8
扉があいて、ルカがゆっくりと入ってきた。
「プリンセス、ここは危ないですから…。レン?」
「はい、先生」
にっこりと笑い、ルカに微笑みかけたのは紛れも無くレンの表情で、ふんわりと優しげな、少年の笑い方だった。
黄色と黒のドレスを着たレンはリンにそっくりだった。
「レン、プリンセスは?」
「今頃は町外れの港に向かっているはずです。先生、リンをお願いします。国交大臣の先生なら、他の国のことも良く知っているでしょう。どこかしらない国にでも逃がしてやってください」
「あなたも逃げなさい」
「だめです。そんなことをしたら、リンに危険が及んでしまう。ここで僕が捕まれば、王女はつかまったことになります」
「あなたがあぶないわ」
「大丈夫ですよ。どっちにしたって、このあいだの事件で僕の体は長く持たないんですから、ここでリンの身代わりになったほうが命の有効活用です」
にっこりともう一度だけ笑って、おどけて見せたレンの手が小刻みに揺れてドレスの端をつかんで、汗が出るのをとめようとしているようだ。
「レン…!」
しゃがみこんでレンを包み込むように抱きついて、こみ上げてくる何かを必死に止めて、ルカは着飾ったレンをぐっと腕の中に閉じ込めた。
「大丈夫ですよ、先生。国民たちが求めているのは、リンという少女の死じゃなくて、王女の死ですから」
肩に湿った感覚を覚えたレンがふと目をやると、ルカが声を殺してないているのが分かった。
「先生、僕は大丈夫ですよ。前から一度、やってみたかったんですよ?国の権力者って、どんなものか」
「…ええ、分かったわ。あなたはプリンセス、身代わりじゃないわ。もともと、あなたがプリンスになるはずだったのだし、これが運命なのですね。私があなたを守って見せましょう」
涙をぬぐって凛と立つルカは強いまなざしをもって、そのまなざしは見るものすべてを圧倒してしまうように鋭かった。
窓から外を見ると、リンがこちらを不安げに見ている。
しょうがないというようにレンが、ルカに言った。
「じゃ、先生。僕からの最初で最後の命令です。リンをもっと遠くへ、逃がしてやってください」
「レン…。どうか、あなたにも海の神よりご加護がありますように…」
(レン、どうして私の服をきてそこに居るの?そのままじゃ、つかまっちゃうじゃない!)
まだレンの考えが読めていないリンは、その場に立ちつくして窓のほうへずっと視線を投げかけていた。
いきなり、国民の一人が
「おい、子供は家に入ってとって言ってただろ?…ん?王女に似てないか?」
「えっ」
「みんな、ここに王女に似た子供がいるぞ!」
不意に、強い力にひっぱられ、声を出す暇も無く暗い路地裏に連れ込まれた。
暗い場所に溶け込むように立っていたのは、黒い髪のルコだった。
「ルコ大臣…?」
「ああ。王女様、何をやっているのですか」
無駄な言葉を一切言わせずに核心に迫るルコは、興奮したようにリンに詰め寄ってもうすぐにでもぶつかってしまいそうなほど、近づいていた。
「…分からないよぉ…」
半泣きになったリンを見て、すこし後ろに下がってインカムに手を当てた。誰かから、通信が入ったのだろう。
「…ああ、大丈夫。えっと、王宮を出たところの少し裏に入ったところにいる。…ああ、待ってる。…分かった」
相手の言葉に応じてインカムの通信をきると、ルコはもう一度、リンに向き直って面倒くさそうに頭をかいた。
ぼさぼさになった髪を解いて結びなおそうとしている。
カッカッカッカ…。バタバタバタ…。
「ルコ!ああ、ここにいたのね。まったく、ルコの説明は分かりにくい…あら?ルコ、髪を結んでいないの?それなら女の子らしいわね」
「ん?ルカ、何があったんだ?あの騒ぎは…。俺が小国を襲撃している間に何が―――」
「実は…」
背伸びをして、ルコに耳打ちをしたルカの言葉にルコの表情が固まった。驚いたように目を丸くし、開いた口がふさがらないとでも言うように口を小さく開けてルカの言葉に硬直した。
「…それで?レンは、どうした?」
「今はプリンセスのかわりに部屋に居ますわ。…プリンセス…いえ、リン。行きますわよ」
「ど、どこに?レンはどうするの?あなた、レンのお母さんでしょ?どうしてレンを助けないの?」
黙ってリンの手をつかむと、ルカは走り出した。
「ねえ!」
何度も何度も聞くリンの言葉は痛いほどにルカに届いている。答えてしまいたい、レンはリンをかばっているのだと、もう彼はどちらにしても長くは無いのだと、伝えていっそ楽になってしまいたいほどの苦しさがルカの胸にこみ上げてきて、その場に崩れた。
「ルカ?どうしたの?ねえ!」
「…大丈夫、ですわ…。少し疲れただけですもの。さ、行きましょう」
もう一度立ち上がって、港の近くの浜辺に向かった。ここに、ルカの家があるのだ。
リンをレンの部屋に行くように言い、ルカは浜辺から海に手をつけた。ひんやりとした感覚が、汗ばんだ手に気持ちがいい。すうと一瞬だけルカの手が、透き通った青い海水の色に染まった。はっと気がつき、手を水から出すとすぐに水が乾いてもとの肌色に戻った。
『――まるで、不老長寿の薬でも飲んだみたいです』
頭にこの言葉がよみがえった。そして、少年の顔が。
「レン、不老長寿は不老不死じゃないのですよ…」
そう呟き、家の中へ戻って国民が何をしようとしているのかを説明して、レンはそれに気がつかず、リンの最高権力者という地位を奪ったと嘘をついた。
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-----------...ネバーランドから帰ったウェンディが気づいたこと【歌詞】
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