ。私は、国のために殺されたお父様の復讐がしたかった。あなたの言葉は悔しいけれど真実よ」
「あなたにとってお父上がそうであったように、僕にとってはリンがそうだった。お父上は、僕を担ぎ上げて権力の巻き返しを謀ったけれど、失敗した」
「・・・」
「密告して、お父上の計画を失敗させたのはこの僕だ。だから、あなたの本当の仇はまぎれもなく、僕なんだよ。お飾りの王女だったリンを恨むのはお門違いさ」

静かに語られる恐るべき真実に、女剣士はもう言葉もなかった。目を一杯に見開き、小刻みに震えながら、少女のように見える少年の言葉を聞くのみ。

「密告の代償として、僕は王女の身近に仕える召使になることが出来た。王女の動向を見張るという口実でね。王宮に入ってすぐに気付いたよ・・・リンは本当に何も知らなかった。あなたのお父上が殺されたことも、取り巻きの重臣たちの横暴で民衆がどれほど苦しめられているかも。だからといって、僕がそれをリンに忠告したとしてどうなる? 王宮という小さな箱庭の中で生きてきた、世間知らずのたった14歳の女の子に、悪知恵に長けた大人たちを従えられると思う?」

少年の声が悲しげな色を帯びた。

「青の国の王子と緑の国の王女との顔合わせの舞踏会に、重臣たちは圧力をかけて強引にリンを招かせた。いくら疲弊していようと、あの頃、この国の影響力はまだそれなりにあったからね。青の国も、その圧力を無視できなかった」
「ええ」
「青の国と緑の国は、血縁を結ぶことで協力してこの国に対抗しようとしていた。実際、この国の横槍がなければあの縁組はすんなりとまとまっていただろうね。でも、顔合わせの舞踏会にリンが出席したことで、青の国と緑の国の思惑は狂ってしまった」

自嘲するように、少年は言葉を続ける。

「世間知らずのリンは、重臣たちの思惑通り、あっさりと青の国の王子に恋をした。でも、青の国の王子は、緑の国の王女と互いに一目惚れだったみたいだね。小さな自分だけの世界で生きてきたリンは、初めて自分の思いのままにならないことにぶつかって戸惑ってしまったんだ。その結果・・・あの戦争を引き起こしてしまった。戦争は、重臣たちの狙いとも一致していた。豊かな緑の国が手に入れば、この国も一息つけるからね」
「だからといって、許されることじゃないわ」
「うん、そんなことは判っているよ。リンのあやまちは、決して許されることじゃない。そして、僕の犯した罪も」
「・・・あなたの、罪?」

女剣士の疑問に、少年は小さな声で答えた。

「緑の国の王女様を・・・初めてリン以外に好きになった人をこの手にかけてしまったこと・・・」

女剣士の表情が凍りついた。

「・・・なぜ・・・どうしてそこまでして、王女のために尽くそうとするの? そうすることであなたが何か報われるわけでもないでしょうに」

少年の口元がはかなげに微笑んだ。

「リンが笑っていてくれれば、僕はそれだけでよかった。僕以外に誰も味方がいない――媚びへつらいはされても、敵しかいない王宮という檻の中に閉じ込められているリン。僕までもがリンを見捨てたら、リンは一体どうやって生きていけばいい?」
「それは・・・」
「リンの傍にいられるようになった時に決めたんだ。僕はずっと、何があってもリンの味方でいるって。大人の悪意の操り人形にされているリンを、僕だけは決して裏切らないって」

女騎士は、きっぱりと言い切った少年の言葉にうなだれるしかなかった。

「だから、あなたにお願いしたいんだ。この国のために王家の血が必要ならば僕が血を流せばいい。僕の命ひとつで済むのなら、僕は喜んで犠牲になろう。けれど、リンはもう自由にしてあげてほしい。あなたは彼女の無知を罪だというかもしれないけれど、本当に罪のない人間なんてこの世にどれだけいるというの?」

長い長い沈黙が落ちた。

「・・・判ったわ。この国には王女以外の王族はいない。側仕えの召使すら王女を見捨てて逃げてしまった。そして『王女』は全ての罪を背負って断頭台の露と消える――それでいいのね」
「うん。ありがとう、これで思い残すことは何もないよ。ああ、あともうひとつだけ・・・もしも青の国の王子に会うことがあったら伝えて欲しい」
「何かしら」
「あなたの復讐は『本当の意味で』成し遂げられました、と。この反乱、青の国の協力がなければ決して成功しなかったはず。青の国の王子が、緑の国の王女を殺した『リン』を許すはずはないよね」
「あなたは本当に聡明なのね。惜しいこと・・・もしもあなたが王子として王女と一緒に王宮にあったなら、こんな悲劇は起こらなかったかもしれない。青の国の王子には必ず伝えるわ、この剣にかけて」
「・・・ありがとう。これでもう本当に、何ひとつ思い残すことはなくなったよ」

いつの間にか月が傾いて『王女』の白い顔が闇の中に浮かび上がった。その顔には満足げな、そして気高い微笑みが浮かんでいた。
女剣士は、じっと『王女』の澄んだ緑の瞳を見つめてから、潔く背を向けて牢獄を後にした。

翌日、午後三時。
教会の鐘の音が鳴り響いた時、『王女』はその短い生涯を終えた。
片時も王女の側を離れることがなかったという召使も、その姿を消した。

それは後の世に『悪の娘』と呼ばれた、悲しい『王女』の物語。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

「それぞれの悪~ある国の物語」

「悪の娘」「悪の召使」表裏一体の2曲から、拙いながら「王女の最後の一夜」を文章にしてみました。
囚われの王女が語る驚愕の真実に、真紅の鎧の女剣士は・・・。

ご多分に漏れず、ご都合主義の自己解釈が含まれておりますのでご注意ください。

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投稿日:2009/04/05 02:03:53

文字数:3,725文字

カテゴリ:その他

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