彼女の髪を梳くのが、好きだ。
その昔、首が出るまでに短く切ってしまった黒髪は、やっと肩にかかるぐらいまで伸びた。一度ばっさりと切ってしまって、短いのを気に入ってしまった彼女は何度も「切りたい」と言ったが、僕がそれを許さなかった。確かに短い髪は彼女によく似合っていたのだが、ふわふわした髪が動くたび浮かぶのはすごく可愛らしかったが、それでも僕は長い髪の彼女が好きだった。だから、伸ばしていてくれと僕が頼んだのだ。
おかげで今の彼女の髪は、僕好みのいい長さになってくれている。指で何度も絡まるその髪を梳くのは、これ以上にない幸せだった。
「いつまで触ってんのよ」
強気な彼女は僕が髪を弄ぶのがなぜか気に入らないらしく、鬱陶しそうにこの手を払う。しかし、それが本気で嫌がっているのではないことは、長い付き合いの僕にはよく分かるのだった。
その証拠に、
「じゃあ君は僕が頭を撫でるのも、髪を梳くのも嫌なの?」
と問えば、必ず沈黙が返ってくる。彼女としては悩んで、どちらでもないようにしているつもりなのだろうが、その悩み自体が既に嫌じゃないことをよく物語っていた。
答えないことを分かりながら、最後に「ね、いいでしょ」と言いながらまた髪を梳くのを再開すれば、もう彼女はこちらのものと言っても過言ではない。次には必ず、黙って僕のされるがままに髪を触らせ、重心を後ろにおいてその身を僕に委ねるのだ。
普段から素直にものを言えない彼女にとっては、きっとこれが最大の僕に対する甘えなのだろう。スキンシップも「恥ずかしいから」という理由であまり好まないし、わがままも性格のわりには言うことがない。その彼女が自ら身を預けるというのは、珍しいことでもあり、彼女の唯一の命令なのかもしれない。“自分を可愛がれ”という。
だから僕はその命令に素直に従ってあげている。彼女の体で一番好きな手と髪を持って、それぞれに愛をふんだんに詰め込んで口付けをしてやるのだ。そんなことをすれば当然彼女の顔は真っ赤に染まり、行為に対する制止をされるが、そんなもの気にしない。どうせそれも口先だけのものだろうし、何より恥ずかしがる彼女が可愛くて、もっと見たいと思うから。
羞恥で小さく縮こまった彼女はしまいに僕の手を握る。そして、仕返しとばかりに手の甲に小さく口付けをしてくれるのだ。そうすると、僕に髪を梳く時と同じだけの嬉しさが訪れる。
こんなことが、髪を梳くだけで一斉にやってきてくれるものだから、僕は彼女の髪を梳くのが好きだ。
その行為自体ももちろん好きではあるが、何より彼女からの愛がそれによって返ってくることが、僕にとっては一番嬉しい。
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