「ただいまー」
家に着くなり、私はベッドにダイブする。
「疲れた~……」
今日一日を思い返す。とても充実した日だったと思う。
「明日から頑張らないとな」
私は自分に喝を入れるように呟いた。
「ん?」
スマホを見ると着信が入っていた。相手は柳瀬くんからだった。
『明日暇?』
メッセージにはそう書かれていた。
「ふふっ」
私は笑みを浮かべる。
『うん』
私は短く返事を送る。するとすぐに返信が来た。『デートしよ!』
「で、デッ……」
私は思わず声を上げる。しかし、よく考えるとこれは普通かもしれない。だって、私たちは付き合っているわけだし……。
『いいよ』
私は承諾のメールを送った。少しして、今度は電話がかかってきた。私は通話ボタンを押す。
「もしもし」
「あっ、桜?いきなりごめんね……」
「ううん……、どうしたの?」
「いや、なんか声聞きたくなって……」
「えっ?」
「あぁ、変なこと言ってごめん。とにかく、また明日ね!」
「う、うん」
私は急に言われて驚いたけど、嬉しかった。
「あぁ、そうだ。来週は桜の誕生日だよね?何か欲しいものとかある?」
「いや、別にないかな」
「遠慮しないで!何でも良いんだよ」
「じゃあ、旅行に連れて行ってくれる?二人で」
「もちろん」
彼は即答してくれた。
「やった!」
私は飛び跳ねるように喜ぶ。
「じゃあ、決まりね」
それから私たちは他愛のない話をした。
私にとって最高の時間が流れる。
そう、あの人との恋はもう、終わったのだ。
前を向かなければならない。
***
3月7日土曜日。私は待ち合わせ場所に来ていた。
「まだ来てないかぁ」
周りを見るが、誰もいないようだ。
私は近くにあったベンチに腰掛ける。(あと1分か)
私は時計を見ながら待つ。今日は彼と遊園地に行く約束をしていた。
しばらくして、遠くの方から柳瀬くんの姿が見える。私は大きく手を振る。
「お待たせ」
「遅いよ!」
「悪い悪い」柳瀬くんは苦笑いをする。
「さっそく行こっか」
「おう!まずは何に乗る?」
私たちはゲートに向かう。
「あれなんてどうかな?」
「いいね。乗ろうか」
私達はジェットコースターに乗り込む。
「楽しみね」
「ああ」
順番が来るまでの間、私はドキドキしていた。
やがて、私たちの番になる。
係員の指示に従い、席につく。
「大丈夫?」
隣にいる彼が心配そうな表情をしている。
「うん。平気だよ」
私は笑顔で答える。
そして、ゆっくりと動き出す。窓の外では景色が流れていく。
「綺麗……」
夕日に照らされた街は輝いて見える。
私はそれを眺めていた。
「ねえ、柳瀬くんくん」
「ん?」
「ありがとう」
私が言うと、柳瀬くんくんは微笑む。「どういたしまして」
しばらく沈黙の時間が続く。
「ねえ、柳瀬くんくん。私って可愛くなってる?」
私は恐る恐る聞いてみる。
「ああ、可愛いよ」
「そっか……」
私は下を向きながら呟く。
「でも、俺が好きなのは三好先生だけだけどね」
「えっ!?」
私は驚いて顔を上げる。そこには優しい表情をした彼がいた。
「実は今日、雪村君を呼んであるんだ。」
「えっ?」
私は頭が真っ白になった。
「午後四時に、観覧車前で待つように言ってある。・・・ちゃんと会ってあげて欲しい」
そう言い残し、柳瀬くんは悲鳴とともにジェットコースターを降りていった。
+++
(なんでこんな事に……。)
観覧車のゴンドラがゆっくり上がっていく。窓から外を見ると、夕焼けに染まった街並みが広がっていた。
目の前には――同じように戸惑った楓くんが座っている。
(うう、気まずい)
私は膝の上で握り拳を作りながら俯いていた。すると、「桜さん」
突然名前を呼ばれた。私はビクッと肩を震わせる。
「なっ、何ですか?」
私は声を上ずらせながらも返事をする。
「僕と結婚して下さい」
「へっ?……えっ、今なんて?」私は耳を疑う。すると彼はポケットの中から小さな箱を取り出した。
その中に入っていたのは指輪だった。
「桜さん、僕はあなたが好きです。結婚して下さい」
彼の真剣な眼差しが私の目を捉えて離さない。
「わっ、私は……」
私は言葉に詰まる。嬉しいはずなのに、なぜか涙が出そうになる。
「お願いします」
彼も緊張しているのか、額に汗が浮いているのが見える。
「……はい」
私は小さく答えた。それを聞いた瞬間、彼はほっとしたような顔をした。「良かったぁ」彼はそう言って胸を撫で下ろす。
「ごめんなさい」
私は謝罪の言葉を口にする。
「えっ?どうして謝るんですか?」彼は不思議そうな表情を浮かべている。
「だって、私は……」
私は唇を強く噛む。そして、自分の気持ちを打ち明ける事にした。
「この町を出られない・・・東京に行くのは無理だわ」
「じゃあ、僕が残るよ」
「えっ、でも、家業があるって・・・」
「そんなもの、どうだっていい。僕は君の傍にいたいんだ!」
そう言った後、彼は私を抱き締めてきた。
私は目を瞑り、彼に身を委ねる。
***
「おめでとうございます!」
係員の声と共に、扉が開かれる。
私は慌ててゴンドラから降りる。そして、足早に立ち去ろうとするが、彼に腕を掴まれる。
「待ってよ。せっかくだし写真撮ろう」
「えっ、でも……」
私は困惑した表情を見せる。
「ほら、早く!」
私は半ば強引に手を引かれるような形で園内を歩く。「じゃあ、撮りますよー!」
係員の掛け声と同時にシャッター音が鳴り響く。
私達は互いに見つめ合う。そして、自然と笑顔になる。
「次は二人だけで撮りましょうね」
私は係員に向かって話す。
「もちろんです!ぜひ、お二人で!」
係員は私達を誘導し、撮影場所へと連れていく。
「はい、笑ってくださいね」
カシャっと一枚の写真が撮影された。
+++
「桜さん」
「なに?」
「幸せになろうね」
「うん、そうだね」
私たちは笑い合い、夕日に照らされる街を見下ろしていた。
「ねえ、楓くん」
私は彼の手を握る。
「ん?」
彼は私の方を見る。
「大好きだよ」
「俺もだよ」
そして、私たちはキスをした。
唇に、そして、頬や耳にも……。
「んっ……」
彼が声を漏らす。体が熱くなるのを感じる。
私と彼は観覧車を降りた後も、一緒に園内を歩いていた。彼の手が私の手に絡まり、しっかりと握られている。
「ちょ・・・桜さん」
「なに?」
「く・・・くすぐったいです。あと、恥ずかしい・・・」
「えぇ~、別に良いじゃない。私たち夫婦なんだし」
「そっ、それはそうなんだけど・・・」
彼は少し困った表情をしている。
(もう少し、このままで居たいな)
私は彼の手を握り返す。すると彼はますます熱くなった。
「だって、楓くんが恰好良すぎて、離れられないんだもん」
私はそう言って彼に抱きつく。
「おっ、おい」楓は私の体を引き離そうとするが、私はそれに抵抗する。
その時だった。
突然、私の視界が暗転する。
「えっ!?」
どうやら、楓さんが私に覆い被さったらしい。
「桜」
「なっ、何?」
いつもより低い声に驚き、私は恐る恐る楓の顔を見た。その顔は見たこともないくらい、蕩けていた。
「桜って、鈍いよね」
「へっ?」
「そんな事されたら、俺だって我慢できなくなる」
そう言うとぐいっと私の腕を掴み、そのまま私を抱きかかえた。
「えっ!?楓くん、ちょっ」
「もう一回観覧車乗りましょ、桜さん?」
そう言った彼の目はうつろだった。「ちょっと、まっ」
私は抵抗しようとするが、時すでに遅し。彼は私を抱えて走り出した。
その後、密室の観覧車の中で何が起こったかは、ご想像にお任せします。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

モラトリアム・コンフリクト

閲覧数:228

投稿日:2022/11/20 16:10:38

文字数:3,145文字

カテゴリ:小説

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